第五話 デートヒート
あけましておめでとうございます。駄作ですが見てもらえると嬉しいです。感想頂けると嬉しいです。
交じり合う人の声、渋滞する車、微かな排気ガスの臭い。
ここは語山村ではない。ここは語山から少し離れた、咲花市という町である。
紅とコウは現在、ここ咲花市にいる。日曜日午後一時を迎えたところだ。
咲花市は語山村とは正反対の、とても栄えた都市である。東京二十三区に比べれば、昼間人口はまだまだ少ないが、語山村には考えられない人口総数を誇っていた。語山村の合併予定だったのは咲花市であった。語山村村長の粘り強さが無ければ、語山村も今頃は咲花市の一部となっていただろう。
そんな咲花市に紅とコウが居る理由、それは大層なことではなかった。紅は坂田に頼まれた品物の買出しに来ていたのだ。今日はたまたまそこにコウがついて来ただけである。
紅はコウの手をしっかりと握り、坂田から渡された買出しのメモに沿って、歩き出した。
今日の買い物はコウのための物ばかりである。例えば、外行きの洋服、新しい歯ブラシなどである。だがやはり、そのメモの中に文房具の名前は書かれていなかった。あくまで絵は描かせないようだ。
紅とコウは咲花ショッピングモールへと足を運んだ。まず最初の買い物、それは洋服。
紅とコウは子ども用服専門店へと出向いた。
「わぁ。色々な服が売っているんだね。」
コウは先ほどから感動ばかりしている。コウは語山村しか知らないのだから、無理もない。と紅は思った。
「コウちゃんの欲しいもの買ってやるよ。選んでおいで。」
紅は、どうせ坂田さんのお金だから。と語尾につける予定だったが、それは坂田とコウに何か失礼さを感じたので、止めておいた。コウは紅の言葉を聞いた途端、売り場の方へ走って行った。
コウの目は輝いている。紅と初めて出会ったときのように。
今からコウのファッションショーが始まる。紅は少しわくわくしていた。
暫くして、コウが試着室から現れた。
ピンクのTシャツに白のパーカー、濃い色のジーンズを履いている。
群青色の髪をなびかせ、紅のところまで歩いて来た。
「ど、どうかな?」
首を少し傾け、紅を見つめるコウ。紅はすっかり見惚れていた。
「良いと思うよ、すごく。」
身なりを整えた女性は美しくなると言うが、紅が見惚れていたのは身なりを整えたコウではなく、コウの全てに見惚れていた。
美しいストレートヘア―、十一歳でありながらも、猛獣でも食らい尽くすような挑発的な怪しさを持つ眼、はりと艶のある柔らかそうな唇、雪のように透き通った肌、細く小さな指。その全てが紅の心臓の鼓動を早めていた。
「お兄ちゃん?」
コウは赤くなった紅の顔を覗きこんで、不思議そうな顔をした。紅は慌てて声を上げた。
「その服でいいのか?他にも服はいっぱいあるんだぜ。」
「うん。もう少し見てくるね。」
コウは素直で、裏表のないはっきりとした性格だ。そんなコウだからこそ紅は見惚れていたのかもしれない。それに対し、蒔良はまったくの正反対である。例えば、紅の前で見せる顔と、他人の前で見せる顔が極端に違っていた。
蒔良には<能ある鷹は爪を隠す>ということわざが似合いそうだな。と紅はひそかに笑みを浮かべた。
結局ファッションショーは一時間ほど続いた。
最後までどの服を買うか迷いに迷った挙句、「どれにしようかな、天の神様の言う通り。
あっぷっぷ。」で、最初のコーディネイトに決定。紅は代金を払い、コウと共に店を後にした。
「ここは?」
コウの疑問に、紅は優しく答えてみせた。
「携帯電話ショップだよ。今からコウちゃん専用の携帯を買うんだ。俺が学校にいるときや、どこかに出かけているときでも、コウちゃんと連絡が取れるように。」
「えっ本当?」
コウは希望に満ちているかのような顔で紅に再度尋ねた。そんなコウの顔を見て、紅は嬉しくなって二回も頷いた。
紅自身も、携帯ショップに入るのは久しぶりであった。前回訪れたのは三年も前の事。
坂田に連れられてきた場所だ。
今回携帯ショップに訪れたのは坂田から、コウに携帯を持たせた方がいい。二人で買ってきなさい。との命令を受けたためだ。実に坂田は太っ腹な男である。
紅はいつも、語山村が圏外の枠でないことに驚きを感じている。そもそも紅は携帯を余り使用しない。その理由は、蒔良や白岩が携帯を所持していないことであった。
かろうじて抹茶は所持しているが、特に抹茶と連絡を取り合う必要もなく、ここ一カ月、紅は一度も抹茶と連絡を取っていない。
「お兄ちゃん、私コレがいい。」
「えっ!?」
コウが指したのは最新型のスマートフォン。紅はその値段表示を見て、唖然とした。
「コウちゃん、流石にそれは。」
「駄目?」
コウは首をかしげて紅を見つめた。どうやらコウには、人の心を操るような魔性の力があるようだ。駄目?と言われて、駄目。と言い切れるほどの確固不動たる信念は、少なくとも紅には無かった。いい父親にはなれないな。と紅は心の中で呟いた。
