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選択肢は一つ、ではない 5

「あ、あはは……全く、杏には困ったもんだな。気にするなよ、隆哉」


 そういって相変わらず爽やかに翼も去っていった。


「そうですね。私は夢ちゃんと隆哉君のこと、応援していますよ」


 そして、最後に澪も、相変わらずのおっとり具合でそのまま自分の席へと戻っていったのであった。


 残された……というより必然的に隣の席同士の僕と夢は残される。


 居心地の悪い空間だ。


「あ、あのさ……」


 と、ふいに夢が口を開く。


「な、何?」


 妙にうわずった声で僕は応えた。


「え、えっと……わ、私は杏ちゃんが言ったようなこと……そ、その……特に意識していないから!」


 なぜかクラス中に響き渡る声でそういった夢。思わずクラスの連中が僕と夢を見てくる。


「あ、ああ……そ、そうか。なら、いいんじゃないか?」


 僕は何がなんだか分からずとりあずそういっておいた。


 そのまま夢は真っ赤になり、机に突っ伏してしまう。


 無論、授業中は集中できなかった。当たり前だ。


 これは一ヶ月前に聞いたことの在る内容。もはや今更もう一度聞く必要もない。


 それよりも大事なのは今日のこと。この後、おそらく、夢は僕に告白してくるのだ。


 それが前から夢にしてみれば決まっていたことなのか、それとも今日決めたことなのか……


 先ほどの杏のあの煽りが夢に火をつけてしまったのかどうか。


 それさえも僕には正確に把握することはできない。


 だが、この流れ。まだ一概にはいえないが確実に僕はこのまま行くと夢に告白される。


 告白されたのは放課後。屋上に呼び出されるのだ。


 昼休み、夢は放課後屋上に来るように僕に言ってくる。


 そこで僕はその通りにしてしまった。


 ならば……今回もそうするのか? 


 夢と付き合ったが故に死へと至ったというのに、僕はまたその運命に流されてしまうのだろうか……


「今回は……別の女子にした方がよいんじゃないかの?」


「え?」


 と、頭の中の声に思わず驚いてしまった。


 いや、正確には頭の中の声が言った言葉に驚いたのだが。


「だから……今回は別の女子にした方がよいのではないか、と言っておるのじゃ」


「べ、別って?」


「別は別。他じゃよ。あるではないか。お主には他の選択肢が」


「はぁ? じゃ……何? それって、僕に夢以外の幼馴染と付き合えって言っているのか?」


「そうじゃよ。大体、なんで幼馴染が四人もいるのに一人に絞る必要があるのじゃ? よいではないか。森崎夢はダメだった。だったら、別の幼馴染に乗り換えれば」


「へ、変なこと言うなよ! そ、そんな……ま、まるで二股みたいじゃないか」


「二股? 奇妙なことを言うの。お主は時間を戻って生き返った。この時点でのお主はまだ誰とも付き合っておらんし、誰を選択したわけでもない。じゃから、森崎夢の告白を馬鹿正直に受ける必要もないのじゃ」


「そ、そんな……」


「それとも何か? お主には森崎夢ではないと絶対にダメ、という確固たる信念でもあるのか?」


 目からうろこが落ちる感覚というのはまさにこういうことだったのかもしれない。


 夢でないと絶対にダメ。


 ……いや。そんなことはない。


 最低なことを言うようだが、そんなことはないのだ。


 もちろん、夢のことは好きだ。だけど、それは幼馴染の一人として、という意味。


 無論、告白を受けた時は嬉しかったし、夢を真剣に一人の女の子として大事にしよう、という気持ちもあった。


 だけど、今はどうだ?


 まだ、僕は夢と付き合っていない。


 だとしたら、僕と夢の関係はただの幼馴染。それは、杏や翼、そして、澪となんら変わらない。


 そうだ。夢の告白を馬鹿正直に了承する必要はない。


 なんでそう気付かなかったんだろうか。


 この時点の僕には選択の幅がある。そして、選択を決定する時間もまだ、多少あるのだ。


「ふふふ。気付いたようじゃの。だったら、話は簡単じゃ。お主の好きなとおりにするがよい」


 僕の、好きなとおり。


 この場合、優柔不断な僕にはわかる。僕が好きなようにするということはできない。


 好きもなにも、特にこれ、というものが僕にはないからだ。


 だったら、自分が最も妥当だと思われる道、つまり、死へと直結しない道を選ぶのが最善だ。


 そうと決まれば話は早い。僕の中で意思は固まった。後はそれを実行に移すだけ。


 僕は授業中だというのに、少し微笑んでしまっていたのだった。

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