夢売り
夜明けのテンションで書くもんじゃありませんね。
はじめまして、青葉です。
この度本編すっとばして短編から書き上げた大馬鹿ものでございます。
辿々しく、読みにくい箇所ばかり目立ちますが、どうぞ生暖かい目で見守っていただければ幸いです。
最近は日が落ちるのがはやくなったねぇ。
特に、夕日と宵闇が溶け合う時は格別にきれいだ。
だが、そんなときは気を付けた方がいい。
逢魔が時ーー…。
人は魔がさすと奇行に走る。
もしかしたらそれは、彼が関係しているかもしれない。
「今晩は、お嬢さん。悪夢は如何?」
ーーーーー…。
***
憂鬱だ。と、思った。
右を向いても学生、左を向いても学生。
前を向いてもやっぱり学生ばかりだ。
同じ服を着て、同じ場所に通うその様は、まるで隊列を組む働き蟻のようだ。
登校初日の始業式だというのに、陰鬱過ぎる。
雨原秋也はがっくりと肩を落とした。
別にいじめられているわけではないし、日常生活事態は穏やかで宜しい。
だが、学校というものはなんて賑やかで、居心地が悪いんだろう。
それが秋也の唯一の憂鬱のタネだった。
靴を履き替えて、教室へ向かう。がやがやと、ノイズのようにひしめきあう会話の波の中を、真っ直ぐに自分の席へ向かう。
それから、いつも通りに教科書とノートを机に移す作業に徹する。
すると不意に、こつん。と、指に紙の触れる感触がした。
「ん、なんだ。これ。」
紙は三つ折り。
それに、とても秀麗とは言えない文字で『放課後、裏庭に』との用件が書かれていた。
この素っ気なさがまるで怪しい。
女子からのラブレターなら「あっそ、興味ない。」で、済みそうなものだが、この分じゃ断然男色のほうが強い。
『こいつ、最近うざいから締めてやろうぜ』感が漂わなくもない。
(触らぬ神に、祟りなしだな。)
くしゃりと丸めてごみは屑籠へ。
そうして、秋也は日常に戻っていった。
そう。
紙のことなどすっかり忘れて。
***
迂闊だった。
まさかごみ当番が自分だとは。
始業式が終わって、今日は午前解散。
実に運がない。
屑籠をひっくり返してごみ袋に詰め替える。
終業式の日に誰かがサボったのであろう。
あり得ないほどぎゅうぎゅう詰めのごみ袋を見ながら、その臭気に少しだけ顔をしかめる。
早く済ませてしまおう。
そうして、秋也は裏庭横のごみ置き場へ急ぐことにした。
***
あぁ、なんて自分は運がないのだろう。
目の前の惨状を見ながら、はぁ。と、深くため息をつく。
そういえば、そんなこともあったっけか。
真上に登ったお天道様を仰ぐ。
全く忘れていた自分も悪いのだが…。
目の前には、如何にも不良です。と、いわんばかりのやつに囲まれるというお約束な有り様。
これは少しいただけないなぁ。
足を止め、自分はどれだけ考え事をしていたのだろうか。
ついに、しびれを切らした一人が罵声をあげた。
「黙ってんじゃねえよ。」
「一年の時からすかした面しやがって。」
「おい、聞いてんのか。あぁ?」
それに続いて残り二人もいびりにかかってきた。
正直怖くない。
実に残念な感じである。
(一対三ですか。そうですか。)
わめき散らす不良組に、鬱陶しそうに心のなかで返事をする。
一人は柔道かなにか心得があるのか、がっしりとしたガタイだ。
その他はそこそこ肉付きはよさそうだが、ひょろりと長い現代っ子タイプ。
こう言うときは逃げるに限る。
巨漢を狙って、そのまま脱兎の如く逃げるのが効率的か。
さて、隙はどうつくろうか。
もともと喧嘩の心得はないのだ。
そりゃあ、お互い様だが。
勝てぬなら逃げるが勝ちだ。
触らぬ神に祟りなし。
「聞いてますよ、鬱陶しい。」
しれっ。と、答えると、我慢ならなかったのか不良どもが一斉に襲いかかってきた。
ちょっと待て、一度に全員は部が悪………。
秋也はそこで、意識を落とした。
***
「もしもーし、生きてるー?」
間の抜けた声に意識を戻され、ピクリと動く。
体は鉛のように重たいし、目は腫れて視界が悪い。
「あぁ、生きてた生きてたー。死んでたかと思いましたよー。ま、死んでたって構わないんですけどー。」
頭の上から降ってくる声が正直煩い。
「あ、いま煩いと思ったでしょう、そうでしょう。ほうら思った。あたった、あたった。」
「……うるさ…。」
あんまりにも言ってることが支離滅裂で意味不明すぎる。
しかもなんだ、学生でもないらしい。
部外者か、不審者か。
まぁ、どうでもいいんだが…。
「まぁまぁ、そう邪険にしないでくださいよ。あなたは今、夢売りと魔が逢っているのですから。」
にっこりとそいつは笑った。
夢売り?
魔が逢う?
