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Lamplight  作者: 梨鳥 
7/7

燈火

最終話です。よろしくお願い致します。

 なんて風変わりな組み合わせなのかしら。


 ゆらゆらと浮かび、真っ直ぐに進んでいくランプの柄を見て、私はクスリと笑いました。

 稲穂とオウムの柄でした。

 あの不思議な男の子は、まだ私に「オウム」と言って来るのです。

 私は祖父譲りの変な負けず嫌いをして、「オウムに罪は無い」と思いました。

 だって、そう教えられたから、そう鳴いてるんです。

 でも、私は人間なので、考えます。汲み取り、理解してみせます。

 マイナス面ばかりを見詰め心を揺らすのではなく、現状の全て、感情の全てを、出来る事なら優しい心で恐れずに。


 彼は女の子を殺した事を後悔していないという。

 私はそれをどう思えばいいのでしょうか。事実だけを述べれば、嫌悪すらわくこの事柄を。

 しかし恐ろしい暴力の先に死しか残されていないのなら、この選択枝は「救い」とも取れます。私も迷いながら、そう判決します。

 強い者は言うかもしれません。「絶望に打ち勝つ事が出来なかったのか、足掻く事は出来なかったのか」と。

 ……「生きろ」という言葉は良い言葉です。

 そうしてくれたから、祖父は日本へ還り、そのお蔭で私という存在があります。

 私はそっとお腹に手を当てます。


 ……この子も。おじいちゃんが、帰って来てくれたから……。


「生きる」尊さ。

 本能的に、私達はそれを知っているのでしょう。

「生きろ」「生き抜こう」「生きてこそ」!!

 胸を揺さぶられます。力が沸きます。

 では、祖父はそれを知らなかったのでしょうか?

 そんな事は無い筈です。

 だって、生きて還って来ましたから。

 寿命が尽きるまで、一生懸命生きましたから。

 その祖父が、人の死を選択した。

 そこで初めて、事件の壮絶さを垣間見ます。

 後に調べて知ったのは、「集団自決」という言葉。

 恐ろしい目に遭わせない為に、子を殺す親もたくさんいたそうです。

 絶望に打ち勝つ事が出来なかった。……違う。

 そんな気力がわかない程に、散々にねじ伏せられ、追い詰められたのだと思います。

 彼の後悔の糸口はそこでした。

 私の平和に浸かって緩く伸びた良心は、「殺人は罪」と当たり前の言葉を繰り返しています。

「後悔をしていない筈が無い」と。

 でもそれでは駄目なのです。

 心と感覚を、もっと寄せて、自分が「奥様」に、「女の子」に「祖父」に……!!

