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群青ダヴィンチ  作者: SKULL
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第一話 出会った二人

つまらぬ話ですが見て行ってもらえるとありがたいです。

語山村は都市とはかけ離れた田舎にある人口わずか三百人程度の村である。

人口は減少傾向にあり他の市町村との合併も考えられていた。

そんな語山村にある小さな駅、語山駅に一人の少年がいた。月曜日午前八時頃である。

錆びついた鉄骨、茂った雑草、音のない空間。

少年は駅のベンチでただ一人、読書をしていた。

その少年の名は 寿ことぶき くれないという。

紅は語山第一高等学校の三年生であった。

現在の季節は秋。三年生にとっては過酷な受験が待っている。紅もまた全国に何十万といる受験生の中の一人であった。しかし紅は受験に対して負の感情は抱いていなかった。

むしろ受験という酷なイベントをチャンスだと考えていた。


やっとこの村から出ることができる。


そう紅は語山村が嫌いだったのだ。

いや、嫌いという表現は正しくない。正確に言い換えれば面倒だったのである。

語山村は何かと不便だった。

まずは交通機関。

村にはバスやタクシーがなく、あるのは三十分に一回しか来ない古びた田舎列車だけである。貧乏なのか、車を持っている家も極端に少なかった。

次に施設。

村に病院は一つしかない。しかも大病院ではなく、クリニック程度の大きさである。医者も村には二人しかいない。

さらに村には小学校が無かった。

少子高齢化社会と成り果てた現代、次々と学校は廃校となっていく。

語山村にあった唯一の小学校も一昨年廃校となってしまった。

紅はテレビのニュースでたびたび少子高齢化の影響による学校廃校を目撃していた。

しかしまさか自分の母校であった語山小学校が廃校になるとは夢にも思っていなかったらしい。廃校となった小学校は土地の引き取り手がなく今もそのままである。それほどか語山村は荒廃していた。現在村にあるのは、語山中学校と語山第一高等学校だけである。

第一と言うくらいだから第二も第三もあったのであるが、これもまた少子高齢化の所為であった。高等学校の生徒数は一年生が十二人、二年生が二十人、そして三年生が二十六人、

合わせて四十八人である。そして来年の新入生は十五人。この高等学校もいずれは廃校になるだろう。紅のただ一つの望みはこの荒廃した村から出ていくこと。

それだけが彼の頑張れる理由だったのだ。



現在の時刻は午前八時十五分。

電車が到着するまで、まだ十五分もある。紅は読み終わったと思われる本を通学カバンの中に直し、左手につけた革素材の腕時計で時刻を確認し、一つ溜息をついた。

そもそも何故このような時間に紅が駅にいるか。それは彼の小さすぎるミスの所為であった。語山高等学校は九月五日の月曜日に創立記念で休みだったのだが、紅はそれを九月六日の火曜日と間違えてしまっていた。間違ってカレンダーの九月六日の欄にマルを付けてしまったのだ。そして今日九月五日の月曜日に紅はいつも通り学校に向かったが、正門を潜り抜けた瞬間、異変に気が付いた。生徒が誰もいなかった。

閑散とした学校を見て初めて、創立記念日と気付いたのだった。

そして電車の来ない駅でただ一人延々と待っている。電車が来るまでの十五分間をどうやって過ごそうか悩みながら。



突然、瞬間、刹那。

現在の状況を表す言葉である。

音のなかった空間に音が生まれた。鉛筆らしきものが紙に擦れる音がしたのだ。

普通なら鉛筆の音など聞こえるはずがない。音のない空間であったが為である。

その音は紅のものではなかった。

紅は音の鳴る方へゆっくりと顔を向ける。するとそこにいたのだ。紅だけの空間であった駅に誰かがいた。

とても小柄な女の子。

外見だけ見ると小学校五年生ぐらいであろう。

腰まである群青の髪、宝石のように輝きを放つ眼。ベレー帽を被っており、黒のドレスのようなものを着ていた。左手には小さい鉛筆、右手には表紙がボロボロになったスケッチブック。そのどこか不思議な少女に紅は魅了されていた。

