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群青ダヴィンチ  作者: SKULL
7/7

最終話 愛すること、愛されること

あー

えっと

すみませんでした。

「はは、ははははははは」


マゼンタの死体を前に、嘲笑う大橋。大橋は自分の勝利を誰かに見せつけてやりたい気分だった。


「勝った、俺は勝った!やったやった!」

「誰が勝ったんだ?」

「そりゃあ勿論俺…って」


どこからか聞こえる声。その声を大橋はマゼンタのものであると判断した。目の前の死体が喋っている訳では無い。


「どうなってる。何が起きてるんだ!」


大橋の喜びは恐怖へと変わった。まさしく、マゼンタの手の上で踊らされていたような恐怖。大橋はあたり一面を見廻したが、誰もいない。


「どこにいやがる、マゼンタァ!」


どこからともなく、マゼンタの声が響いた。


「実は先ほど、紅のポケットから神器装飾<才色兼備>をこっそり抜き出しておいてな。」

「<才色兼備>!?」

「こいつの能力は女性の美しさを磨くだけではない。この神器には魅惑チャームという力があってな。このネックレスをかざすことで、相手の五感、神経を著しく麻痺させるんだ。お前が今見ているものは幻覚、言うなれば夢だ。」

「夢、だと!?」

「醒めない夢は無い。今から私がお前を夢の世界から引きずり出してやろう。」

「よせ、止めろ!」


マゼンタは引き金を引いた。


「止めろおおおお!!」


神器義足に填め込まれた玉が割れた。このときすでに大橋にかけられた魅惑は解けており、大橋はその目で、玉の粉砕を確認した。

玉を失った神器義足はその力を失い、マゼンタの完全勝利が決定した。

大橋は倒れ込んだ。

大橋の体に異常は見られなかったが、彼の精神は崩れ去っていた。


「いいか大橋。神はこの世にただ一人、ガド=ダ=ヴィンチ、寿 コウだけだ!」


マゼンタは持ち前のトランクケースにハンドガンと神器弾丸を収納し、言い放った。

どうやら大橋は気絶しているらしく、返ってくる言葉は無かった。

マゼンタはコウのスマートフォンを拾い上げ、屋上を後にした。



マゼンタの決闘中も尚、紅はコウを見つけられずにいた。校舎をくまなく探したが、人の気配すら見られなかった。

残り探していない場所はただ一つ。

紅は走り出した。

何年も前から使われていない、語山小学校屋外プール。紅が到着したとき、そこはコスモスの花で埋め尽くされていた。まさしく花のプールと呼べる代物である。


「コスモス!?」


溢れ出したコスモスの花が紅の足元を埋め尽くす。一見美しい光景にも思われるが、紅の鳥肌は収まらなかった。

一秒間に何百と咲き誇るコスモスは、語山の地面を白色に染めていく。

コウが絵を描いているにしても、このスピードはあり得ない。


「紅!」


紅の背後からマゼンタが声をかけた。


「マゼンタ、大橋先生は?」

「屋上で気絶しているよ。それよりもこれは、遂にモナ=リザが復活したか。」


マゼンタは歯を食いしばった。


「モナ=リザって何だよ。」

「ダヴィンチ、寿 コウが何らかの恐怖や憤慨を覚えたとき、彼女の心の中の負の感情が

暴走し、化物を生み出す。過去にもこういうことはあったんだ。早く止めないと大変なことになる。」

「大変なこと?」

「語山の地面だけなら良いが、それが建物や人間までも包み込んでしまうと、最悪の場合死者が出るぞ。」

「マジ、かよ!」


でも、それでも。

俺が止めないと。

俺が死の危険に襲われても、コウちゃんだけでも救ってみせる。


「マゼンタ、今コウちゃんは何処にいる?」

「あのプールから増殖しているのだから、恐らくあのプールだろう。でもあそこは危険すぎる。死の危険性が…」


マゼンタの忠告も聞かず、紅はプールへと走り出した。


「紅!」

「コウちゃんを助けてくる。」


紅はコスモスのプールに飛び込んだ。必死に花を掻き分け、プールの底を目指した。

大量のコスモスが紅を覆い尽くし、締め付け苦しめる。

底を目指す途中、紅は意識を失った。



「ここは?」


何もない純白の空間。音もない空間で、紅は佇んでいた。

紅は純白の空間を、あてもなくフラフラと歩いた。勿論その動作によって、何かが起こる訳でもない。ただ茫然と行き場もなく歩く紅。その姿はまるで悪魔にでも取りつかれたようだった。