まるで意味がわからない。
まさか、こいつお花畑に妖精とか見えてるタイプの人間じゃなかろうな。
考え込んでいると、夢売りは秋也が気に入ったのか饒舌に説明を加えた。
「なにがなんだかわからない、といった様子ですね。いいでしょう。説明して差し上げます。貘は夢飼い。吉兆の夢を飼って売るものですが、私はその真逆。つまり夢売り。裏の夢商人という訳です。ここまで、問題ありませんか?」
「…裏の……。」
つい、言葉に出してしまった。
自称、夢商人と名乗るそいつは、一層笑みを深くした。
「えぇ。残念ながら、私はあなたのことが気に入ってしまいました。なので、ひとつだけあなたの好きな方に悪夢を見せて差し上げます。」
「悪夢…だって?」
「えぇ、お代は…そうですねぇ。あなたの血液で如何でしょう。」
「血液…?!」
あり得なさすぎる話に、ガタッと音を立てんばかりに勢いづいて起き上がる。
ビリビリと背中が痛んだが気にしたら負けだ。
こいつ、真面目に関わったらいけなさそうな空気をビンビン孕ませている。
じりっ。と、後退りをしようと試みる。
が、それはあっさり遮られた。
夢商人に腕を掴まれたことによって。
「逃げちゃいやだなぁ。分かってます、分かっていますよ。気になる悪夢の標的は、先程の不良たちですね。」
じわっ。と、捕まれた腕からなにかが侵入してくる感覚が気色悪い。
くらくらする頭に必死にむち打ち、前を見据える。
すると、にっこりと微笑んだ夢商人の顔がぐにゃりと歪んだ。
「さぁ、逝ってらっしゃい。」
最後に夢商人の声がしたと思った次の瞬間。
「え……?」
嘘だろ。
ガヤガヤと煩い教室。
傷1つない自分の体。
満タンに溢れ返った屑籠。
机には例の紙切れ。
全部、全部朝の巻き戻しの中にいるようだった。
あり得ないほどの実感味の湧かない有り様に、思わず頬をつねる。
痛い。
夢じゃ、ない。
なら、さっきの感覚は一体…?
記憶が途中でぶったぎられたかのように気持ち悪い。
と、いうかさっき?
さっき、何があったんだっけ。
そうして、物が喉につっかえた感覚を覚えながら、秋也は始業式を迎えた。
***
相変わらず、長い。
何が長いって、校長の話が長すぎる。
正直あくびも隠せなさそうな程だ。
内容は、品行方正に校訓に則ったうんたらかんたら…どうでもいいや。
さっきからチラ見している時計の長針は既に4の位置まで来ている。
あの校長、既に30分以上話しっぱなしだ。
年なのに疲れないんだろうか…。
などと、余計なことに思考を写した瞬間だった。
後列から不意に悲鳴が上がった。
何事かと眉根を寄せて振り返る。
…嘘だろ。
目の前に立っていたのは少し前に刑事沙汰で謹慎処分された元担任。
罪状は下着泥棒で現在執行猶予中…の筈……。
そいつが、なぜか木製バット片手にふらふらとこちらに歩み寄ってきたのだ。
蜘蛛の子を散らすように逃げていく生徒たち。
逃げ遅れた生徒の数人は殴られたらしく、床にうずくまっていた。
「よぉお、アマハラ。久しぶりだナァ。」
目の焦点が合っていない。
ヤクにでも手を染めたか?
チラッと、倒れた生徒に目を向ける。
驚いたことに倒れていたのはひょろい方の不良二人だった。
「ど、ドォも…。」
どうやら僕は逃げそびれたらしい。
体育館には僕を含め三人しかいない。
ガチャリと、外鍵がかかる音がした。
他の教諭が警察に連絡を回している。
…ひとでなし。
僕はどうなってもいいのかよ。
「アマハラぁ、俺はさぁ。アマハラが心配なンだぁあ。それで、きちゃった。」
恥ずかしそうに笑いながら間合いを詰めてくる元教諭に、追い詰められぬよう、秋也もじりじりと後ずさる。
「…僕なんですか。」
ぼそっと呟く。
教師だった男は「聞こえないナァ。」と、苦笑いしてバットを振りかぶった。
「なんで僕なんですかって、聞いてるんですっ。」
大声をあげて男を見据える。
そのときには自分の頭上にバットが降り下ろされる寸前だった。
もう駄目だと思った。
「野郎ぉおっ!!!!!」
急に、野太い雄叫びと共に、男が消えた。
否、吹っ飛んでいた。
「俺のダチ殴るなんて、先公風情が調子乗るんじゃねぇよ。」
どさくさに紛れてファックとか決めてるそいつは…。
「あ、ガタイいい方の!!!」
「いい加減名前くらい覚えろよ、秋也。だから始業式そうそう俺みたいな奴なんかに目つけられるんだぜ。」
ニッと笑って倒れている友達を介抱しに向かう不良。
なんだ、あいついいやつじゃん。
「イテェなぁ。今の、郷間か?だめだなぁ、暴力は……だめダなァ?!」
「郷間…っ?!危ないっ。」
俺からガタイのいい方に標的を変えた男を追いながら、僕は叫んだ。
あいつは助けてくれた。
不本意かも知れなかったが。
僕だってやれば出来る。
一応男だろ…!!!
男の背中を追いかける。
男がバットを降り下ろすのと、秋也が男の背中に飛び蹴りを食らわすのはほぼ同着だったーー…。
***
「ご、郷間。ごめん。」
病院から出てきた不良頭は頭をかきながら笑った。
「いいって、たかが肋骨のヒビだ。入院するほどでもないってよ。」
「で、でも…。」
「それより…。お前、とんだ馬鹿力だったぜ。いい蹴りなのは分かったけど、床ぶっ壊すとか反則。」
クックッ。と、笑う不良頭に「そういえば。」と、秋也は頭を抱えた。
何故だろう。
不審者の元担任に蹴りをぶちかました床は見事に抉られ、陥没していたのだ。
そんなに勢いづいたつもりはなかったのに…。
そのときは違和感しかなかった。
そう。
違和感だけしか。