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Lamplight  作者: 梨鳥 
5/7

夢の中で

 薄闇をぐるぐると回っていました。

 ああ、夢だ、と思いました。どうしてかって? 

 だって、この何処までも広がる薄闇と、目の前に煌々と浮かび上がるおとぎ話の様な、ランプだらけの小屋を前にして、いい大人が現実に思えますか?

 現実と夢の違いくらい、わかります。

 沢山の色が優しく光っています。

 私は小屋の窓を覗きます。

 どの光も個性を持っています。色は勿論の事、光の強さや、不思議な瞬きと揺らめきの具合がそれぞれ違うのでした。

 私がここに辿り着く前に、ふと何か生き物の気配が私の横を横切ったのですが、それが何かわかりませんでした。

 その時、後ろから「あの」と若い声がした様な気がしたのですが、私は何故か、それにこたえる事も、振り向く事も出来ませんでした。グッと何かに制されて、それと関わらない様にされた、という感覚でした。

 空恐ろしい夢だ。

 今私は、祖父とはいえ、息をしなくなった者の傍で、寝息など立てているのだろう。だからこんな心霊めいた夢を見ているんだ、と思いました。

 夢を夢と気付いた時、幸せな夢だと決まって良い所で覚めてしまいますが、悪夢だと中々覚めてくれません。

 でも、これはそのどちらでも無い様な気がします。

 あまり興味を持つと覚めてしまいそう。でも、まだ目を覚ましてはいけない。

 私はそう思い、この夢にしばし居続けられる様にそっと願いました。

 しかし、どうしてそんな事を思ったのか……。


 しばらく不思議なランプ小屋の前で私はうろうろとしていました。

 こんなにも素敵で魅力的なこの小屋を、何故か尋ねる気が起きなかったのです。

 全く、興味が沸きませんでした。それよりも、この小屋から必ず探し物が出て来るんだ、と夢の筋書きを勝手に造りうろうろと待っているのでした。

 夢の筋書きと言うのは、変えられたり変えられなかったりするものですが、この夢の場合は私の思い通りに行った様でした。

 小屋から、仄かに光るランプがふわふわと浮いて出て来たのです。


 これだ。


 私は確信しました。

 私は、これを探しに、こんな薄暗い場所へ来たのだと。

 私はふわふわと漂って行くランプに誘われる様に歩き出しました。


「待てよ」


 後ろから、声がしました。

 振り返ると、ランプの小屋のドアを開けて、男の子がこちらを見ていました。

 部屋の中のランプの灯りを背に受けて、影になった彼の容貌はハッキリと見えませんでしたが、綺麗な玉虫色の双眸だけはハッキリと見えました。

 私はランプが行ってしまう、と少し焦りましたが、


「灯りだからすぐ見つかる」


 と男の子が言うので、彼を無視してランプを追う足を止めました。

 気持ちはそわそわとしています。

 男の子は面倒臭そうに私の元まで歩いて来ました。


「人の灯を消しに来たな?」


 人の灯。

 ああ、あのランプの事かしら?

 だとしたら、そうかも知れない。と私は思いました。


「消せばいいのね?」

「……」

「ねぇ、消せばいいのね? あれを。そうしたら、悪夢は覚めるのでしょう?」


 ここは夢の中です。

 夢の中では、時折ルールがあります。

 それは自分が都合よく造った場合もあれば、夢側が造り、そのルールを夢主の勘に教えてくれる場合があります。

 私の直観は、後者のルールを感じ取り、解釈しました。

 男の子は小首を傾げ、面倒臭そうに溜め息を吐きました。

 近所の男の子がこれをやったなら、ちょっと捕まえてお説教したくなる類の態度です。

 でも、私はこの男の子に対して、そんな気持ちを抱けませんでした。

 近くに寄って来た彼は子供らしく華奢で、あどけないのですが、私は少し彼の態度に気圧されてしまった様でした。


「まず、おまえの思っている通り、あれはおまえの祖父の『後悔』だ」


 分かっています。と私は答えました。

 だって、それを望んで私はこの夢を見ている筈なのですから。

 そうでないなら、私はこの夢に用はありません。夢も、そうではないでしょうか?

 だからホラ、今だって霞の様に消えたりしないでしょう?


