第1章 携帯で見つけたバイト(その11)
「でも、言ってやらない、教えてやらない。」
哲司は、自分でも珍しく「優越感」を感じた。
口の端に、にんまりとした含み笑いが浮かぶ。
「さ〜て、どうするのかな?」
黙って事の成り行きを眺めるつもりだ。
第一、こんなところでしゃしゃり出ても、何ら得はない。
逆に、「バイト風情が何を知ったかぶりして・・・」と言われるのがオチだ。
黙っているに限る。
こんなところでケチを付けられて、万一にでもバイト料をカットされる事があったら堪らない。
「触らぬ神に祟りなし」だと思う。
「おい!誰か、こいつの事が分る奴はいないのか?」
ついに、香川主任が投げ出すように周囲に問いかける。
だが、誰も返事をしない。
返事どころか、主任とは視線すら合わさないようにしている。
哲司は、
「こりゃあ、あの主任。相当に皆に嫌われているな。」
と感じる。
だとすれば、機嫌が悪いように見えたのだが、それは今日に限った話ではないのだろう。
いつも、こんな調子で仕事をしているに違いない。
ますます、触らないで済ませたいとの思いが強くなる。
しばらくは周囲の反応を見ていた香川だったが、「どうにもならん」と思ったのだろう。
「仕方が無い。こいつの事は後で考えるから、兎も角も作業を始めてくれ。
何しろ午前中に全てを搬出しなくてはいけない。
12時になったら、エレベーターが使えなくなる。
そうしたら、近藤のところから、どえらい文句を言われるからな。
さあ、さっさとやってくれ!」
と周囲の部下達に指示をする。
その一言で、静まり返っていた部屋が、急に慌しく動き出す。
既に大まかな段取りは決められているのだろう。
スチール製の書棚などの大物から運び出そうとしている。
台車が何台も準備されていて、それに載せて廊下をエレベーターのところまで移動させるようである。
入り口の近くに所在が無いように突っ立っていた哲司と山田は、その動きに弾き飛ばされるようにして、脇に身を寄せる。
何しろ、連れて来られてから、具体的なことは何一つ言われていないから、何をどうすれば良いのかも分らない。
そうした2人を見ていて思い出したかのように香川主任が叫ぶ。
「おい!そこのバイト!ちょっと、こっちに来い!」
そう言われたとき、山田の奴が「お先にどうぞ」っていう仕草をした。
黙ったなりである。
哲司は「むかっ!」ときたが、この場合だけは先に行く方が得だとなぜかしら思った。
引き出しの部分にガムテープが貼られて無残な姿になっているスチール机の間を縫うようにして、香川の元へと行く。
「君ら、引越しのバイトは初めてか?」
香川が見下したような言い方をする。
(つづく)