02 法都
エレイラブト帝国とラブネツソ聖国がロレンシア大陸から姿を消して数か月。
不可解な出来事の詳細を掴むことが出来た国は一つとしてなかった。
どの国も荒唐無稽、もしくは支離滅裂な壊人の妄言しか得ることが出来なかったのだ。
だが、それをただの戯言、と言うには同じ情報ばかりが耳に入ってくる。
諜報員たちはその異様な出来事に、その情報が真実なのではないかと思いはじめていた者もいた。
しかし、各国の王たちや首脳はそんな繰り言を聞き入れることはなかった。
なぜなら各国の王が武神を殺す為に、その間だけ協定を結んでいたからだ。
手に入らぬ力、それが脅威となるならどこかの手に渡る前に殺してしまえ。
敵対していた国同士が一時的にとはいえ手を結んでしまうほどその武力を恐れていたのだ。
幸いにも武神は蟲者ではなかった。武神といえど、ただの人。ならば剣で斬れば血が流れるし、首を落とせば死ぬ。
数の暴力には屈するし、蟲者が相手となれば善戦は出来ても勝つことはできない。
その両方が合わされば武神とて死は免れない。
王達はそう確信していたからこそ諜報員達の報告を鼻で笑ったのだ。
しかしながら、王達の一部は念のため諜報員達に新たな任務を与えた。その情報の真偽を探ってこいと命令した。
もし、武神が生きていて蟲者となっていたら。
そんな恐ろしいことを考え、あり得ないと笑い飛ばす。
それが諜報員達には王者の風格にも、現実逃避の様にも見えていた。
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ロレンシア大陸南西部、エトグセーラ法国。
法王が治める小さな国家だが、法都は活気で賑わっていた。
店主の呼びこみが激しく鎬を削り、客を掻きいれようと精を出している。
商人達が伸び伸びと営業しており、店先には不用心にも商品を陳列していた。これでは目を離した隙に持って行かれてしまう、そう思う者が多いだろう。
だが、このエトグセーラ法国では、ましてやその膝元である法都ではあり得ないことである。
このエトグセーラは国名の後に法の国とついている。これはまさにエトグセーラを体現している。
事細かに法を作り上げることで治安のいい街が生まれているのだ。
この国特有の団結力も存在しており、小さい国ながら軍の練度は大国にも劣ることはないとまで言われているほどだ。
それ故に傭兵の様な無法者には生き辛い、暮らし難いという問題もある。
しかし、ここでは法を守ればいいのだ。他の国家と違い報酬を踏み倒すということはないので生き辛くても傭兵たちの評価は高い。
小さな大国とまで呼ばれる所以はそこにあった。
そんな小さな大国の法都を、いかにもお上りさんという様子で歩く男がいた。
キョロキョロと周囲を見ながら歩く姿はどこか微笑ましくも見える。
男とは言え身長は女性よりも頭半個分ほど大きい程度で、成人男性の平均身長を大きく下回っているからだ。更に付け加えるなら男の顔が少年と青年の狭間にあるような顔をしているのも影響している。
治安がいい国は人柄もいい。それ故に、そんな微笑ましいお上りさんを見つけた気のいい国民達はこぞって男に声を掛けはじめた。
「おう、兄ちゃん!法都ははじめてか!?なんならこの街で一番の料理屋を教えてやるぜ!」
「待て待て!そいつの言うことなんざ信用するな!そいつの中では一番かもしれねえが俺ならいっとういい店を紹介してやれるぜ!」
「おうおう、お前ら黙って聞いてりゃ適当なこと言いやがって!」
そんな風にわいのわいのと騒ぐものだから声を掛けられた男は苦笑を浮かべている。
それに気付いた他の人が更に集まってきて乱痴気騒ぎに早変わりだ。
最早当初の目的すら忘れている。この国の人間は人柄もいいが乗りもいいのだ。
「よっしゃ!ならどこが一番いい店か決めようぜ!今日は家に帰れねえな!梯子だ梯子!!」
「いいとも!!」
そんな風に騒ぐ人々だったが、気付けばお上りさんの男は消えていた。
何処に行ったんだと首を傾げるが、それもすぐに忘れて、仕事へと戻って行く。
法で決められた時間までは働くことが決まっているのだ。人柄も乗りも調子もいい人々だが法はしっかり守る。それがこの国のいいところなのだ。
そんな国民達を屋根の上から見ている者がいた。
