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『桜川、白妙の梨 〜過ぎゆく季節と、止まらぬ流れ〜』第9話:半月の夜に残るもの

心の欠けた部分を仕事で埋める日々。夜空に浮かぶ下弦の月が、今の彼女のようです。

以前から仕事熱心だった沙織さんは、あの日以来、何かに取り憑かれたように仕事へ打ち込むようになった。患者からの信頼は厚く、過酷な深夜勤務も進んで引き受けているという。 そんな沙織さんから、久しぶりに一通のメールが届いた。

『片瀬のおじさん、二人きりでお食事をしながらお話しできませんか』

片瀬はすぐに快諾し、二人は料亭「柳川」で落ち合った。 通された部屋の窓からは、夜空が広く見渡せた。星々の間に、左側だけを光らせた下弦の月が浮かんでいる。 「やはり月は、満ちている方がいい……」 片瀬はふと、そんな独り言をこぼした。

そこへ、少し遅れて沙織さんが入ってきた。 「おじさん、遅れてすみません。急患が入ってしまって」 そう言って「ぴょこん」と頭を下げる仕草は、幼い頃から少しも変わっていない。

挨拶に現れた女将の鈴江さんが、沙織さんに向かって深く頭を下げた。 「片瀬さん、本日は尾島先生にお会いできて光栄です。先日は主人の入院で大変お世話になりました。先生のおかげで、すっかり回復いたしましたの」 「いいえ、ご主人の体力が素晴らしかったのです。奥様の献身的なお支えがあったからですよ」 沙織さんの謙虚な受け答えに、女将は心底嬉しそうに微笑んで部屋を後にした。

「沙織さん、立派な女医さんになったね」 片瀬がしみじみと言うと、彼女は照れたように笑って「ビールにしますか?」と瓶を手に取った。 食事を進めながら昔話に花を咲かせたが、片瀬は沙織さんの酒量が以前より増していることに気づいた。

「……最近、お酒に強くなって困っているんです。ストレスが多くて、つい頼ってしまって」 ふいに、彼女が視線を落とした。 「おじさん、未練がましい女だと笑ってください」

その瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。 「お酒を飲むと、今でも井上先生のことばかり思い出してしまうんです」 堰を切ったように思いの丈を語り終え、彼女は涙を拭って寂しそうに笑った。 「こんな情けない話、おじさんにしかできません……」

夜空には、今も欠けたままの半月が静かに佇んでいた。


強い女医としての顔、そして一人のお酒に酔う女性としての素顔。そのギャップが切なく響きます。

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