第2話 粉雲と米粒デブリ同時開催
難関ミッション続きの厨房。今日も重力が無くなる時が来る
宇宙船《アルデバラン号》の厨房。料理長マキが宣言した。
「今日は“粉”と“粒”を制する。以上」
ユイ(衛生担当)が即ツッコむ。
「宇宙で一番制しにくい二つを同日にやるな」
パン当番のゴロウ(補給係)が、得意げに袋を掲げた。
「宇宙対応小麦粉! “舞いにくい”って書いてあります!」
リョウ(若手)が小声で言う。
「“舞いにくい”って、舞う前提…」
ユイは胃薬を握りしめた。
「その言葉は、保険会社の広告みたいなものです」
仕込み開始。マキがボウルを構え、ゴロウが小麦粉の袋を開けた、その瞬間。
『重力制御システム、定期再起動。三、二、一――』
「今!?」
床が消えた。身体が軽い。嫌な予感が的中する音がした。
ふわっ、と小麦粉が白い霧になって舞い上がり、照明を受けて幻想的な“粉雲”を作った。
リョウが咳き込みながら叫ぶ。
「宇宙に雪が降ってる!」
ユイが半泣きで吠える。
「衛生監査が来たら終わりです!粉は吸うな!漂わせるな!」
マキが冷静に指示する。
「空調最低。湿度上げろ。粉は落とす」
ユイが頷く。
「その前に封鎖。粉は船内に流出させない」
厨房のシャッターが閉まり、空調が落ちる。
スチームが噴き、粉雲がしっとりまとまってゆっくり落下――
……落下先は、リョウの頭だった。
「うわ、俺だけ粉まみれ!」
「あなたは“人体ダストフィルター”です。褒めてません」とユイ。
粉を拭う間もなく、マキが次の作業に入る。
「炊き込みご飯も同時進行だ。米を洗え」
ユイが目を見開く。
「今この状況で“粒”を!?」
ゴロウが明るく言う。
「大丈夫です!米は水に浸ければ――」
リョウがボウルの米に手を突っ込んだ瞬間、換気の残り風が、
ほんの少しだけ戻った。
その“ほんの少し”が宇宙では致命的だった。
米粒が、白い流星群になった。
「うわぁぁ!」
米粒はキラキラしながら厨房を周回し、まるで小さな衛星の群れ。
船内放送まで追い打ちをかける。
『注意。微小粒子の漂流を検知。換気系統に警戒』
ユイが天を仰ぐ。
「米がデブリ扱いされてる……!」
マキが言う。
「作戦は単純だ。軌道を作って回収する」
「軌道って料理で使う言葉じゃありません!」とリョウ。
ユイが手順を叩き込む。
「空調は“低速回転”だけ。気流を一定にして、ネットで捕獲。あと、粉と米を混ぜるな。絶対」
ゴロウが言った。
「混ぜたら新食感ですか?」
「混ぜたら始末書です」
低速回転モードで米粒の動きが一定になり、
三人は黙々とネットで“拿捕”を始める。
リョウが息を切らして呟く。
「俺、宇宙船で米と鬼ごっこしてる……」
ユイが真顔で返す。
「成長です。方向性はともかく」
『重力制御、復旧します』
ずん、と床が戻った。米粒は落ち、粉は落ち、全員の士気も落ちた。
沈黙の中、マキが完成品を見て言う。
「パンは……白い。ご飯は……少ない」
ユイが頷く。
「ですが、厨房は無事です。勝利条件はそこです」
食堂から通信。
『今日のメニュー、何です?』
マキは一拍置き、答えた。
「“宇宙の白”セット。粉パンと、上品な量の炊き込みご飯」
リョウが小声で言う。
「上品って、足りないだけでは……」
ユイがにこりと笑った。
「宇宙では、足りないは“洗練”と呼びます」
その日、船員たちは妙に高級そうな顔で“白い昼食”を味わい、厨房はホワイトボードに新ルールを追加した。
『粉の日と米の日を、同日にしない。』
(つづく)
学習しろよ!というのはあるのですが、お約束なので(笑)




