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鎧蟲武神譚  作者: RK
誕生編
3/8

03 開戦

 大国スルフニエツ。

 国境の長壁を越えると石造りの堅牢な建物が迷宮のように立ち並び、その合間を流れる川が水路となっている。

 歩兵では侵攻するのが難しく、騎兵も運用し難い。

 しかし、それは蟲者がいれば問題ない。

 スルフニエツは大陸の中で最も蟲者を有する国である。

 そんな国を攻め落とすのは難しく、さらには対空兵装のバリスタもあるのだから国そのものが要塞といっても過言ではない。

 そんな守りの堅いスルフニエツは他国からの侵略を心配せずに軍を動かすことが出来る。

 だが、それ故に増長している部分もあり、また蟲者の数に頼り切った軍略のために一般兵の練度は低く、連携した戦いをするのは苦手としていた。

 それでも問題はないのだ。数は力であり、蟲者は戦場の支配者なのだから。

 堅い守りと有する蟲者の数によってほとんど(・ ・ ・ ・)の戦いで勝利を重ねてきた。

 しかしながら、そんなスルフニエツでも長年睨みあいを続けている国家がある。

 それがエトグセーラ法国である。

 スルフニエツとは比べ物にならないほどの小さい国である。蟲者の数も多くない。

 しかし、スルフニエツの何度かの侵略をことごとく退けて来たのだ。

 一兵卒の巧みな連携による足止めと、蟲者の冴え渡る武技による殲滅力。敵ながら認めるのは悔しいが、スルフニエツには無い力だった。

 エトグセーラ法国が小国だからこそ、拮抗した戦いをすることができるのだ。


「しかし、それも今日までよ」


 スルフニエツ王は上機嫌にワインをあおる。

 数度の敗北により、数だけでは勝てない戦いもあると学んだ。

 圧倒的な戦力に胡坐をかくのはもうない。慢心はもうない。

 先代の王のような無能は繰り返さない。力も、知能もないゴミは不要だ。

 先王が今まではやってこなかった軍事訓練を行い、 友好国への留学で戦術学を取り入れる。 

 今までは数に頼りきりだった戦いを変えた。

 更には、エレイラブト帝国とラブネツソ聖国からの流民も軍に取り入れる。

 戦争に参加した者は国民権を与えることを約束している。

 数も増え、戦い方も知ったスルフニエツであれば憎きエトグセーラを滅ぼすことも可能だろう。

 権力と数字だけを見ていた愚物には取りえない政策だった。

 あの愚王を殺しておいてよかった。

 そう今代のスルフニエツ王は思う。

 現場を知らぬ指揮官ほど役立たずはいない。

 戦乱の世に戦いを知らぬ王は要らない。

 だからこそ、今代スルフニエツ王、アードラ・スルフニエツは臣下たちに、そして国民達に告げる。


「此度の戦いは我も赴く!直接指揮をとり、必ずやエトグセーラを我が国土としようぞ!!」

『我らに敗北はない!!我らが覇道を阻む者なし!』


 アードラと人蟲の契義を結んだ鎧蟲(かっちゅう)『蜘蛛』のシュガンが続く。

 そう、今代のスルフニエツ王は蟲者であり、武人である。王自ら率いる軍の士気は高く、今まで以上に苛烈な戦いが予想されることを兵士だけでなく国民も感じ取っていた。

 新生したスルフニエツと新王アードラによるエトグセーラ侵攻が開始された。






 # # # # #



 法都ではスルフニエツが軍をエトグセーラへ侵攻を開始した情報が入ってきたことにより慌ただしくなっていた。

 しかし、パニックを起こしていると言うよりも戦争に備えて様々な準備に追われているという様子であった。

 そんな国民達の様子からも小さな大国という異名が伊達ではないことをカガリは再認識した。


「さて、俺達もぼちぼと動き始めるかね」

『あなたは飲んで食べて騒いでいただけだろうけど、私は子を使って色々やってたんだけど?』

「ああ、助かる。お前がいなきゃ何にもできなかっただろうさ」


 カガリがジャクホウにそう告げるとジャクホウの声が不自然に止まる。


「どうした?」

『う、うるさい!なんでもないわ!!』


 突然怒りだしたジャクホウにカガリは目を白黒させる。

 理由の分からない怒りにカガリは首を傾げる。

 しかし、一匹だけ働いていてもう一人が遊んでいたとなれば怒るのも仕方がないと思いなおす。

 真摯に礼を言わなくてはな、とカガリが何度も感謝の念を伝えるとジャクホウは声にならない叫びを上げて黙り込んでしまった。

 これ以上気を悪くさせてはいけないとカガリもまた口をつぐむ。

 怒ってしまったジャクホウに罪悪感を抱いたカガリは自分のやるべきことはしっかりやるかと気合を入れた。





 暫くして気を落ちつかせたジャクホウは子を使って得た情報を逐一カガリに伝えていた。

