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Lamplight  作者: 梨鳥 
6/7

灯を追って

 

 元々、ねぇ。じぃちゃんらが勝手に来て勝手した他所モンだったからなぁ。

 イヤな日本人等は偉そうにしとったしよ。

 でも、じぃちゃん等は仲良くしとったよ。色々話をしたり、歌を教え合ったりしたよ。

 ある日ね、「近くの街が襲われた! 日本人は隠れろ、逃げろ!」って誰かがボロボロでやって来てね。

 聞けば日本人が狩られていると言ってね。

 話には聞いてたんだよ。奴等は度々家に押し入って、金品を要求するって。

 でもよ、もうそんな事態ではなくなっとった。

 男は殺されるか、どっかに集められているみたいで、女は……。

 女は……もう強姦の意味は分かるかいな……強姦されて殆ど殺されたって。

 じぃちゃんたち、次の日には家を出ようって、準備をしとった。

 窓を板で十字に打ち付けてね、家の玄関は二重だったから、外側を同じように板を張ってね。

 でもねぇ、じぃちゃんたちは、その夜逃げるべきだったんだ。

 その夜に、街は襲われてね。

 じぃちゃんは家の奥へ隠れる様に、逃げる様に言われたんだ。

 じぃちゃんも、十字板を外していざとなったら窓から逃げようとしたんだけどね。

 じぃちゃん、アイツ等のトラックが止まってる方の部屋に飛び込んじまったんだ。

 窓からね、アイツ等、車のライトをピカーと点けて、見張っとった。

 こりゃいかんと思ってね、反対側の部屋の入り口がすぐ向いだから、サッと駆け込もうとしたんだ。

 でもね、わわわーっと大きな男達の喚き声が響いてね。

 じぃちゃん、怖くてねぇ……。動けなかった。

 サッと廊下を横切って、反対側の部屋へ入ればいいのに、じぃちゃん、見つかるかもしれん、って怖くて……箪笥なんかに隠れちまった……。

 箪笥なんかに……じぃちゃんは馬鹿だ……。

 勇気を出して、サッと廊下を……。

 直ぐに見つかってしまう箪笥なんかに……。

 怖かったんだ……。

 それから、旦那様が「やめてくれーっ! 止めてくれーっ!」って必死で頼んどって、奥様はひゃーひゃー言って泣いとった……。

 それから銃声がしてね、旦那様の声、聴こえんくなった。撃たれたんだ。

 もう、地獄が隣にある様な時間だったよ。

 奥様がそりゃ酷い目にあった。

 じぃちゃんはね、不思議と運よく殺されずに済んだんだけどね、奴等に連れてかれる時に、二人が殺された現場を通るでしょぉ?


(震え出す声。彼の瞳は瞬きをしなかった)


 そりゃ……酷かったよ……。

 旦那様の背中に穴が沢山開いとったし、奥様は……どうしたらそうなるのか解らんくらい……いかんね、ちゃんと話すよ。聞いとってね。怖いか? 大丈夫か?

 ……万歳の恰好で、手のひらには両方とも突き刺した後があって血で真っ赤でね、顔も、奥様は綺麗な人だったのに……誰か判らんくらいに殴られて膨れとった。

 胸は銃で撃たれて血みどろだし、……腹を……いや、もう止めようね……。すまんね、こんな話……ごめんね。堪忍してね……ごめんね……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 私はこの話をノートにまとめ、先生に提出しました。

 先生はすこぶる興味を持って、私にノートの内容を壇上で朗読させました。

 正しくオウムの様に。

 話に恐怖した癖に、私は何も理解していなかった。

 だから私の話を聞くクラスメートだって、聞き流していたに違いない。

 私は『伝える』という一つの使命を与えられたのに、失敗しているのでしょう。


 理解。

 一体何を?

 彼の何を理解すれば?

 彼は性と魂は弄ばれ、散り散りに引き裂かれうる現実を私に突き付けました。

 まだ少女漫画のロマンチックに浸っていた中学生の女の子に、その事実は耐え難いものでした。

 男の子は女の子を大切にし、お姫様の様に扱ってくれます。

 世界はバラ色に満ちていて、皆が平和に生きています。

 微笑みかければ気持ちは通じ、手を差し伸べれば簡単にそれを繋ぐ事が出来る。

 人間同士の確執は至極単純明快で、ハッキリとした悪と正義が存在し、清く清々しい言葉を高らかに謳えば、何もかもに日が当たり……。

 漠然と、「争いは良くない事」と呑気に口に……。


 ―――オウム。

 ―――オウムだ。


 私は確かにオウムだ。

 理解していない。彼があんなに暗い陰りを持ってして打ち明けた話を聞いても。

 オウムの私は「辛い話だ」「悲しい話だ」「悲惨な話だ」と『喋っている』だけ。

 大きな事は無理かも知れない。

 けれど、親愛なる肉親がどんな風にその場を生きたのか、どんな気持ちだったのか。

 それ位は理解出来る筈。

 その時の音、匂い、空気、緊迫、命を脅かされる恐怖。

 体感しないと解らない? そんな事無い。

 もしもそうならば、私達は進歩出来ない。そんな事はあってはならない。


 ともしびに追いついた。

 私は儚い光に目を細める。


 後悔。

 私にもあります。皆、生きていれば必ずや大なり小なり経験するものです。

 けれど、それを明かすのはとても恥ずかしく、勇気が要ります。

 それは多分、自分を浮き彫りにされる事だから。

 自分の弱みを晒すと言うのは時に耐え難い難題です。

 さぁ、私は大好きな人のそれを暴こうと必死になっています。

 暗闇をともしびに向って駆けながら、果たしてこれは善行だろうか、もしかしたら悪行なのではないのだろうか、とそんな事を思っていました。

 あの男の子は言いました「おまえがスッキリしたいだけだろう」と。

 だとしたら、私は後悔するのでしょうか。この暗闇の中を駆けた事を。


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