第1章 携帯で見つけたバイト(その12)
「はい。初めてです。」
哲司はそう答える。
だが、それは事実ではない。嘘なのだ。
バイトで生活をしているようなものだから、いろいろなバイトをした。
やれるものならば、何でも手を出した。
もちろん会社は違うのだが、こうした引越しの手伝いなどは過去に何度かやっていた。
それでも、この場でそうした経験があると答えるのは損だと分っていた。
だから、当然のように嘘を言う。
「君は?」
後ろからやってきた山田に香川が改めて訊く。
山田は黙って首を横に振る。
香川は「むっ!」とした顔を見せた。
「はい」か「いいえ」で済む話なのだが、この馬鹿、それすらも口にしない。
「本当にこいつは馬鹿じゃないのか?」
哲司は、どこか不気味なものを感じる。
「頭が少し変なのかも知れん。」
そこまで考える。
最初は「シカト」をしているのだと思ったのだが、ここまで喋らないとなると、他に理由があるようにも思えてくる。
「こいつ、唖なのか?」
もし、そうだとしたら、それを事前にバイト紹介サイトへ登録している筈である。
そうした障害があることが分っていても、サイトはこのバイトを紹介するだろうか?
いくら荷物を運ぶだけだとは言っても、やはり1人でする仕事ではないのだから、喋れなければ支障があるだろう。
「ちゃんと答えろ!」
ついに香川が大きな声を出した。
山田の態度に業を煮やしたという感じだ。
もともと機嫌が悪いところに先ほどの装置の件が加わっている。
余計に機嫌が悪くなっている。
おまけにこの山田の態度だ。
「そりゃあ、怒るのも無理は無い。」
哲司は、このときばかりは怒鳴りつけた香川の味方をした。
「初めて。」
ようやく山田が口を開いた。
一瞬は、その後に何らかの言葉が続いてくるものと思ったのだが、結局はそれだけで終わる。
小さな細い声で、まるで女が失恋の話しでもするような話し方である。
「おい、それも言うなら、初めてです、だろう。
最近のフリーターは、まともに会話もできんのか?」
香川は山田を睨みつけるようにしてそう言った。
「だから、バイトを使うのは嫌なんだ。素人で、まともに仕事もできんくせに、態度だけは一人前。
それで、賃金だけはしっかり取っていく。
なあ、自分らもそう思うだろ?」
香川は2人に皮肉たっぷりに言う。
今から、こき使ってやるという嫌味が前面へと出ている。
(つづく)