何歩歩いただろうか。もし万歩計を付けているなら、それは誰かに自慢できるほどの数値になっているだろう。

紅は何十歩か先に立つ少女の存在に気付いた。

その姿は可憐という言葉こそ似合う美しさであった。


群青色のストレート、緋色に染まった瞳、白のドレスから見える二つの膨らみ。

その姿はコウをまるまる大人にした様だった。

ただ、コウのいつもの笑顔はその少女には見られない。何かに怯えているような、今にも涙が溢れ出そうな眼。少女は紅の存在に気付き、紅の方を向いた。


「コウちゃん、なのか?」

「いかにも、私は寿 コウだ。しかしお前の求めている方の寿 コウでは無い。」

「どういうことだ?」

「私は敢えて表現するなら、人間では無く神の方の寿 コウだ。君は寿 コウが神の生まれ変わりであることは承知しているな。」

「あぁ。」

「つまり君の理解できるように言うと、私の名はガド。寿 コウの一部分であり、寿 コウ自身でもある。」

「君も同じコウちゃんな訳だな。」

「私は昔、<闇>の存在の前に敗れ去り、命を落としたことがある。勿論私は神だから、何回死のうが何度でも蘇れる。ただ、死ぬ前に私を慕ってくれていた人間たちが泣いてくれたんだ、私の為に。私は神として人間に与える側の存在であって、人間から何かをもらうなどとんでもないと考えていた。でも違う。私は知らないうちに人間たちからたくさんの喜び、幸せをもらっていたんだ。そのことに気付けていなかった私は神失格だよ。

私は生きたいと思った。神として蘇るのでは無く、人間として彼らと共に生きたいと願った。その願いが通じ、私は人間へと転生出来た。少しばかり神だった頃の力が人間の身に宿ってしまったがな。ところが、人間へと転生した私を受け入れてくれるものは誰もいなかった。それどころか、私の力を悪用するものまで現れる始末だ。私は絶望したよ。

皆、神である私を必要としていただけだったんだ。たとえ姿が違っても、心は同じなのにな。」

「でも、マゼンタは君のことを信じたんじゃないのか?あと、蒔良も。」

「建前はな。」

「建前!?」

「信用の度合いは私にはわかる。マゼンタという男はまだマシな方だ。表だけでも取り繕ってくれるのだから。金城蒔良なんてのは最悪だ。奴はそもそもガドを信仰していないからな。そしてお前も同じ。お前が寿 コウに注いでいる愛は消去法によって選択された愛じゃないのか!?」

「な…」

「知っているぞ、お前の過去を。お前は昔からたくさんの痛みを受けてきた。両親の蒸発、

儚く散った初恋、そして何より、大切な人の不在。お前はたくさんのものに拒絶され、いつしか自ら道を選んで進むのが怖くなった。お前の人生は消去法となった。

寿 コウに注がれる愛は、偽物でないとはっきり言えるか?本当に大切にしているのか?

大切にしていないから、今こんな場所にいるのだろう?」

「違う。」

「何が違うのだ。君がコウちゃんと呼ぶ理由は、呼び捨てにすることが恥ずかしいのでは無く、呼び捨てにすることでより親密な関係になるのが嫌だったからでは無いのか。」


「消去法なのは貴方の方だ。」


「何!?」

「愛に消去法なんてない。愛は選択なんて出来るものじゃないだろう。その人のことを想う気持ちは一直線しか無いだろうが。ネガティブな方向にしか考えられない貴方こそ、消去法じゃないのか。

いいか。今から貴方に一つだけ教えてやる。俺がコウちゃんを引き受けた理由だ!」

「何だそれは?」


「俺は」

「俺は?」



「妹萌えなんだ!」



「は?」


「あんたの知ってる通り、俺には両親がいない。だから俺はずっと血の繋がりを求めていた。小学生の頃、坂田さんに、クリスマスプレゼントは何が欲しいんだ?と聞かれたとき、

生き別れの兄妹。と答えていたそうだ。俺の思いは昔から変わらない。

俺は年下好みの妹大好き変態野郎なんだ!!」

「今の話を聞いて、少し引いたぞ。」

「引かれたって構わない。今ここに誓う。

俺は寿 コウ、人間の方も神である方も、両方愛してみせる!この世界で一番お互いを信頼できるすばらしい兄妹になってみせる!!」


「それは恋愛感情故か?」

「家族に対する敬愛だ。」


ガドは笑みを浮かべた。


「今、現実世界で起こっていることは、私と表の方の私のリンクがおかしな状態にあり、暴走している所為だ。私の力でどうにかしてみせよう。お前はここから逃げろ。」

「でも。」

「ここは寿 コウの心の中の世界だ。何故お前が紛れ込んだかは分からないが、お前のおかげで、少しばかり元気が出た。この出口から出ろ。安心しろ、お前が現実の世界に戻るころには、この事態にも収拾がついているだろう。」