先ほどのお上りさんと思われていた男である。
「全く、この国の人間は調子がいい」
『余所者に対してもこんな調子では面倒ね』
一人であるはずなのに、声は二つ。それも片方は女性の声だ。
「そう言うな、ジャクホウ。こんな風に余所者を受け入れることができると言うことは余裕があるといういことだ。それは悪いことではない。誰でも良くしてもらえばいい気分になるだろう?この国の治安がいいのはなにも法だけではない。そこに暮らす人々もそれに貢献しているということだ」
『そう、それで本音は?』
「面倒だ」
『でしょうね』
ジャクホウと呼ばれた声がクスクスと笑う。それに男もまた笑う。
その笑顔は少年と青年の狭間を揺れ動く男の顔を少年へと近づけた。
しかし、次の瞬間には鋭い、まるで剣のように触れれば切れる様な鋭い気配を纏った表情へと切り替わる。そのギャップが男の顔を青年のように見せる。
『それでカガリ。どうするの?こんないい国だったら滅ぼすのをやめる?』
ジャクホウのそれは試すような声だった。
それをカガリと呼ばれた男は首を横に振る。
「否、この国を滅ぼすことに変わりはない。この国は誰もが言う通り、平和だ。荒れくれ者も居ない。人々は幸せそうに往来を歩きまわる。そう、平和。だがそれは夥しい数の骸の上に築かれた桃源郷だ。すこし掘り返せば骨が埋まっている。そんな見せかけの平和を俺達が求めているのか?」
『いいえ、私達が求めるのは真の平和。未来永劫戦争の起きない世界を作り出すこと』
「そうだ。世界の国々が求めたのだ。正義を、平和を。そして押し付けたのだ。ならばその願いをかなえてやるのだ。骸の上に築く平和が欲しいのならこの大地を屍で埋めてやろう。正義も悪も塗り潰し、すり潰し、作り変える」
カガリは狂気を孕んだ笑みを浮かべた。
『じゃあ、狼煙を上げる準備をしましょうか』
その笑みに応える声もまた、狂気を孕んでいた。
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法都の中心に位置する城。
真っ白な石で築かれたシンプルな城は、豪奢なイメージとは程遠い。
下品さなど感じない。むしり品の良さがあり見る者の目を惹いている。
ゴテゴテとした悪趣味な城よりも好感の持てる城だと言えよう。
その城では王と宰相、それに軍師と騎士団長が円卓を囲んでいた。
「王よ、まもなく準備が完了いたします」
「やっとか…。長かったな」
エトグセーラ王に仕える軍師、ヴァローネは感極まった様子で王に告げる。
それに対し、王はやっとの長年の夢を叶えた少年の様に弾んだ声で返した。
「我々の悲願が叶う時が来たのですね」
「上手く運用すれば、騎士の損耗も減ると言う訳ですな」
宰相ルドリッヒと騎士団長アルフォンツォが王に続く。
彼らの声もまた喜びで彩られていた。
「エレイラブト帝国とラブネツソ聖国が滅びた理由は不明だが、アレを運用すれば問題にはなるまい」
「諜報員たちからの情報によれば武神が原因とのことでしたが」
王がつい最近の不可解な事件の事を思い出して語ると、宰相が不安げな顔をしてそう言った。
「なに、武神と言えどただの人よ。数の暴力に勝てんのは実証済みだ。それにその話によれば武神が『蜂』の蟲者となっていたのだろう?」
「その通りでございます」
「そんな与太話を私は信じぬ。なぜなら蜂は人蟲の契義を行わん。役にも立たん世界に蔓延る虫もまた武神と同じように殲滅されたのだ」
「だが、万が一生き残っていたとすれば脅威ではありましょう」
アルフォンツォが顰め面でそう告げた。だが王はそれを笑って否定する。
「先ほども言ったが所詮は一人よ。蟲者になったところでたかが知れている」
「なるほど」
それでもアルフォンツォは内心不安を感じていた。
武の神とまで呼ばれた男だ。それを殺すのに蟲者を数十人で行ったと言う。たかが人一人を確実に殺す為にはいささかやり過ぎではないのかと思うのだ。
もし、その過剰戦力とも思える武力を投入していて尚も生きているのなら、それは本当に人なのだろうか?
ただでさえ人を越えた化物が、更なる化物へと昇華したのだとしたら。
誰も到達できぬ高みにいるまさしく武の神がそこにいるのではないだろうか?
