僕の死んだ日 1
そして、それは突然やってきた。
翌日の昼休み。
僕はトイレに向かった。
全く、何の気はなしに。
きっと、今日も平凡な日だ。
おそらく、何事もない。
いや、むしろ、幸運な日だった。
杏が、携帯を返してくれたのだ。昨日の僕の訴えが通じたらしい。
僕はむしろその時上機嫌だった。
その時が来るまでは。
「隆哉」
と、男子トイレで聞きなれた声が聞こえた。
僕は後ろを振り返る。
「……翼!?」
そこにいたのは、うちの学校の体育着であるジャージ姿の風早翼だった。
「な、なんでここに――」
「しーっ! 静かにしろ!」
翼は僕の口を手で塞いできた。
確かにジャージ姿の翼はもはや男の子としてしか認識できず、男子トイレにいても、その実中身が女だと知らなければ全く違和感がなかった。
「……いいか。静かにしろよ」
僕は口を手で塞がれたまま頷く。
「よし……」
「はぁ……ど、どうしたの?」
「……お前に、用があって……お前と話せるのは多分、ここしかない。杏の目の届かない、ここしか」
「え? じゃあ、わざわざそのために?」
「……ああ。杏は……アイツは狂ってる」
「え……」
狂っている?
翼の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
僕達はどこまでいっても幼馴染だ。まさか、翼が杏のことを、狂っている、などというとは思わなかったのだ。
「お前もそう思わないのか? 隆哉が誰かと話そうとすれば、絶対に邪魔するし……」
「そ、それは……」
「それにお前……杏が俺達に寄越した手紙、知っているのか?」
「へ……手紙?」
そういって翼は懐から小さな紙切れを取り出した。
そこには赤い字で大きく「隆哉に近付くな」と書かれていた。
「え……これ、杏が?」
「ああ……名前は書いてないが……入っていたんだよ。俺の机に」
「そ、そんな手紙……そ、それを書いたのが杏かどうかなんてわからないじゃないか。み、見損なったぞ、翼! そんな……杏を悪くいうなんて!」
「お、おいおい。落ち着けよ。今は杏のことなんてどうでもいい。問題は夢なんだ」
「え? 夢?」
「ああ。アイツ、めっきり学校に来なくなっちまって……なんでも、大分身体の調子が悪いらしいんだ」
「え? そ、そうなの?」
「そうなの、って……お前、知らないのか? 夢の奴は何回もお前にメールした、って言ってたぞ?」
「あ、ああ……杏に携帯取られてたから……」
「はぁ!? なんだよそれ……」
呆れ顔で僕を見る翼。
そんな夢が……夢の身体の調子が悪いなんて……どう考えても僕のせいだ。
僕の胸に一気に後悔の念が広がって行く。
翼は悲しそうな目で僕を見ていた。
「……とにかく、夢はお前に会いたがっている……お前も幼馴染なら、夢に会いにいってやれよ」
「で、でも……杏が……」
そこまで行って翼が僕の胸ぐらを掴んできた。
翼は男勝りな女の子だ。
女の子とは思えない力で、僕は引っ張られる。
「てめぇ……それでも男かよ!? いつまでも杏の尻に敷かれやがって……!」
「そ、そんなこと言っても……」
「情けないと思わねぇのか!? 夢はお前のことを……!」
と、翼がそこまで言おうとした時だった。
ちょうど、トイレに誰か入ってきてしまった。翼は僕の胸元から手を話す。
「……とにかく、俺は伝えたからな。じゃあな」
そういって、翼はトイレから出て行ってしまった。
僕は間抜けにトイレで茫然と突っ立っていた。




