蘇った女勇者
雪が降り積もる巨大な台地。激しい戦闘により魔王城は崩壊。
丸一日の戦闘の末、魔王は死んだ。
私が切り落とした魔王の首が雪の上で無様に転がっている。
この瞬間をどれだけ待っていたことか。私は嬉しさのあまり数秒立ち尽くした後、周囲にいる仲間を見た。
僧侶ルクソリムは力なく座り込み、魔法使いフォルタニタは大粒の涙をこぼしながら立ち尽くし、戦士ムートは勝利の雄たけびを上げていた。
そして私は口から血を吹いた。
血の量はあまりに現実離れしていた。
膝をつきゲロのように血を吐く。
なぜ血が、なぜ今、新たな敵か?、痛みは……。いろんな思考が駆け巡る。
私がうずくまっていると、ものすごい速度でルクソリムが駆け寄ってきた。
傷口を押さえつけられているような圧迫感の直後、血が止まった。ルクソリムが魔法を使ってくれたのだ。
ルクソリムを見ると、疑念が残る険しい顔をしていた。
いつもなら回復が終わるくらいの時間が経過。まだルクソリムは魔法を使い続けている。これは、手こずっている。
ルクソリムの顔はひきつっていた。
今にも泣きそうな顔。
新手を警戒していたフォルタニタとムートは、しばらくして私の方へ駆け寄ってくる。フォルタニタは涙を流し、だらしない顔で走っていた。ムートは相変わらずポーカーフェイスだ。でも顔色はとても悪い。
ルクソリムが仲間に状況を説明し始める。かなり大声だったけれど、私はよく聞き取れなかった。
説明の後、仲間は私の体を隅々まで探り始めた。
くすぐったくて声を上げようとした、しかし声は出なかった。その代わり血の塊のようなものが出た。
魔物の出産はこんな感じだった。
血がはねて、フォルタニタの腰まで伸びる紺色の髪が汚される。
体は全くと言っていいほど辛くなかった。ルクソリムの魔法のおかげだろう。
だがしばらくして私の出血は再開する。痛みも出てくる。
ルクソリムはかなりの時間、魔法を使っている。魔力不足になってきたのだろう。
大量出血により、耳が遠くなり、視界が闇に包まれていく。
目と鼻の先にある死。
そしてふと目が覚める。
私は密室のベッドに裸で寝ていた。
さっきのは夢。
実際私は魔王を殺したはずだ。しっかり覚えてる。そして血を吐いて死にかけたこともしっかり覚えてる。
頭にこびりつくような出来事だったから夢に出て来たのだろう。
しかし私はてっきり死んだものだと思っていたが。生きている。ルクソリムには感謝しよう。きっと彼のおかげだ。
寝返りをうち天井を見る。
薄暗い部屋。自分の視界には見知らぬ天井を背景として、人影がこちらを見下ろしているのがうつった。闇のように暗い影のせいで顔は確認できない。
人影が顔を上げると、口元だけが見えるようになった。
躊躇うように口が開く。
「……久しぶりグラリス。気分はどうかな。」
聞き慣れた声。それは弱々しかった。
すぐに誰の声かわかった。ルクソリムだ。
「……ルクソリム。」
彼からの返事はない。その代わり唸りの混ざった泣き声が聞こえてくる。
ベッドから立ち上がり、移動する。
ルクソリムの顔が見えた。
彼は老けていた。そう見えるではなくて事実として。
私は尋ねた。
「ルクソリム……。なんか老けてない?というか私、あそこから生き延びたんだよね。ルクソリムのおかげでしょ?ありがとうね。」
ルクソリムは大きく息を吸って、しっかり間を使った後答えた。
「本当にすまない。私は何もできなかった。君はね一度死んだんだよ。」
弱々しくなったルクソリムの声。
その声が何を伝えたかったのか、一瞬理解できなかった。
そして十数秒ほど考えて、今最悪の状況にあることを察した。
「……お前が蘇らせたの?」
「そうだよ。」
私はため息をつく。
「馬鹿。」
私の”馬鹿”という言葉にルクソリムは微笑んだ。
「50年ぶりに君に罵倒されて、とてもいい気分だよ。」
マゾヒズム気は歳を食っても衰えなかったらしい。
「あっそう。しかし50年か…………。」
私が黙り込むとルクソリムが言った。
「まあとりあえず服を着て欲しいな。目のやり場に困る。」
