第3章 やって来たパパ(その9)
「私は、バイトなんか不必要だ、と言ったんです。
それよりも、進学するためには重要な時期ですから、しっかりと勉強に力を入れるべきだと。
親としては、当然の考えでしょう?」
奈菜の父親は、そこまでを言ってから、急に車のアクセルを踏んだ。
そして、追い越し車線へでて、何台かの車を追い越してから、また通常の速度と車線に戻した。
「でも、何も勉強だけが人生じゃないし。
大学へ行ったからといって、それでその人間の価値が上がるわけでもないし。」
急にアクセルを踏まれて、一旦は柔らかなシートに身体が沈むような気がした哲司だったが、何とか体制を立て直してそう言った。
「君は大学へは?」
「いえ。」
「行かなかった?・・・それとも、行けなかった?」
ここで哲司の口から思わず「ちぇっ!」という舌打ちの音がした。
訊くにしてもその訊き方ってものがあるだろう。
無神経と言うのか、それとも敢えて哲司の気持を逆なですることを狙っているのかは分らないのだが、兎も角も、普通の会話にはなり得ない問い方である。
だからこその舌打ちである。
「あははは・・・。こりゃ、ちょっと失礼な言い方になったかな?」
奈菜の父親は、哲司の舌打ちが聞こえたのか、そう言って、その場の雰囲気を和らげようとした。
一方の哲司は、どう答えてやろうかと思案をしていた。
「行こうとは思わなかったってのが正解でしょう。」
「ほう・・・・・。どうして?
誰しも、状況さえ許せば行きたいと思うでしょうに?」
「そうかなぁ、そんな人間ばっかりではないでしょう。」
「いや、それはあくまでも少数派ですよ。
行けなかった人間の、いわば言い訳のようなもので。」
「じゃあ、奈菜ちゃんは、大学行こうと思ってるんですか?
四年制か短大かは知りませんが。」
「是非に、と思っている。」
「えっ!・・・それは本人がですか? それとも、親としての希望的観測?」
この後の言葉は、父親の口からは出てこなかった。
「ところで、奈菜ちゃんが妊娠していることについては、お父さんとしてはどのように思われているんです?」
哲司は、思い切った対応に出た。
いずれにしても、これから先、このテーマを外しては互いに話が進まないだろうと思ってのことである。
それと、このままのやり方で会話をしていると、肝心なこの話に行くまでに哲司自身が切れてしまいそうだったからである。
車は、2人の沈黙の時間を乗せて、一つ目のインターを通過した。
(つづく)