第3章 やって来たパパ(その2)
もしかして・・・も、へったくれもない。
「娘」と「田崎」、この2つのキーワードだけで、目の前の人物が誰であるかはすぐに分った。
ただ、哲司の印象としては、「随分と若いんだなあ」である。
「はい、田崎奈菜の父です。
この度は、娘が大層お世話になっているそうで・・・。」
男は、そう言って頭を下げた。
丁寧な下げ方である。
「いえ、とんでもありませんよ。
何も、お世話などと・・・・。」
哲司は、言われるほどの関係ではないと言いかけたものの、こんなアパートの前で話すべきことではないと、すぐにその思いを撤回する。
「ちょっと、お時間を頂戴できないかと思いまして。」
男は、そう言って、車のほうを指差した。
つまり、車に乗って欲しいということのようだった。
丁寧な言い方だが、決して断らせないだけの押しの強さのようなものを感じる。
「構いませんけれど・・・・・、少しだけ待ってもらえます?」
哲司は、車に乗ることにも、そして奈菜との関係を問い詰められることにも、何ら抵抗は無かったものの、兎も角、一度は部屋に戻りたかった。
ひとつには、これからどこへ行くのであっても、無一文では心許ない。
コンビニに奈菜の顔を見に行っただけなので、小銭入れすら持って出てはいなかったのだ。
それと、もうひとつは、一呼吸おきたかったのだ。
奈菜の父親が会いに来た。
それも、ついさっきまで母方の祖父に当たるマスターといろいろな話をしてきたところである。
つまりは、互いにそうした連絡は取り合っていないのだろうと想像される。
マスターやコンビニの店長が話をした内容については、事前に奈菜は了解をしていたようだ。
「私から頼んだの」という言葉もあったぐらいだ。
だが、その同じ日に、こうして奈菜の父親が会いに来たということは、ひっくり返して考えれば、奈菜も知らないことなのではないか。
だとすれば、ここでの話の仕方によっては、奈菜の立場が余計に悪くなるのではないか、そんな危惧を抱いたのだ。
そうしたことを少し整理したかった。
「はい、構いません。ここでお待ちしますから。」
男は、そう言って、また軽く頭を下げた。
哲司は会釈だけをして、そのまま階段を上がった。
そして、部屋の鍵を開けるときにちらっと振り返って見た。
男は、また車の運転席へと戻っていた。
(つづく)