「ああ、そっか。私裸だった。」
「しっかりかわいい服準備しておいたから。」
かわいいやつ……。
これは偏見だけど、見た目がいい服は可動域狭いから苦手。
ルクソリムは散らかった机の端っこに置いてある丁寧に畳まれた白い服を私に手渡した。それは無地の白いワンピース。ルクソリムは言った。
「着てみてよ。」
私はルクソリムに呆れ顔を見せる。
ルクソリムは首を傾げた。
「綿と布ある?」
私が聞くと、ルクソリムは一瞬不思議そうにして、あるよと答え私に手渡した。
私はそれを体の適切な部位につけてから、白いワンピースを着た。ルクソリムはそれを見ると言った。
「すまない。気が利かなくて。しばらくの間女性と関わりを持たなくて、すっかり忘れていたよ。やはり女性は大変だね。」
「いや、いいよ。それよりこんな牢獄みたいなところじゃゆっくりできない。他の部屋はないの?」
ルクソリムは頷く。
「そこの扉から上に行けるよ。」
ルクソリムが手で指した方向には木製の扉があった。
私はそこから外に出る。
目の前には石の階段。
目を刺すような光に目を細めながら、石の階段を上ると散らかりすぎた部屋にたどり着いた。脱ぎ散らかされた服、洗われてない食器や調理器具、一体何なのかわからない(想像したくもない)何か。ぱっと見で嫌悪するくらいには汚い。そして少し匂う。
この部屋は一階。どうやら私が眠っていた部屋は地下室だったようだ。
小さい机とそれを挟む2人の椅子。私はその椅子に腰をかけた。
一応座面と背もたれは手で払っておいた。手には何も付いていなかったが、気持ち的に手は汚れた。
そうこうしているうちに、地下からルクソリムがやってくる。何も落ちていないかのように地面を歩き、散らかった台所に寄ってから私の向かいに座った。
ルクソリムは私の目の前にいい匂いの液体が入った陶器を滑らせ、もう一つの陶器を彼自身の前に置いた。
私は陶器を持つ。
「ねえ、これって綺麗なの?」
「ああ。さっき洗った。」
少し躊躇いの気持ちはあったが、なんだかめんどくさくなり陶器に口をつけた。
果物ベースの紅茶。舌の奥がビクつくような甘味だった。おいしくはない。形容しがたい味だが、一番ぴったりくるのは甘ったるくした胃液。
ふと紅茶に反射する自分の見た目に違和感を覚えた。
「ねえ、ルクソリム。私もしかして若返ってる?」
「よく気がついたね。」
「私何歳くらいになったんだろう。」
ルクソリムは私をじっと見つめた。
「うーん。どうだろうね。17、上下1歳くらいかな。何歳になっても君はすごく美しい。」
「ありがとう。でもなんで若返ってるの?」
ルクソリムは少し間をおいて言った。
「蘇生魔法の副作用ってとこかな。」
私の質問から返答までの変な間。本当は別の理由があるのかもしれない。でも私はそれを聞き出そうとはしなかった。代わりに新たな質問をする。
「じゃあ、私の死因ってなんだった?」
「呪いだよ。魔王のね。あいつは自分の死を呪い発動のきっかけとしていたんだ。その呪いは、トドメを刺した君にかかった。そういう感じかな。本当とんでもない呪いだったよ。あの時の私では太刀打ちできない代物だった。」
ルクソリムは一瞬辛そうな顔を見せる。
「そっか。じゃあ最後。なんで私を蘇らせたの?」
ルクソリムは表情を変えずに言った。
「君に会いたかったからだよ。」
思ってもみなかった返答。少し呆れた。
「なんだそれ。」
ルクソリムは少し微笑み、立ち上がると壁際の引き出しを漁る。
取り出したものはシガーとシガーカッター。
手際よくシガーの先端を切り落とすと断面を私に向ける。
「すまない。これいいかな。」
私は頷いた。
部屋にはシガーの匂いは無かったから、おそらく久しぶりのシガーなのだろう。ルクソリムは研究中に娯楽をしない。僧侶のくせに欲に忠実な奴だけど、こういう極端なまでのメリハリをつけられる所は正直尊敬する。
私の死後50年、彼は蘇生魔法の研究だけの人生だったのだろうか。やりたいことを我慢して。私のためだけに。本当にそれでよかったのか?
