第3章 やって来たパパ(その10)
「納得が行きません。当然でしょう?」
しばらくは黙ってハンドルを握っていた父親だったが、少し車の流れが緩やかになってきた時に、低い声でそう言った。
どうやら、車での移動中にはこの話はしたくなかったようだ。
哲司の顔を真正面で見られないからだろう。
「やはり、男の責任を取らせるべきだと?」
哲司は、この件についての父親の真意がまだ掴めてはいなかった。
ただ、この言葉は、コンビニの店長から得た情報に基づいて、探りを入れたに過ぎない。
「そりゃあ、それが当然ですよね。男として。」
「でも、肝心なその相手が誰だか分らない。」
「それは、奈菜が言ってることでしょう? ・・・・本当は、どこの誰だか分ってるんじゃないのか・・・と。」
父親は、意外なことを言い出した。
「えっ?・・・て、ことは、奈菜ちゃんが嘘をついていると?」
「そうじゃないんですか?」
このとき、一瞬だが、哲司の顔を睨むようにした。
つまり、今の言葉を哲司に向けたのだ。
「お父さん、まさか・・・僕が嘘をつかせていると?」
さすがに哲司も驚く。飛躍するのにもほどがあるだろうと思う。
「そうじゃないんですか?
正直、そのように思ってますよ。
奈菜が言うようなことって、そう簡単に起こる訳はないですからね。
まるで推理小説か、テレビのサスペンスドラマですよ。
作り話をするにしても、あまりにも幼稚じゃないですか。
そんな馬鹿な話、信じろという方が間違ってますよ。
そうでしょう?」
運転中だから、まともに助手席の哲司を見ることは出来ないものの、奈菜の父親は全身で哲司の気配を感じようとして話している。
呼吸の区切り方でそれがよく分かる。
「そうですか、信じてないんですね。
でも、僕は、奈菜ちゃんの話を信じてますし、それが作り話だとは思っちゃいません。
ましてや、それを僕が言わせているだなんて、それこそ、安物のドラマです。
神に誓ってもいいですよ。僕が言わせているってことは絶対にありません。」
哲司も敢えて奈菜の父親の顔を見ないで、真正面、つまりフロントガラスから迫ってくる景色だけに目をやりながら言い切った。
「でも、奈菜と付き合っているというのは事実ですよね。」
父親は、その出発点を確認してくる。
「う〜ん、男と女として、という意味で?」
「もちろん。」
「だったら、それはないです。
これから始まるかも知れませんが、少なくとも今現在までは、言われるようにことはありません。」
「嘘でしょう!」
奈菜の父親の声が、一オクターブほど跳ね上がった。
(つづく)