「分かった。坂田さんに聞いてみるから、そこで待ってろ。」
紅は急いでズボンの後ろポケットから自分の携帯を取り出し、坂田にコールした。
「もしもし、坂田さん。」
<何だ紅、慌ただしいぞ。>
「今、携帯ショップにいるんだけど、コウちゃんがスマートフォンを欲しがっているんだけど、流石に無理だよなぁ?」
<良いじゃないか。買ってやれ。>
その答えは紅にとって予想外であった。
「だ、だってスマートフォンだぜ!?」
<もしコウがスマートフォンを諦めきれなくって、その絵を描いたらどうするんだ。それこそ僕の想像する最悪の事態だ。>
なるほど。と紅は思った。
でも絵を描くことにそこまでナーバスにならなくていいんじゃないか。とも思った。
「分かった。」
紅は一言そう言うと、電話を切った。
携帯の契約も終了し、コウはスマートフォンを手に入れた。使い方に関しては、店員が必要事項をピックアップして教えてくれていたので、紅の中にあった不安は、すっかり無くなっていた。
紅とコウは日用品センターまで出向いた。日用品センターでは、意外にも紅は大人しくしていた為、紅はさっさと買い物を済ませることが出来た。正確に言えば、コウは日用品には目もくれず、買ったスマートフォンに夢中になっていただけであるが。
これで紅の買出しは終了した。
それから電車に乗っている間も、コウはスマートフォンに夢中だった。何がコウを夢中にさせているのか紅は気になって覗いてみる。見ると、すでにコウはお絵かきアプリを手に入れていて、指で丁寧にコスモスの絵を描いていた。
紅は、これじゃあ本末転倒じゃないか。と頭を抱えた。
遂には電車の座席にコスモスの花が咲いてしまったので、紅はコウのスマートフォンを取り上げた。コウの目が潤み始めたので、家に着いたら返す。と言うと、コウはとりあえず落ち着いたようだった。
家に着いたとき、本来なら先に坂田の教会に荷物を届けなければならなかったことを紅は思い出した。
「コウちゃん、俺今から坂田さんの教会まで荷物届けてくるから、家で大人しく待っているんだぞ。いいか。誰が来ても開けないこと、絵は描かないこと、この二つ約束できるか?」
「うん、気を付けてね。」
紅は坂田にいる教会へ向かった。
語山駅に着いたとき、紅の携帯に一通のメールが届いた。
コウからの初メールであった。その本文は実に奇怪であった。
<たさかた>
紅はその本文の意味を理解することが出来ずにいた。
―きっとコウちゃんが悪戯で打ったのであろう。でも、今までコウちゃんが悪戯をしたことなんてあったか?しかも初メールだぞ。上の「た」を取ると「さかた」になるから、坂田さんの事を指しているのか!?まぁ何にせよコウちゃんに聞くのが一番だ。
早くも紅は考えるのを止め、コウに、どうしたんだ?と返信した。
しかし、何分たっても返信は無い。ふと紅の頭に一つの可能性が過った。
―まさか、この<たさかた>って。
紅は携帯のGPS機能を使用した。コウの携帯にGPSを搭載させていたのはラッキーだった。
コウは人間にはあり得ないほどのスピードで移動していた。
―そうだ、コウちゃんは今日初めて携帯を買ったんだ。だから分からなかった、イ段からオ段までのひらがなの場所が。店員はメールの送信方法などを教えていただけで、肝心の
文字の打ち方を教えていなかった。スマートフォンも普通の携帯と同じで、ア段しか表示されない。そのア段の文字を繰り返し押すことでイ段やウ段を表示できるのだが、コウちゃんはそれを知らなかった。それに加え、急いで打ったということもある。
何故俺は気付かなかったんだ。コウちゃんの叫びに!
あくまで推測だが、最初に文字はそのまま「た」、次の「さ」は「す」、その次は「か」が「け」、最後の「た」は「て」だ。
つなげると「たすけて」。
次の電車は三十分後。
紅は走り出した。
次の電車を待つことはしなかった。
紅は自分の足が出せる最高速度で走った。
―コウちゃんが危ない!
その頃、語山村には珍しい外車が走っていた。
その外車にコウは乗っていた。いや、乗せられていた。
「久しぶりだな、ダヴィンチ。いや、今の名前は寿コウか。怖がらなくていいさ。私が君を連れ出した理由は一つ。君に描いてもらいたい絵があるんだ。」
「何の、絵?」
コウは恐怖に苛まれながらも、声を出して聞いた。
「君が描くのは、モナ=リザだよ。君にモナ=リザを描いてもらいたいんだ。君が描くモナ=リザは天才画家レオナルド=ダ=ヴィンチのそれとは違う。君が描くのは神の化身。
この人類を正しい方向へ導く、神の化身だ。」
コウはその意味を理解することが出来なかった。
そろそろこの物語も終わりですね。最後まで付き合って頂けたら光栄であります。