私には彼の気持ちがわからない。
窓からルクソリムの姿が見える。
自分の顔が隠れるほどの煙を口から吐き出し、煙が晴れた時、ホッとしたような顔を見せた。
流れていく煙は遥か遠くにあるはずの空とつながって、巨大な雲のようになる。
私はシガーを吸わないが、シガーを吸う人を見るのは案外好きだ。
15分ちかくもするとルクソリムは戻ってくる。煙の匂いをまといながら。
ルクソリムは唐突に言った。
「じゃあ、フォルタニタとムートに会いに行こうか。」
私は促されるまま外に出る。肌触りの良い風が頬を撫で過ぎ去っていく。その風は食べ物の匂いをどこからか絡めとってきていた。腹が鳴る。
ルクソリムはそれを聞いて微笑む。
「食べ歩きしながら二人のもとへ行こうか。」
ルクソリムは、食べ物の匂いがする方へ歩き出した。
街の地形は私の知るものだった。遠くで広がっている山脈にも見覚えはある。でも街並みは私の知らないものへ変わっている。時の流れを体で感じる。
街を歩く人の顔立ちも記憶と少し違っている。
私が街を観察しつつ歩いているとルクソリムが尋ねてくる。
「さっきから歩いてく人の顔ばっか見てるけど、見覚えのない人種ばかりで驚いてる?」
「まあね。」
「魔王が死んで、他人種、他種族の交流がすごく増えたせいだよ。まあそのせいで余計差別問題も増えたんだけどね。」
ルクソリムは苦笑いしながら私の横を歩く。
時々現れる路地裏では、なんらかの理由でぶっ倒れている人の物品を漁る子供が湧いていた。貧困、差別。魔王を倒してもこの世はくそらしい。ただ街を歩いているだけでそうわかるくらいには。
ルクソリムは見た目がこれでもかと凝った料理を出店で2つ買った。
「グラリス。これわたあめって言うんだけど食べてみな、美味しいよ。」
私は雲が刺さった棒を受け取る。
ルクソリムは雲に齧りつく。
私はそれを真似て齧った。
「……あま。」
ルクソリムは私の反応を嬉しそうにみた。
同じように色々食べ歩いていると、大きな建物にたどり着く。
私は氷菓子の最後の一口を飲み込み尋ねる。
「ここは?」
「魔法学校だよ。魔法使いフォルタニタは優秀な魔法学校の先生になったんだ。」
「ふーん。すごいね。」
「ああ。」
フォルタニタは夢を叶えたらしい。夢が叶った時彼女はどんな表情をしていたんだろうか。見たかった。
流石に魔法学校。魔力の流れを感じられない私でも違和感を感じるくらいには魔力が漂っている。
大袈裟なくらい大きな校門をくぐると見えないものが一気に広がった。
どうやら外からは中が見えなくなる結界が張られていたらしい。他にも色々な効果がありそうな結界だけれど私にはどんな効果があるのかわからない。
城の庭くらいはありそうな広い校庭では、少年少女が空を飛び、青年がゴーレムと意思を通じ合わせている。
他にも人体を発火させてる老人。学生らしくいちゃついてるカップル。
流石に高揚した。
鬼ごっこを空でやる世界だ。友達が魔物の世界だ。高揚しない方が不自然だと思う。
学生は老若男女、他種多様だった。
流石にルクソリムが太鼓判を押す学校なだけはある。