「後悔の……」


 それでは、急いで追って、消す様に言わなければ……。


「待てよ。あいつは消さなかった」


 嗚呼、おじいちゃん。おじいちゃんったら。

 私は頷いた。頷けた。


「分かるわ。そういう勇気と優しさを持っている人だった」

「そうか。なら、あいつに任せてやれ」

「……。……。おじいちゃんは、もう亡くなっているの」

「うん」

「どうして持っていく必要があるの?」


「救いたいの」と言った私の目から、涙が零れた。

 優しい少年が、女の子を殺した。手で首を絞めて。

 暗い、衣装箪笥の中でと、大叔母さんは言った。


「おじいちゃんの家をリフォームする前はね、たまにネズミが出たの。私、お人形さんの鼻をネズミにかじられたわ。お人形さんはね、それは無残な顔になったの。買ったばかりだったのに!

 でもね、おじいちゃんはネズミに怒ったりしなかった。迷惑なヤツだ、って、でも、生き物だからって。ある日、部屋の隅をぴゅっと掛けて行く大きなやつを、おじいちゃんがパッと見事に捕まえたの。ネズミは物凄く怒っていた。噛み付かれない様にくっと、ネズミの顔を手拭いで覆ってね、後ろ足をひっつかんで抑えると、ネズミの腹を見せて、私に触ってみよって言うの」

「……」


 ペットのネズミじゃない。

 外や家のいたるところを這い回るやつだ。私は、汚いから厭だった。

 でも、「触った後、あんたさんがそれでもコイツ等を憎いと思うなら、毒団子を撒いて追い出すよ。来年の夏休みに遊びに来なさる時にはもう残らずおらんだろうよ」と言うので、私は「よし言ったな」と、ネズミの腹に恐々触れた。

 ネズミの腹は、上下していて、温かかった。そして、私の指に、トトトト、と心臓の振動が伝わって来た。

 正直に言うと、私は無感動だった。ネズミはネズミだ。お人形さんの鼻を齧った、憎いヤツだった。

 でも、私がおじいちゃんに何か生意気な事を言う前に、


「これを殺せと言うのか」


 とおじいちゃんが言った。彼の純真な瞳が、潤んで膜を張っていた。


「私は、だから、首を振ったの」

「……しょうもないジジイだ」


 クスッと、私は笑った。


「そうだね」

「でもな、おまえは勘違いをしている」

「え?」

「おまえは、あいつの後悔が何か解らない。解らないものを、解らないまま消すのか。それも、人のものを。それは身勝手だ。自己満足だ。あいつを救う? 良く言うな。救われたいのは、サッパリしたいのはおまえじゃないか」


 私は男の子の言葉に混乱して、


「分かってるわ。おじいちゃんは女の子を殺してしまったの」


 ふん、と男の子が鼻で私を笑った。


「それがあいつの後悔だと思うか?」


 私は「え」と声を上げた。

 それ以外に、何があると言うの?

 私の肌は、粟立った。

 もっと、大叔母さんにも話していない秘密があるの?


「違うの?」


 と私は間抜けな声を出した。


「おまえはオウムなんだな」

「え?」

「オウムは喋るよな」

「え、ええ?」


 オウム? 何故、今、オウムの話なんか……。ああ、おじいちゃんのが遠ざかる。とても、小さくなっている。ごめんね、あの時、冷たくして。まだ行かないで。


「オウムは挨拶くらいなら解って喋ってるかもしんない。でも、あいつら人間に教えて貰った言葉を全て理解して喋ってると思うか?」

「……」

「聴いた事を、鳴き声としてただ繰り返してるだけだ」

「だから……?」

「理解しろと言ってるんだ。オウムじゃないなら」


 男の子はそう言うと、唐突に「じゃあな」と言って消えた。ランプが消える様に。

 辺りが真っ暗になった。

 ランプ小屋も消えてしまったのだから、当然だった。

 私は暗闇に立ち尽くし、遠ざかった儚いともしびを見た。

 真っ暗なお蔭で、ともしびは目印の様に私に居場所を教えてくれている。


 理解? 解らない。

 だって、だっておじいちゃん、私は戦争を体験した事が無いの。

 もしかして、戦争は関係ないの?

 否、でも、そこがキーの様な気がする。

 強くて優しい、朗らかな人だったのよ。

 大叔母さんの言う通り、柳の様に柔軟で、その先に強い線も持っていた。

 そんな確固たる人が、あんな陰りを植え付けられたのは、そのポイント意外考えられない。


 私は暗闇の中、ともしびを追う。

 何故? 

 何故?

 と問いながら。

 空間と意識、両方の闇を覗いて。



解るかたも解らないかたも、お静かに次話をお待ちください。よろしくお願いいたします。


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