第3章 やって来たパパ(その12)
「奈菜ちゃんが一体どのように説明をしたのかは知りません。
聞いてもいません。
ですが、それは逆に言えば、それだけ“説明をする必要もないぐらい”のシンプルな関係でしかないってことです。
たまたまコンビニで知り合った、言わば“顔見知り”程度なんですから。」
「う〜ん・・・・・・・。」
奈菜の父親は唸るような声を上げただけである。
交差点で信号に引っかかって車は止まった。
どうやら、この交差点を左折するようで、ウインカーの点滅する音がする。
「去年の夏、どこか海に行かれました?」
父親が、両手をハンドルの上に乗せた格好のままで訊いて来る。
「去年の夏ですか?・・・・・いえ、どこへも。」
哲司はそれにも明確に答える。
行く金もなければ、行く目的もない。
その時、信号が変わって、車は動き出した。
予想通りに左折する。
「去年の夏に拘られるんですね。」
哲司は、そこに何かがあるような気がする。
もちろん、哲司と奈菜はまだ出合ってはいない。
「海は嫌いですか?」
「いいえ、そんなことは。」
「だったら、一度や二度は海にも行くでしょう?」
「確かに泳ぐのは好きですけれど、わざわざ海に行くほどでは。
第一、金もありませんから。」
「でも、海はそんなに金もかからんでしょう?
誰か友達の車でもあれば、一円も要らないことだってある。」
「確かに、高校の時にはバイクで行ったりしましたよ。
でも、卒業してからは・・・・・。」
「サーフィンはしないんです?」
「はい、しません。やったこともありません。」
「友達なんかは?」
「う〜ん、高校の時の同級生ではひとりやっている奴を知っていますが、あとは・・・。」
「そうですか。サーフィンはしないんですか?
でも、スノーボードはされる?」
「・・・・・・・・・・・・」
哲司は、この答えだけは、少し詰まった。
「ん?」
奈菜の父親は、答えを督促してくる。
素直に事実だけを言えば「いいえ」となるのだが、奈菜がやるものだと勘違いをしていることが頭にあって、それに答えるのを躊躇しただけである。
「本当は、やらないんです。」
哲司は微妙な言い方をした。
(つづく)