ルクソリムはそんな世界に目もくれずずんずんと進んでいく。目的地は図書館らしい。何故図書館かと聞くとルクソリムは答えた。
「彼女いつも図書館に篭ってるからね。」
すごい研究室のようなところにいると思っていたから、少し拍子抜けした。なんだ図書館か、と。校庭ほどのすごいものはきっと拝めないだろう。
図書館に入ると、私は考えを改めた。図書館は校庭よりもすごかった。
校庭よりも広いだろう図書館は、本がこれでもかと置かれた吹き抜けの空間だった。
本や人が宙を舞っている。しかも高速で。当たれば怪我しそうだが、すごいコントロールで宙の物は障害物を避けていく。まるで生き物だ。景色はうるさいのに音は最小限に抑えられてるのが何よりすごい。
ルクソリムは図書館の奥の奥にある扉目指して歩いていく。私はそれについていく。当たらないと思っていても、思わず体が勝手に本を避けてしまう。
ルクソリムは扉の前に立つとノックする。
返事の後、ルクソリムが開けた。
中には学生数人と、白髪の目立つ男性ほど髪が短い老婆が本を抱えて立っていた。
老婆はルクソリムを見ると口を開く。
「あー久しぶりルクソリ……ム。」
途中で視線が私を刺して老婆の言葉は詰まった。
老婆は持っていた本を重力のまま下に落とすと、涙をこぼし始めた。
ルクソリムは泣き崩れる老婆に手を向ける。
「グラリス。かなり老けてしまっているけれど彼女がフォルタニタだよ。」
「……フォルタニタ久しぶり。グラリスだよ。……というか髪どうした?」
フォルタニタは宝石のように美しい髪の持ち主だった。腰にかかりそうなまで伸びたそれは、動くたび花のような匂いを振り撒き、光を反射し、見たものの目を釘づけるような魅力があった。はずだったのに。
私の言葉にルクソリムが答えた。
「フォルタニタは君が死んだショックで髪をこの長さに切ってからはずっとこうなんだよ。」
「……へー。」
私は正直残念で仕方なく思った。彼女の髪が好きだった。
泣き崩れたフォルタニタがルクソリムに何か言っているが、聞き取れない。
学生たちは私たちのやりとりを見ると気を利かせて出ていった。
学生が外から扉を閉めると、フォルタニタが死にかけの亞人系魔物の最後の攻撃を彷彿とさせるような這う動作で私に近づき、私を抱きしめた。
「あいだがっだよ。」
彼女の涙や鼻水はワンピースを貫通して私の皮膚に触れた。
私は気にせず抱きしめ返す。
背後から聞こえるルクソリムの鼻を啜る音は無視した。
私はフォルタニタの頭を撫でる。
フォルタニタは歳を重ねて、なんとも言えない色気があった。辛さを乗り越えた女性は綺麗、とでも言わんばかりに。美魔女だ。
「私も会いたかったよ。」
私は慣れた手つきでフォルタニタを落ち着かせると、彼女は謝罪ついでに紅茶を提供してくれた。
本日2杯目の紅茶には少しの塩味があった。
1杯目より遥かに美味しい。
少しの雑談の後、後で飲み屋で会う約束を交わし私たちはムートの元へ向かった。フォルタニタはまだ仕事が残っているらしい。教師というのは大変な職業だ。
学校から出ると、グッと体が軽くなる感覚があった。ここまでの高濃度の魔力ともなれば少なからず体に害を及ぼすようだ。それとも私が慣れてないだけ?