紅が見惚れている今も、少女は手を休めていない。少女は目の前に広がる景色をチラチラ見ながら、鉛筆一本でその世界を表現していた。

しばらく時間が止まっていたようである紅も、ようやく自分が少女に見惚れていた事に気付き、急いで顔を背けた。

午前八時十七分。


あと十三分もあるのか。


また少し溜息をつき、少女の方を見た。

音のない空間に咲いた一輪の花は美しかったのだ。

紅はまだそのことに気付いていない。


紅は基本面倒くさがり屋だった。現在彼が部活動に属していないのはその為であった。

勉強、スポーツ、友情 その全てを平均的にこなしてきた十八年間は他人から見ればつまらない人生であろう。しかし紅はそれで満足だった。何事も要領よくこなす、それが紅の

モットーなのである。そんな紅は直感で気付いていた。

この少女に関わっては駄目だ、と。

人間の第六感をあてにしない紅だったが、この直感だけは正しいと思った。

いや、実際に正しかったのだ。

先ほど黒のドレスのようなものを着ていると言ったが、その少女の着ているドレスはもうドレスとは言えないものだった。

あちこちが傷みきっており、破けた箇所もある。まるで何者かに痛めつけられたように。

しかも小学校のない語山村に小学校ぐらいの子どもがいるのもおかしい。

旅行の線も考えられるが、こんな荒廃した村に観光スポットやホテルはない。

第一、この少女の持ち物は鉛筆とスケッチブックだけだ。

ただの状況判断だが、誰もがおかしいと思うだろう。それほど少女は奇怪であった。


この少女に関わってはいけない。


この少女は俺を不幸にする。


紅は自分の直感を信じることにした。

あと八分。

あと八分でこの子とはおさらばだ。

電車に乗ってしまえば もう、

そう紅が考えていたとき止まっていたはずの、いや、紅が止めようとしていた物語が

動き出した。

何やら少女は絵を描き終えたらしく、鉛筆とスケッチブックを自分の太ももの上に乗せ、そして紅の方をじっと見つめていた。

吸い込まれそうな瞳に紅はいつの間にか見入っていた。

そしてはっと気付き、またそっぽを向く。紅は少女が気になって仕方なかった。

頭の中で関わることを拒んでいるが、心が関わることを求めている。

紅は腕時計を覗き込んだ。

あと五分、あともう少しで…


「お兄ちゃんは絵 好き?」


声が、聞こえた。

あと四分。

あと四分で電車が来る。

わかっているはずなのに、わかっているはずだけど、


「美しい絵は好きだ。」



冷たい風が吹き抜けた。そういえば駅に着いた時から、まだ一度も風を感じていなかった。


「何の絵を描いていたんだ?」


つまらない質問をしてみる。


「コスモスだよ。ほら、あそこに咲いてるでしょ。」


コスモス、か。よく見たら確かに咲いている。この荒廃した駅にも、美しいものはあったんだな。


「お前、一人か?」


「うん。」


一人で何でこんなところに、


「両親は?」


「二人とも、いないよ。」


なんとなく予想はしていた。だからこの子とは関わるべきではなかったんだ。気付いていたはずなのに。

でも、もうお別れの時間だ。電車の警笛が鳴り響いた。


「俺、この電車乗るから。」


「そう、じゃあここでお別れだね。」


少し名残惜しい気もしたが、これでいい。


「じゃあな。」


「少しの間だったけど、」


「!?」


「私と話してくれてありがとう。」


少女は満面の笑みを浮かべて、そう言った。

紅は電車に乗り込んだ。

座席に腰を掛け、窓の外を見る。

少女が一人、悲しそうな顔をしている。

そんな少女をよそに、電車は発車した。


私と話してくれて、ありがとう、か。


紅は座席から立ち上がり、吊り革を握り締めた。


「何をやっているんだ、俺は。」


客のいない電車で一人、呟いた。


季節が秋であるところによるもので、午後六時でもあたりは暗闇に満ちていた。

語山駅から徒歩二十分。語山中腹にそびえ立つキリスト教会。

その扉の前に紅は立っていた。

紅は月に一度ほど、この教会を訪れている。彼は別にキリスト教信者ではない。彼の目的は、この教会にいる一人の牧師だった。

その牧師の名は、坂田エドワード蒼明(さかた えどわーど そうめい)と言う。日本人とイギリス人のハーフである。両親が蒸発した紅は高校に入学するまで、坂田のいる教会でお世話になっていた。言わば坂田は紅にとって、父親のようなものであった。

坂田は引き取り手のない浮浪児を見つけては連れてきて育てている。この語山はそういうことが多い。だから今も多数の子ども達がこの教会で暮らしている。子ども達にとって、この教会は家であり、学校であった。


あれ、ちょっと待てよ、


ふと紅の頭の中に一つの考えが現れた。

朝に見たあの少女はもしかすると坂田が連れてきた浮浪児なのではないか。だとしたら合点がいく。

紅は扉をそっと開けた。

案の定である。

大聖堂のベンチに座っている坂田とその横にいる今朝見た少女。

どうやら坂田がその少女を何やら叱っているようだった。あの温厚な坂田が怒ることは滅多にない。だからその光景がどこか新鮮であった。

すると坂田がふと扉の方を見て、紅が来ていることに気付いた。


「おぉ、紅。来ていたのか。」

「ひさしぶりだな、坂田さん。これ、子ども達にあげてくれ。お菓子だ。」


紅は右手に持っていたお菓子の入ったビニール袋を坂田に渡した。


「いつもありがとう、紅。」

「このぐらい当然だろ。ここにいる奴は家族みたいなものだしな。」


少し得意げに言う紅。

坂田はお菓子の袋をベンチに置くと、ベンチに座っていた少女の手をつかみ、紅の元へ連れてきた。


「今朝のお兄ちゃん!?」


少女は驚いた顔で紅の顔を眺めた。


「あぁ、今朝ぶりだな。」


紅は少し照れた表情を浮かべ、左手で自分の頭を掻いた。


「そうかそうか。君たちは知り合いだったのか。なら話は早い。」


何やら坂田は気持ち悪い笑みを浮かべている。

坂田が奇妙な笑みを浮かべるとき、いつも紅に不幸が起こる。紅は嫌な予感しかしなかった。


「紅、紹介しよう。この娘の名前は寿ことぶき こう。君と同じ漢字だが、下の名前はコウと呼ぶ。コトブキ コウだ。」


「お おい、寿って 」


「今日からコウは紅、お前の妹となる。義理の妹だ。」


「は!?」


突然の急展開に驚きを隠せない紅。

そんな紅をじっと見つめるコウ。


音のなかった空間から派生した物語は、まだ始まったばかりである。



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