第3章 やって来たパパ(その15)
哲司はすぐに椅子に腰掛ける気にはなれない。
いくら「ゆっくりと寛いで」と言われても、「はい、そうですか」と緊張を解ける雰囲気ではない。
奈菜の父親は、「できれば昼食でも・・・」と言って来たのだった。
それから先、携帯電話を使ったわけでもないから、この店のこの席は、哲司と会う前から予約されていたものなのだ。
当然に、哲司をここへ連れてくる腹積もりだったと言える。
父親にすれば、予定通りの行動なのだろう。
自信を深めたような顔をしている。
哲司は、別に値段の高い低いで比べるつもりは無いが、ふと、あの喫茶店でのマスターや店長から話を聞いた時の雰囲気と比べてみる。
確かに、その時も驚きから出発している。
コンビニで雑誌を立ち読みしていたら、突然に、店長が「珈琲でも飲もうや」と誘ってきた。
そして、向いの喫茶店へ行った。
まず驚いたのは、その店長と奈菜は叔父・姪の関係だということだった。
そして、さらに驚いたのは、その喫茶店のマスターは奈菜の祖父だったことだ。
つまり、奈菜の母方の親戚筋が哲司を囲んで話をしに来たのだ。
そして、その話が終わってアパートへ戻ったら、今度は奈菜の父親が待っていたのだ。
つまり、奈菜を挟んで、父方と母方が個別に接触をしてきたことになるのだが、どう比べても、雰囲気が大きく違う。
それは、街中の小さな喫茶店と郊外の高級なステーキハウスといった場所の問題ではない。
マスターと店長は、状況説明に重きを置いて、哲司と奈菜の関係については一切問わなかった。
もちろん、奈菜からの話をそれなりに信用しているという事情もあるのだろうが、兎も角も、哲司を責め立てる言葉は殆ど無かった。
それに引替え、目の前の父親は、最初から哲司の言葉を信用する気配が無い。
もちろん、この父親も奈菜からは一定の話を聞いている筈である。
それでも、哲司の言葉をひとつひとつ疑ってかかっている。
つまりは、奈菜の言葉も信用はしていないということなのだ。
そう言えば、あの店長が言ってたなあ。
「実家の火事で奈菜の母親が亡くなってから、奈菜と父親の関係がギクシャクしていた」と。
哲司は、ぼんやりと庭を眺めながら、そんな事を考えていた。
「そんなところに立ってないで、まあ、座ってください。」
父親は、まるでこれから哲司を料理するかのような顔をして見せた。
(つづく)