私たちは馬車を止め、乗り込む。
中に客はおらず、元々乗ってた荷物と私とルクソリムだけ。
ルクソリムは御者に目的地を伝えると御者は嫌そうな顔を一瞬して、馬を走らせた。
その目的地は私が知らない地名。
馬は山脈の方向へと進んでいく。
ぼーっと外を眺めていると、次第に建物は減り、緑が増えてくる。馬車の揺れもそれに比例するかのように激しくなった。
馬車の揺れがなんだか心地よくて、睡魔が襲ってくる。
私は横にうずくまって目を瞑った。
突然の大きな揺れで目を覚ます。
軽く伸びをして、大あくび。馬車は森の中を走っていた。
雑に整備された細い道の左右は背の高い木々が生い茂っている。
風が吹けば葉の音がうるさい。
それよりうるさい音がある。いびき。
いびきの方向ではルクソリムがだらしなく口を開けて眠っていた。
私は二度寝しようとしたけれど、寝付けなかった。ただ視界を遮るだけの睡眠。
そうしているうちに馬車は停車した。
御者はつきましたよと声を張り上げた。
その声でルクソリムは起きる。御者にお金を支払い、私たちは馬車から降りた。
そこは山の奥地だった。少し先には木製の小屋と畑が見える。
ルクソリムはその小屋へ歩き出す。
ルクソリムが小屋をノックすると、フォルタニタくらいの年齢の美しい女性が出た。
「あら、ルクソリムさん。」
「どうも。お久しぶりです。」
彼女、すごくいい人。私が軽く挨拶したら、10倍くらいにして返してくれる。
女性は後ろを振り向き、声を張り上げた。
「ムートさん!ルクソリムさんがいらっしゃいましたよー!」
奥の部屋から声。
「はーい。今行くー。」
女性は私たちを客間らしき場所に案内した。その間、女性は私に興味があるようで、何度か目があった。
客間で少し待っていると茶を持ってムートがやってきた。入れ違いで女性は部屋を出る。
ムートが私を見た時、珍しくポーカーフェイスを崩し、口角をあげた。
「グラリス。久しぶりだね。」
「そうだね。」
ムートは少し言葉を詰まらせる。
「その。また会えてよかったよ。本当に。」
「え、ムートが喋った。」
驚いた。ムートがこんなにも自分の気持ちを言葉で表現するなんて。
私の知るムートは無口で、表情をあまり変化させない奴だ。でも今は違うらしい。
「俺、グラリスが死んだ時すごく後悔した。もっと話しとくべきだったって。俺はグラリスのこといっぱい知ってるけど、グラリスは俺のこと何も知らないんじゃないかって。だから俺は人と話すことは何よりも心がけてる。」
今日3杯目の茶は、なんだか苦い。
「ふーん。いいじゃん。」
ムートとこんなに会話できるなんて。なんだか新鮮。
「そういえばさっきの女性とどういう関係なの?」
「俺の奥さんだよ。」
ムートに奥さん。なんとなくしっくりはくる。ムートは信じられないくらい優しいし、顔がいいからだ。できることなら結ばれる瞬間に立ち会い、祝いたかった。
「綺麗な人だね。」
「本当、俺には勿体無いくらいだよ。」
ムートの耳は赤い。
するとルクソリムは紅茶を一気飲みした。
「話してるところ悪いが、そろそろここを出ないと、フォルタニタとの約束に間に合わない。」
私が動く前にムートが動く。ムートは昔から察しがいい。
「リン…。えーと嫁と娘に一言言ってくるよ。」
あの奥さんリンというらしい。あと娘いたのか。一度見てみたいところだが、今はそんな暇ないという雰囲気。
私たちは一足先にムートの家を出た。少ししてムートが馬車を引いてくる。
私たちは乗り込み、出発した。
ムートは自分の体みたいに馬を扱う。彼は元騎兵。
約束の飲み屋に着くと、一足先に来ていたフォルタニタと目が合う。手を振られて振り返す。
席に着くと誰よりも早くフォルタニタが声を出した。
「ムート、久しぶりだね。奥さんとマイメちゃん元気?」
「ああ。2人とも元気に君とまた会いたがってるよ。」
「嬉しい。」
マイメちゃん、誰だろう。話の流れ的にムートの娘だが、確信はない。そんなことを考えてる間に話は進んでいく。私は話についていけず、机に置いてある水を飲んだ。
