あの素晴らしい日々をもう一度 1
「痛っ!?」
いきなりだった。
背中に感じる強い衝撃。まるで地面に叩きつけられたようだった。
「な、なんなんだよ……」
僕は背中をさすりながら起き上がった。
地獄っていうのは放り出され方も酷いもんなんだな……
「……あれ?」
そして、僕の周りには真っ赤な血の池や、人が何人も串刺しになっている針の山が……
「ない」
なかった。
というか、周りを見回して驚愕してしまった。
「こ、ここは……」
「ワシの神社、じゃな」
といって、僕は後ろを振り返る。
確かに、今聞こえた。
先程の神様の声だ。
「な、なんだ?」
「ふふふ。驚いているようじゃな」
「え? ど、どこ? どこにいるんだ?」
「お主には見えんよ。じゃが、お主の近くにおる。安心せい。おかしなことはせんから」
そして、悪戯っぽく笑う女の子の声。
しかし、姿が見えないのに声が聞こえるとは益々神様っぽいな。
「……というか、なんで僕、ここに戻ってきているわけ?」
「それはワシが神様という証拠じゃな」
「どういうことだ?」
「言ったじゃろう? おぬしに機会を与える、と」
「その……ぼくが誰かと結ばれる機会、って奴?」
「そうじゃ。死んだままでは、お主を誰かと結びつけることができんからな。お主の時間を巻き戻して生き返ってもらった。最も、死者のままでもいいというなら、今すぐお主を死んでいる状態に戻すが……」
「あ、い、いいって。このままで」
僕は姿の見えない声に向かって否定した。
……時間を戻して、生き返らせた?
問題はそこだ。全く納得できない。
信じがたい。確かに僕は死んだ。幼馴染の森崎夢に殺されて。
それは覚えているし。確実な真実であると言える。
「……あ、あのさぁ、時間を戻したって……いつまで戻したの?」
「ふむ。戻したのは前回お主がこの神社にお参りに来た時までじゃな」
「じゃあ……一ヶ月前くらい?」
「うむ。この時期ならまだやり直しが利くじゃろう? 森崎夢から告白されるのは明日じゃしなぁ」
「な……なんで、それを……」
「そんなの、神様じゃからに決まっておる」
声の感じはさも得意げだった。
確かに夢から告白を受けたのはほんとうにここ最近、一ヶ月前後の話だった。
そう。確か、一ヶ月前、ボロ神社にお参りした後のことだったと思う。
それからほどなくして、つまり、約一か月で、夢に刺し殺されることになるとは……
ほとほと信じられない話ではある。
「……で、どうすればいいんだよ」
「どうすればいいって……それはお主が決めることじゃろう」
「はぁ? だって、恋愛成就の神様なんでしょ? だったら、僕と相性が一番いい女の子とかわからないの?」
「それで、もし、ワシが森崎夢、と言ったら、お主はもういちど森崎夢と付き合うのか?」
「え……」
そう言われて僕は口ごもってしまった。
恥ずかしい話ながら。それはちょっと怖い。
できないんじゃなくて、怖いのだ。
夢のことは確かに好きだ。だけど、かといって自分が殺される運命が見えているのにわざわざその相手と付き合うのはどうかと思う。
というか、ついさっき殺された相手と仲良く付き合うなんていうのは、普通の人間ならなるべくしたくないはずのことなわけで。
「付き合いたくないじゃろう? だからこそ、ワシがこうやって機会を与えているのじゃ」
「だ、だから、機会を与えてくれたのは感謝するよ。でも、アドバイスがないとまた同じことの繰り返しじゃないか」
「残念じゃがな、ワシは他人の恋路に口出しをするのはよくないことだと思っておる。本人の意思を尊重する主義の縁結びの神様なのじゃ」
「はぁ? なんだよ、それ……」
「全てはお主が考え、お主が決めろ。ワシはあくまでお主が誰かと結ばれるまで、機会を与えてやるだけじゃ」
なんだか、すごく無責任な縁結びの神様である。
僕は大きく溜息をついた。
「……じゃあ、まず家に帰るよ」
「おお。それがいいじゃろう」
僕はそのままボロ神社……もとい小石川神社の石造りの階段を下りて家への道をむかった。