 現在、エトグセーラの軍も防衛線の構築が完了している。数日中にはエトグセーラとスルフニエツがぶつかる予想だ。


「『蟻』の臭いはどうなってる?」


 先日ジャクホウが感じ取った『蟻』の臭い。それがどうなっているかカガリは気になっていた。


『臭いの塊が纏まって動いてる。それにしても中途半端な臭いね』

「中途半端?」

『ええ、なんていうか、蟲者っぽくもあり、鎧蟲のままの臭いっぽくもあるって言えばいいのかしら』

「一体どういうことだ?」


 要領を得ないジャクホウの言葉にカガリは眉をひそめる。

 カガリの予想は『蟻』の蟲者を利用した地下からの襲撃というものだったのだが、ジャクホウの言い方にきな臭さを感じ取る。


『『蟻』なんだけど『蟻』じゃない…。そんな感じなのよね』

「現状では分からん。今は『蟻』も戦場に現れる可能性があるということが分かればいい」

『…そうね。どうせ地を這う『蟻』如きじゃ空を制する『蜂』には敵わないんだから』

「そうだ。それに何だか分からなくても潰せばいい。分かりやすいだろ?」

『そうね』


 一人と一匹は話しながら少しだけピリピリとした法都の道を歩く。

 戦争の気配を肌で感じるようになり、平和な法都も少しだけ物騒な臭いになっている。

 それを感じたカガリとジャクホウは嗤う。

 やはり所詮は仮初の平和なんだと嘲笑する。

 エトグセーラ側の国民もなんだかんだと言いながらスルフニエツの事を憎んでいる。

 何度にも渡る侵攻によって憎悪を滾らせている。

 それがこの平和だと言われるエトグセーラの中心、法都でも感じ取れる。

 前線の方に行けばそれがもっと顕著に現れているだろう。

 乗りのいい親父も、人のいいおばさんも、楽しそうに笑う子供たちも。

 スルフニエツを倒すことを望んでいる。

 自分達の正義のために。自分達『だけ』の平和のために。

 間違ってはいない。だが、正しくも無い。

 正義も悪も視点が違うだけのものだ。力ないものが間違いで、力のある者が正しい。

 それを望んだ国々の為に、カガリとジャクホウも一肌脱ごうと決める。

 目指すはエトグセーラより東――ロレンシア大陸の南部――バルマー大平原だ。そこでスルフニエツとエトグセーラはぶつかり合うだろう。



「さて、俺達の正義を押しつけようか」

『ええ、私達の正義を貫きましょう』



 一人と一匹は凶刃(はがね)の意思を研ぎ澄まし、法都を後にした。





 # # # # #



 ロレンシア大陸南部、バルマー大平原。

 エトグセーラ軍は万全の準備を整えスルフニエツの大軍を迎えようとしていた。

 空には何人もの『鍬形』の蟲者がその威光を、遠くにあるスルフニエツの兵に見せつけていた。


「愚かにもまたスルフニエツの愚か者どもが神聖なるエトグセーラの地を侵そうとしている!」


 エトグラーセ王、カトマンズ・エトグラーセは声高らかに叫ぶ。

 カトマンズは蟲者ではないし武人でもない。だが、彼は王が戦場に立たなくては兵は着いてこないと考えている。

 それは危険ではあるが、同時に兵の士気をこれでもかと上げる。

 王城で踏ん反り返る王よりも、戦場で共に戦う王のほうがいい。

 それは小国であるからこそだ。一度負ければ最後、喉元まで食い破られてしまう。だから勝たなくてはならない。一度の敗北も許されない。

 その鉄の意思が一兵卒にまで伝播している。

 小さな大国エトグラーセ法国。これもまた強さの一部であった。


「此度の戦は一筋縄ではいかぬ!スルフニエツの馬鹿どもも我らの強さをやっと理解したようだ。だが畏れることはない!我らの正義の前ではいかなる悪も打ち砕かれよう!!」


 オオォォォ!!と兵達の声が轟音となって平原に轟く。

 それを見たカトマンズはちらりとヴァローネの方を向く。

 ヴァローネは頷くと、手を上げて合図を送る。

 すると2メートル程の蟲者ほどではないが巨体を誇る者達がぞろぞろと馬車から出てきた。

 鈍色の甲殻を持つ蟲者たちの姿がそこにあった。

 線は細く、そして背丈も小さい。しかし数にしておよそ100人。

 これほどの数の蟲者が整然と並んでいるさまは圧巻であった。


「此度は我が国も出し惜しみをするわけにはいかぬ。憎きスルフニエツの軍を食い破り、彼の地を奴らの地で真っ赤に染め上げようぞ!行け我が懐刀、聖剣隊よ!!その力を存分に振い道を切り開くのだ!」


 蟻の蟲者たちが静かに歩みを進めていく。

 鬨の声すら上げずに地を踏みしめる鈍色の100人の人外は幽鬼の行軍のようだった。


「ふむ、どうやら上手くいっているようだな」

「ええ、しっかりと馴染んでおります。こちらの命令にも従っております」

 