仲間との間に距離を感じる。今日一日中ずっと思っていたことだ。
みんなは今の時代に合う生活を送っているのに、私はそれができていない。
私が感動することはみんなにとっての当たり前で、私だけ気持ちを共有できていないこの感覚。少し寂しい、けれども仕方のないことだ。
私は目の前を流れる会話をそれなりに流していく覚悟をした。
しかし私は思い出した。みんなは驚くほどいい奴らだってことを。
フォルタニタは話の途中で私を見ると言った。
「グラリス聞いてよ、ムートってね結婚したんだよ。それで娘まで作っちゃてさ。こいつの娘マイメちゃんっていうんだけど。マイメちゃんはすごく可愛くて、生まれてきてくれてありがとうって思うんだけどさ。」
嬉しそうにするムート。
フォルタニタは悔しさを表すようにものすごい勢いで手を挙げると、近づく店の人に強いの四つと言い放った。
「正直さ、私が一番に結婚するんだと思ってたよ。だって私って愛嬌あるし、当時はかなり胸もあった、確かに顔はグラリスの方がよかったけどさ。」
私はここで自信を持って頷いてみせた。
横に座るルクソリムからフッと鼻で笑う声。無視してフォルタニタは話を続ける。
「それでも、私って安心感とか包容力とかピカイチだったよ。でも、それがなんで独身教師なんてやってんだか……。」
少し沈黙を置いてムートが水を飲んだ。
「愚痴は終わったか?」
「あ?」
フォルタニタがムートにつかみかかりそうになった時、木製の容器が四つ机に並べられた。
フォルタニタはすごい勢いでそれを半分ほど飲み干して、まだ私たちの机にいるお店の人に肉、とだけ言った。雑で曖昧な注文にも関わらず笑顔で対応される。
酒の入ったフォルタニタは止まらない。
日頃の愚痴を怒涛の勢いで捲し立てる。ムートは彼女を止めようとするがそれは焼け石に水。
ルクソリムは微笑みながらそれを聞いていた。
一気に時代を遡ったようだ。
今私から見える景色は私が知ってるあの時のものだ。みんな見た目は変わっても中身は変わらない。
思わず笑みが溢れた。
するとフォルタニタが愚痴をやめた。
「え、グラリスが私の愚痴で笑った……。」
フォルタニタの横で彼女とおんなじような表情でムートが見ている。
「グラリスが私を止めてくんなかったら、誰が私を止めてくれんのよ。」
「……ムートが止めようとしてたじゃん。」
私はいつのまにか届いていた肉を自分の方に寄せる。
「それで、私が笑って愚痴を聞いていたら不満でもあるの?」
「いや、最高だよ。とても。」
ルクソリムが言った言葉にみんなが頷く。
そこからはもうどんちゃん騒ぎだった。周りの目なんて気にしてやるかって勢いで騒ぎ立てる。3人の老いた男女と10代の娘がガキみたいに。
側から見れば異色のグループが迷惑行為をしているだけだろうが、それでも私はそうしたかった。
店を出たのはフォルタニタが泣き始めた頃だった。彼女は飲み過ぎると号泣しだす。老いてもそこは変わらなかった。
私はフォルタニタの手を引いて歩く。
ルクソリムは少し後ろから「見て、星が綺麗だよ。」と大声で声をかけてくる。星が綺麗なことくらい大声で言われなくてもわかる。
ムートは見当たらない。どこかでゲロでも吐いているんだろう。
私は夜風にあたるため、ある場所へと足を運ぶ。どうかそこは私の記憶のままであってくれと心で念じながら。
フォルタニタは無言のまま私に引かれる。
私はそこに着いた時、思わず息を呑んだ。
そこは記憶のままだった。あたり一面見渡す限りの平原。空は遥か遠くまで光の粒を撒き散らしながら永遠のように広がっている。
不定期に吹く冷えた風は、私たちを無視しながら、何かを目指してるかのように過ぎ去っていく。
この場所には私たちは存在しない。
大声で叫んでも反応はないし、全裸になっても気にするものはいない。
この世界は、元々全てこうだったんだって想像すると少し怖くて、すごく楽しい。
この景色を的確に言語化できない私の言語力を恨みたいよ。本当に。