 私は祖父の語りを頭の中で何度も反芻し、そしてハッとしました。


『サッと廊下を横切って、反対側の部屋へ入ればいいのに、じぃちゃん、見つかるかもしれん、って怖くて……箪笥なんかに隠れちまった……。

 箪笥なんかに……じぃちゃんは馬鹿だ……。

 勇気を出して、サッと廊下を……。

 直ぐに見つかってしまう箪笥なんかに……。

 怖かったんだ……』


 解けた。


 殺人を後悔出来ない程の、混乱と狂気の世界で、彼を後悔させたのは、一瞬の迷い。一瞬の怯え。

 恐ろしさに怖気づいてしまった結果として、「女の子の死」がただ静かに残酷に横たわっている。


 心が痛い。

 女の子の首を絞めた事を、彼に納得させている時代が憎い。


 私はぐいと袖で顔を拭い、息を震わせ空気を吸い込みました。

 やり場のない怒りが、呼吸を乱しましたが、何度も何度も、息を震わせ空気を吸い込みました。

 そうして前へ進み続けるランプに早足で並び、ランプに顔を寄せ、フッと息を吹きかけました。

 ランプの灯は、ふるふるっと揺れて、ふわりと消えました。

 とうとう本当の真っ暗になるほんの一瞬、蛍の様な小さな光を伴って、一筋の虹色の煙が立ち上がり、直ぐに消えました。

 私は頬を転がり落ちて行く水滴を、両手で交互に拭いました。

 小さな女の子の様に。

 ふと、両手首を誰かにそっと、掴まれました。

 両手の覆いを開かれて、顔を上げた先に、仄かに橙に光る痩せぎすの少年がいました。

 とても優しそうな顔は、仏様の様。

 彼の唇が動きました。


『いきますね』


 私は微笑みました。

 だって、彼の頬に―――。


 行ってらっしゃい、おじいちゃん。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 アキは目を覚ます。

 不思議な夢だった、と思いながら。

 そうして、身体の重みを感じると、うっと呻いていつもの辛い辛い朝を迎えた。

 まだ蒼い朝の中、彼は瞬きをする。

 そうすると、夢の最後に見た喪服女の微笑みが浮かんで、何故だか、会った事も無いひとなのに、もう懐かしい気がした。

 母にも、お喋りな妹にも似ていた。だからだろうか?

 ふと、頬に触れ、彼はハッとする。

 指にすくい取ったそれは、白い米粒。

 目を見開いて、パッとそれを口に入れる。

 米の甘味に彼は涙を零し、それを拭った。

 それからそっと呟いた。


「生きますね」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 夜伽の番の、灯は焚いていませんでした。

 先にも述べました通り、安全の為に電気式の蝋燭を煌々と点けていました。

 なのに、夏の一瞬だけ冷める朝方の静かな空気の中に、火の消えた後のけぶった香りがスッと一筋立ち上って消えました。

 私はその香りで身体の感覚に現実を感じ、夢から目を覚ます。

 いい年をして変な格好で寝こけてしまったので、身体を起こすと腰骨がポキッと鳴りました。

 顔も涙でぐしゃぐしゃです。

 老婆の様によたよたと起き上がり、私は顔を洗いに行きました。

 未だ石タイル貼りの古い風呂場に備え付けられた小さな洗面所は、ぬるい水場の匂いが立ち込めています。私はそれを嫌いではないけれど、小窓を開けて風を通しました。

 日が昇り、蝉が儚い命の叫びを鳴き喚き始めます。

 毎年、同じ蝉の音を聞きますが、毎年、違う個体の音です。

 私達はそれを区別出来ません。

 そしていちいち、個々の死を気にしたりしません。

 神様がもしいるのなら、私達の事も、蝉の様にお感じになられているのでしょうか。

 私達の鳴き声を時に煩わしく思い、その反面、季節が移ろい、私達の鳴き声が聴こえなくなったとふと気づいた時、少し寂しく思って下さるのでしょうか。

 とめどなく流れ続けるこの連鎖の中、私達はそうならない様に、この世に遣わされ続けるのでしょうか。


 ……ふふふ、止めましょう。くだらない。

 さぁ、忙しくなります。

 祖父の親戚や親しい人たちが集まるのです。

 彼の顔を最後に見る為に。

 私は彼らを迎える為意気込んで顔を洗います。

 洗顔料の泡をいつも以上に泡立てて、丁寧に、丁寧に。

 洗いながら、ふと彼の声を思い返します。


『いきますね』


「行きますね」?

「逝きますね」?

「生きますね」?


「あ」と声を上げて、口に泡が入りました。

「行ってらっしゃいじゃ、なかったかも」


 私は顔と口の中をゆすぎ、鏡に映る自分にニヤリとしました。

 そこに映る女を、随分オバサンになったな、なんて思いながら。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 仏の顔にお化粧をする。巧い人がやると、まるで眠っているだけみたいになる。

 私はその過程を眺めていました。

 あらまぁ、良い顔にしてもらって、と横で大叔母さんが微笑んでいます。

 私も微笑みました。

 結局のところ、私達の自己満足に過ぎないのかも知れない、なんて思いながら。

 仏の顔は、ランプの灯りが灯った様に眠っています。

 その灯りは窓から射す真夏の太陽にすら薄れる事無く、私の心に燈火を灯すのでした。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 お話はこれでお終いです。

 ただの不思議な話です。私は大叔母さん程お喋りが上手くないので、つまらなかったかも知れないですね。ごめんなさい。

 最後に。私は、少し後悔をしています。

 あんな夢を見てしまった事を。

 だって、何か取り返しのつかない事がもし身に起こった時、あそこを望んでしまうでしょう?

 あの、不思議なランプ屋の夢を―――。




自分の力不足に憤りと不安を感じながら書きました。

それでも読んでくださった方が、何かを感じて頂けたら幸いです。

しみったれた話にお付き合いくださって、ありがとうございました。

【lamplight】完結致します。

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