 カトマンズが傍らに仕える軍師、ヴァローネに問う。

 それに対し、自身を持ってヴァローネは頷く。


女王(・・)の守りは大丈夫か?万が一にも失うことになれば制御できなくなる」

「問題ありません。万が一に備え、20程『疑蟲者(おちむしゃ)』を控えさせています」

「そうか」


 王と軍師が話している間に鈍色の蟲者集団が最前線へと辿りつき、アルフォンツォ率いる空の『鍬形』の蟲者の部隊。

 対するスルフニエツの大軍もまたアードラ王自らが率いる『蜘蛛』と『蟷螂』の蟲者が軍の最前に、腹心の臣下が率いる『蛍』と『蝶』が空を支配している。


 緊張を孕んだ空気が満ちて行く。カトマンズとヴァローネは言葉を交わすのをやめた。

 両軍の間に満ちた緊張が臨界まで達し弾ける。

 それを感じとった両軍の長が同時に手を上げる。


「「行け!!敵を討ち滅ぼせ!!」」


 両軍がバルマー大平原を疾駆する。

 大量の人間が大地を踏みしめる足音が轟音となって空に響き、それをかき消すように雄叫びが轟く。


「エトグラーセの法の下に!!」

「スルフニエツの礎となれ!!」


 お互いの、交わらぬ正義がぶつかり合う。

 その様子を窺う黒と金の甲殻を持つ蟲者。


「はじまったな」

『はじまったわ』


 狂気を孕んだ声。その声の主達は一点を見つめている。

 それは鈍色の甲殻を持つ集団だ。


「あれが『蟻』か?」

『『蟻』…だと思うのだけれど』


 ここに来る前にジャクホウが曖昧な表現で行っていたことをカガリは納得する。

 まるで幽鬼のような姿に違和感を抱く。

 あそこだけが何の感情もない。まるで人形のようだとカガリには感じられた。


「まあ、いい。戦ってみれば分かることもある」


 こうして話している間にも戦いは続いている。

 時は止まってくれない。

 さて、と呟いてカガリは意識を切り替える。

 大小二対の翅に力を込める。

 一際大きく空気を叩く音が鳴り、矢のように飛び出す。

 空気の壁を壊すような轟音が戦場に鳴り響く。

 何事かと両軍の意識が一瞬だけ逸れた時。


「バロウズ流蟲技「落脚」、我流崩し「堕振脚」」


 戦場に突然響く蟲の報せと共に、大地が揺れ、陥没する。

 その衝撃に塵芥のように巻き上げられた兵達が次々とその命を散らしていく。

 砂煙が視界を奪い、突然の出来事に両軍の動きが止まる。

 一陣の風が吹き、砂煙が晴れたところに。



 ――戦場の覇者が降臨していた。



 黒と金の甲殻を持つ蟲者。

 攻撃的な鋭角の甲殻を持つ異形。

 四肢はスラリとしており、そこには『脆弱さ』は感じられない。むしろ武器の様な鋭さと硬さを感じさせる凶器に見える。

 大小二対の翅がヴィンと空気を叩き、砂煙を完全になぎ払う。

 蟲者の目が赤く輝きを放ち、構えを取る。

 右腕を天へと伸ばし、左腕を地へと向ける。

 それぞれの腕を天地へ向ける攻防一体の構え、破天砕地の構え。

 武神が最も使用した構えだ。

 黒と金の蟲者から放たれた闘気による物理的な圧力が生まれ、罅割れた大地が軋む。

 圧倒的な存在感。

 嫌でも死を連想させる超越者。



 本来であれば互いに殺し合うはずの者同士が動きを止め、まるで同調したかのように一つの言葉を叫んだ。


『武神ッ!!』


 それを肯定するかのように。

 戦場にいる者に絶望を与える声が蟲の報せに乗って響き渡る。



「我流、カガリ」

『『蜂』、ジャクホウ』



 両軍の王は顔を青褪めた。

 エレイラブト帝国とラブネツソ聖国が滅びた理由。

 その情報を得た諜報員達の話を。


 曰く、たった一人で両国を滅ぼした。

 曰く、悪鬼の如き強さを持っていた。

 曰く、それは死んだはずの武神であった。

 曰く、武神はロレンシア大陸全土を滅ぼすつもりだ。


 荒唐無稽な証言なはずだった。

 壊人の妄言であるはずだった。

 だが、目の前に存在するあれはなんだ。

 見た事も聞いたことも無い蟲者。

 そしてその蟲者が構えるあの構えと空気を震わす程の闘気。

 先ほど自分が叫んだではないか。


 ――武神と。


「殺せ!!押し潰せ!歩兵は蟲者が来るまで時間を稼げ!!」


 エトグラーセの王、カトマンズが悲鳴を上げるように叫ぶ。


「今が好機!!武神諸共敵陣を喰らい尽くせ!!」


 アードラが勇猛に指示を出す。




 バルマー大平原の戦いはまだ始まったばかりであった。

次の更新は6月2日の火曜日を予定です。


2015/5/30 誤字修正

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