しばらく夜風に当たっているとフォルタニタの私の手を握る力が少し強くなった。
「私さ、やっぱりグラリスがいないとダメだったよ。正直魔法学校で教師するって決まった時も、『ああ、グラリスに私の教師姿見てもらえないんだ。』って思っちゃったし。すごく辛い時、グラリスに励まして欲しいって何度も思っちゃったし。」
呂律はしっかりしていた。
月明かりは私たちだけを昼の世界に連れて行ったかのように照らしている。
フォルタニタの頬には大粒の涙が流れていた。
「なんで私達って、魔王を殺すっていう最高にいいことをしたのに。報われなかったんだろうね。」
私はただ聞くことしかできない。
頷くことも、彼女の目を見ることも、今の私にとって重労働すぎる。
「私、グラリスと一緒に幸せになりたかった。」
フォルタニタは呟くようにそう言った。
フォルタニタのいう幸せとは一体なんなのか。私の幸せはなんなのか。
魔王を殺すまで、魔王を殺すことばっか考えていたから、自分の幸せなんて考えたことなかった。
するとフォルタニタが私に向き直り、私の両手を彼女の両手がしっかりと握りしめた。
「グラリスは今若くて、これから先が長いんだから絶対幸せになって。今ここで幸せになるって誓って。」
彼女の目の力は私を突き刺して貫通して行ってしまいそう。
私はただ頷いた。
フォルタニタは握る力を強める。
「ちゃんと言葉にして。」
「幸せになります。」
フォルタニタが優しく微笑んだところで、ムートとルクソリムの陽気な歌声が近くから聞こえて来た。音程はぐちゃぐちゃで、シラフならただの雑音だが、お酒が入って少し気持ちがいい今は、その歌がすごく楽しい。
でもこんな時間は長くは続かない。
2人と合流した私たちは、しばらくの間黙って夜風に当たった。
やがてルクソリムが口を開く。
「今から教会に行ってもいいかな。」
正直私はそれを止めたかった。
ムートもフォルタニタも私と同じ気持ちだっただろう。でも誰もルクソリムを止めなかった。
ルクソリムは誰もが呆れるほど、女神に恋をしていた人間だったから。
気がつくと教会の前にいた。
どうやってここに来たのか思い出せない。
ルクソリムは嬉しそうに私たちを見た。
「本当にありがとう。最後の私のわがままを聞いてくれて。」
私たちは教会に入った。
私、ムート、フォルタニタは長椅子に腰を下ろし、ルクソリムは祭壇の前でひざまずく。
その様子を数人の聖職者がじっと見つめていた。
ルクソリムの一気に息を吸う音が聞こえる。
「聖なる女神よ、わたしは定めを破りました。あなたが創り、あなたへ還るはずの魂を、この手で引き戻してしまいました。わたしの愛は、あなたへの信を越え、生命の輪を汚しました。わたしは光を盗み、闇を招いた者です。
どうかその報いを、わたしにお与えください。」
こんなこと言っても言わなくても、どうせ聖職者に連れてかれて処刑されるんだ。ルクソリムが人を蘇らせたことはじきにばれる。だったらバレるまで生きて一緒にいてくれてもいいじゃないか、と思う。でもルクソリムは女神を愛している。彼は女神を裏切ったまま死にたくなかったのだろう。私がルクソリムを思うのなら、彼の考えを尊重するべきだろう。
ルクソリムの懺悔が終わると、見ていた聖職者が全員ルクソリムに近づく。
そしてルクソリムは手錠をかけられた。
そして、ルクソリムはこちらに顔を向け、満面の笑みで感謝を叫んだ。
完結だけど、しっかり伝わるように、「今までありがとう」と。
そしてルクソリムは火刑に処された。
火は無情にも、力強く燃え誇っていた。バチバチと音がなり、時折ルクソリムの唸る声が混ざる。
火刑はあまりの辛さから歯を食いしばりすぎて歯が折れると聞いたことがある。
やはり彼も、今そのくらい歯を食いしばっているんだろうか。
私たちは刑の執行をただじっと見つめていた。
一言も発さず、涙も流さず。
野次馬の数が昼の街にいた人の数よりも多そうだ、と気がついたのは日が登り始めた頃だった。
なんとなく試しにという感じです
近い将来連載したいです




