第3章 やって来たパパ(その1)
コンビニがある道から角を曲がったとき、哲司はアパートの前に大きな黒塗りの車が横付けされているのが目に止まった。
2階の哲司の部屋に上がる階段のまん前に止めてある。
中年の男が一人乗っている。
ネクタイにスーツ姿の男だ。
眼鏡を掛けている。
「邪魔なのになぁ。」
そう呟きながら、その横をすり抜けるようにして、階段を上り始めた。
すると、その車の男が降りてきた。
「失礼ですが、巽哲司さん?」
呼び止められた哲司は、不思議と驚かなかった。
このアパートに、こうした大型の黒塗りの車が横付けされることは滅多にない。
過去には、麻薬か何かの事件で、このアパートに住んでいた男が逮捕されてことがあって、その時には白黒のパトカーに混じってこのような黒塗りの車が来たことがあったが、それ以来だろう。
それなのに、その車が、どうしてだか自分に関係するような気がしていたのだ。
だからである。乗っている人間の数や、その服装などにも目が行った。
そうでなければ、そんなことにいちいち気を配る哲司ではない。
「はい、そうですが・・・・。どちらさん?」
立ち小便以外には警察にお世話になるようなことに心当たりが無い哲司は、それを警察の車だとは頭から考えていなかった。
第一、警察だったら1人では来ない。必ず2人以上でやって来る。
それでいて、「だとすれば・・・・」と想像できる守備範囲にも該当するものはない。
「突然に、申し訳ございません。私、こういうものでして・・・・・。」
車から降りてきたその男は、内ポケットから名刺入れのようなものを取り出しながらそう言った。
どうやら、名刺を渡して、自らを名乗るつもりのようだ。
階段を4〜5段昇ったところだったが、哲司はその名刺を受け取るために逆戻りをする。
そして、近づいてきた男が差し出す名刺を片手で受け取った。
失礼な受け取り方だと思うのだが、それが妥当な対応のような気がして、敢えてそのようにした。
「北星銀行 本町支店 副支店長 田崎 康三」とある。
「ふ〜ん、銀行さんか?」
哲司は、何となく気が抜けたような気がした。
銀行とはまったく無縁である。
別にこの北星銀行だけではない。銀行と名の付くところへは行ったこともなければ行く必要もない。
口座も持っていないから、キャッシュ・カードもない。
強いて言うのなら、夏の暑い日に、喫茶店に入る金も無いから、まるでお客のような顔をしてクーラーの効いた窓口へ涼みに立ち寄ったことぐらいだ。
それほど、遠い存在である。
「実は、娘のことでちょっとお話を伺いたいと思いまして。」
哲司がその名刺に目を通した頃を見計らって、男がそう言った。
「えっ?・・・・」
哲司は、「娘」という言葉を耳にしてから、また改めて名刺を見直した。
“田崎 康三”とある。
「田崎って・・・・・、もしかして、奈菜ちゃんのお父さん?」
(つづく)