「そう不安そうにするな。同じ武人であるお主が武神のことを恐れるのも無理はない。だが、アレがもうまもなく完成する。そうすれば正面から憎きスルフニエツ国を滅ぼすことすら可能であろう。武神如きなんの障害にもならぬわ」
アルフォンツォの不安を見透かした王は、その不安を拭う為にことさら強く言う。
「アレはそれほどまでなのですか!?」
スルフニエツ国は強国だ。国は豊かで領土も広い。軍事力も他国の追随を許さないが大国故の腰の重さはある。小さな大国と呼ばれるエトグセーラがスルフニエツ国に対抗できるのは小ささ故のフットワークの軽さも多分に含まれている。
それを正面からぶつかって勝てると言うのにはさすがのアルフォンツォも驚きを隠せない。
「ああ、流石に蟲者には強さは劣るが数はいる。一騎当千に劣るとは言っても一騎当百であることは変わりない。そしてその数も多いのだ。数もまた力なのだ。アレが10いれば蟲者一人に相当する計算と言えばその強さは分かるだろう」
「そこまでとは…、私の心配は杞憂でした。王のおっしゃる新たな力を疑った非礼、どうかお許しください」
アルフォンツォは頭を垂れる。
それを王は気にするな、と手を振った。
彼らの頭からは武神の話題など消えてなくなっていたのだった。
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カガリは法都を堪能していた。
法都の酒は上手いし、料理も都会ならではの豪勢なものばかりで出会った事のない未知の味に舌鼓を打っていた。
『本当に美味そうに食べわね』
「羨ましいか?」
ジャクホウが呆れた様に言うと、カガリは少し自慢げに鼻を鳴らして聞く。
そんなカガリに対し『違うわ、馬鹿』と溜め息を吐く。
「まあ、いいじゃないか。美味い飯を食って、美味い酒を飲んで寝る。それは生き物としての本能を簡単に満たすことができる幸せな行為だぞ」
『そうね』
「人はこんなことでも満たされる。だが、そんな日々を続けていれば幸せに対して鈍感になる。鈍感になるからこそ人は更なる幸せを求める。大きくなりすぎた欲求はやがて自分では完結できなくなり、他者から奪うことになる」
『身に染みるわね、お互いに』
「ああ」
カガリは獰猛な笑みを浮かべる。
ジャクホウもカガリもお互いにそんな欲求の果てに故郷を、家族を、仲間を奪われた。
だからこそ一人と一匹は同じ想いを持っている。
これだけ美味い飯を食べても、どれだけ楽しい時を過ごそうと満たされない。
そこには穴が空いていて決して埋まることはない。
いや、埋めようとしていない。そこに埋め込むものを決めているから。
狂気交じりの笑みを浮かべ内心で笑う。
『それで、どうなの?』
この国を滅ぼすための準備は、とは言わない。
言わなくても通じるからだ。ジャクホウもまたカガリと同じ狂気を抱えているが故に。
「ふむ、蟲者はそう多くはない。だが、一兵卒でも練度が高い。さすが小さな大国と言われることはあるな」
『あら、珍しい。そんな風に褒めるだなんて』
そんな風に茶化すとカガリは不貞腐れる。
「なんだ、お前は俺をそんな小さい奴だと思っていたのか。俺だって素直に認めることだってあるんだ」
『そういうつもりでいったわけじゃないのだけれどね』
「まあいい。だが練度が高いと言っても俺の足元にも及ばない。あれなら百人程度だったらこのままやりあえるな」
『あら、それはかなり強いわね』
普通の国の兵士であれば、カガリは五百人程度と言っただろう。それだけ兵士一人一人が強いということに付け加えて連携などの軍隊としての動きも洗練されているということだろう。
「もうすぐスルフニエツとエトグセーラは戦争を開始するはずだろう。動く時はその時だ」
『私達の存在を世界に知らしめましょう』
エレイラブト帝国とラブネツソ聖国を滅ぼした時は語るものが少なすぎたのだ。
証言の少ない情報、更にはそれが妄言や戯言と言われても仕方ない程の出来事だった。
生き残った人間が精神に異常を来たしていたのも、情報の精度を落としていた。
ならばと、次はわざと一方の国だけを滅ぼすことにした。
真実味を持たせるには、それなりの権威や立場が必要だ。
それが大国であれば十分だろう。
『そうそう、私の子供達が集めた情報の中に、気になるものがあったわ』
「なんだ?」
『この街に微かに『蟻』の臭いがするって』
「この国の蟲者は『鍬形』だったはずだが」
『蟻』は『蜂』に似た鎧蟲だ。
似ているだけでかなり違うのだが、決定的に違うのは地中に巣を作ることだろう。
だが『鍬形』とは全く違う。間違えようがない。
『なんだかは分からないけど『蟻』がいるなら面倒ってことね』
「そうだな」
『蟻』にはコミュニティという能力がある。
それは情報を伝達する能力だ。『蟻』の蟲者は空こそ飛べないものの力もあり、中々に素早い。さらに情報伝達能力をも持ち合わせているのだから非常に厄介だ。
『でも、私には及ばないけど』
「期待しているぞ、ジャクホウ」
そう言ってカガリは食事を再開するのだった。
2015/5/30 誤字修正、およびジャクホウの喋り方のブレを修正