「じゃあ、行くぜ。」


紅はガドの作り出した出口に向かって歩き出した。


「あぁ、言い忘れていた。お前に言わなきゃならんことがある。」

「何だ?」

「もうコウちゃんとは呼ばないでくれ。お前がそう言うと、私の体に鳥肌が立って止まらなくなるのだ。」

「…あぁ、分かった。」


紅は出口を抜け出た。それと同時に意識を失った。



紅が目を覚ましたとき、増殖したコスモスは全て消滅していた。

横にマゼンタがいて、紅の身を案じていた。


「大丈夫か?紅。」

「マゼンタ。コウちゃんは?」

「君がコスモスプールに飛び込んですぐ後に、金城が駆けつけてくれたよ。先にダヴィンチを救出して、君の家まで運んだ。」

「お前は俺を運んでくれなかったんだな。」

「君は重い。なぜ私が高校生の男子を家まで負ぶって帰らねばならんのだ。自分の足で歩け。」


マゼンタは厳しいことを述べながらも、笑みを浮かべていた。

紅もそんなマゼンタを見て、笑ってみせた。



エピローグ



「紅!」


自宅の前で心配そうに待っていた蒔良が、紅の姿を見た途端、紅に抱きついた。


「ただいま。蒔良。」


今日はいつものように振り解こうとはせず、蒔良が離すのを止めるまで何もしなかった。


「マゼンタから、紅とコウちゃんが危ないって連絡を受けて。」

「大丈夫だったよ。心強い仲間がいたからな。マゼンタから神器のことを聞いた。お前の事も少し聞いた。蒔良、お前が俺に伝えられること全部、教えてくれないか?」

「分かった。でもその前にやることがあるでしょ。」

「あぁ、分かってる。」


紅は自宅のドアを開けた。

玄関には、青色のパジャマを着た妹の姿があった。


「お兄ちゃん。私…」

「何も言わなくていい。お兄ちゃんは全部知ってる。今は自分の気持ちに正直になれ。

俺がお前のそばにいるんだからな。」


その夜、俺はコウを励まし続けた。コウは涙を止めることなく、自分を責め立てるので、俺がその全てを否定してやった。

コウのこと、蒔良のこと、マゼンタのこと。

俺の人生は今日という一日で、何度傾いたのだろうか。

思えばあの日からすでに変わっていたのかもしれない。そう、あの日。

荒廃した村の荒廃した駅の荒廃したベンチに座っていた彼女を見た日から。

だから今日一日がどんな日であろうと、そんなものはどうだっていいことだ。

もし明日がどんな日であっても、それはその時の俺が対処しているのだろう。

コウが神の生まれ変わりでも、蒔良が神器を持っていたとしても、彼女たちの心は同じなのだから。



翌日


紅が目を覚ましたのは午前七時ごろであった。今日は平日ではあったが、心身の疲れにより、学校は欠席することにしていた。

紅は驚いた。紅が起きた場所は、コウが寝ているはずのベッドの上だった為である。


「あれ?俺どうしてここに?」

「お早う、お兄ちゃん。」


紅は横から聞こえる声に気付いた。

その声の主は、彼の妹であった。


「そっか、昨日疲れてて一緒に寝ちゃったんだ。ごめん、すぐ退くから。」

「待って。」


起き上がる紅の手をコウは掴んだ。


「もう少し、そばにいて。」

「あぁ。」


紅は再び横になった。

コウは少しずつ、少しずつ、紅に近付いていく。


「お兄ちゃん。」

「何だ?」

「私ね、今までお兄ちゃんとは少し距離をおいていたの。お兄ちゃんがどんな人か知りたくて。でも、今は分かる。お兄ちゃんは誰よりもかっこいい人。ほら、今ならこんなにも近付ける。」


紅とコウの距離はとても近い、触れ合うほどの近さだった。


「私、私ね。」


コウは顔を赤らめる。


「お兄ちゃんのお嫁さんになる!」


「えっ!?」

「私、お兄ちゃんと結婚する!」


コウの口から出た言葉は、紅にとって意外すぎるもので、紅は驚きを隠せなかった。


「お兄ちゃんは私の事、好き?」

「あぁ、好きだよ。」

「愛してる?」

「愛してる。」

「じゃあ。」


コウは静かに唇を近付けた。


「ただし!」


紅は声をあげた。


「ただし?」


「家族として、な!」


紅はベッドから起き上がった。

コウは頬をぷっくりと膨らませ、紅を睨んでいる。


「もう朝だ。飯にしようぜ、コウ!」


紅はコウの手を取り、食卓へと歩き出して行った。


<群青ダヴィンチ 完>



終わりです。

読んでくださっていた皆様、本当にありがとうございました。

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