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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

整朝作用

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、ここのところ朝ごはんをちゃんと食べているかしら?

 子供のころから言われ続け、朝を抜いてもどうにかなることが多いと、そこまで朝ごはんはいらないんじゃないかと思っちゃうでしょうね。ご飯を食べる時間があるなら、少しでも眠る時間にあてたい、というのは疲れ気味な大人になると特に大きい意義があるでしょう。

 けれども、朝ごはんは一日の活力。そしてバランス調整のもと。特に血糖値のバランスを整えるのには肝要なわけね。


 一日二食で、格別に一食ごとの量を増やさなければ減量につながる。食べなきゃ太らない、というのは道理だけど、身体は三食を取り入れるときに比べて、長い空腹期間を味わうことになるわ。

 お腹が減ったらがっつく、というのは自然でしょう? ようやくありついたものを有効に生かそうと体は考えて、活発にもろもろの働きをした結果、血糖値がぐぐんと上がる。仕事を一気にやらせるわけだから、小分けにしたときより負担も大きくなってしまい、身体へダメージが溜まってしまうわけね。

 これらを改善する運動などは、ややもすると「かったるいなあ」と考える人もままいる、億劫なもの。自制ができないと、そのしわ寄せをどんどん衰えていく体が引き受け、限界に達しちゃうわけよね。

 私もむかしから朝が苦手な人間。学校へ行くころには通学する日で、まともに朝ごはんを食べたのは一年の中で数えるほどしかなかった。

 それをお母さんが見かねたのか、ある年の新学期にこれまでと違う特殊な朝ごはんを用意されることになったの。そのときのこと、聞いてみない?


「これから、あんたの朝ごはん、これだから」


 始業式から帰ってくるや、私は母に連れられて台所へ。そのテーブルにあるものを指さされて、そう告げられたわ。

 形そのものはティーポットに似ていたけれど、その背はウチで使っている魔法瓶に劣らない。ゆうに2リットル以上は入るんじゃないか、というサイズのじょうろに近い形をした水差しだったの。その口には銀色のコップが引っかけられている。


「枕元に毎朝、これを置いておくわ。どんなに急いでいるときであっても、これを一杯は飲んでからいくこと。絶対に守りなさい」


 告げられたときは目をぱちくりさせるばかりの私だったけど、これは好都合かもしれない、と思ったわ。

 ご飯とかお魚とかお味噌汁とか、一通り食べていたら10分や15分、すぐに過ぎてしまう。それをこの一杯で済ませてオッケーだというなら、わずか数秒くらいだな、とね。

 私は二つ返事で承諾したわ。これで食事分の時間が浮いて、もうちょっと長く眠っていられる。何にも代えがたい魅力的なものに思えたの。


 この水差しの中身、朝に採るようにとは言われたけれど、朝以外に採ることは許されなかったわ。家へ帰ってきたときには、すでにかたされていたし、休みの日でも私が起き出すとほどなくして母が回収してしまう。

 そうして飲む、水差しの中身。はじめて味わう前は、てっきり栄養ドリンク系の甘ったるいもの。あるいは青汁のような良薬口に苦しを体現したかのような、にっがいものをイメージしていたの。

 けれど、いざ口にしてみたそれは、最初はミネラルウォーターと大差ない飲み口。朝でさえあれば何杯でも飲んでいいとのことで、初日は三杯、四杯とあおってみたけれど、その淡白さに「?」が頭に浮かんできてしまったの。

 でも、わずかに遅れて。急にどっぷりとお腹が膨れる。これが一杯であったとしても、ご飯をお腹いっぱいに食べたのと大差ない満腹感なの。だからたくさん飲んだ後は、もう歩いただけで喉の奥からリバースしかねない苦しさを体感する羽目になったわ。


 くわえて、お腹の奥底から「グルグル……」と調子が悪いときに立てるのと、酷似した音が鳴る。本当にお腹を壊すような感触はなくて、ただうなるような感じなの。

 が、外から聞いたら、そのような区別などつかない。意図せずなるお腹の音に、みんながすごい顔してこちらを見てきた。

 はじめのうちは愛嬌の範囲でごまかせるけれど、ほぼ毎日で頻繁にとなると心配されたり笑いの種にされたり、私自身が穏やかならざる目に遭わされる。

 試しに、これまで通りの朝ごはんを食べてみると、このようなことは起こらない。


 ――これが、お手軽ブレックファーストの対価……!


 親へ詰め寄ろうとも、個人差があるんでしょといわれたら突っ込みようがない。

 恥を尊ぶか、お手軽を尊ぶか。

 私は岐路に立たされたわけ。


 悩んだ末に、私は後者をとった。恥ずかしい思いをしようが、朝をお手軽に済ませられるメリットのほうが、まだ大きい。

 そう感じる私は、ひたすらみんなからの声や視線などをスルーするスキルを磨きつつ、日々を過ごしていく。このお腹が膨れる水差しの中身は、一杯で午前中は十分に足りるから、空腹に悩まされないという点ではありがたい。

 そう思いながら、この流れにも慣れてきた半年あまりのあと。

 その日は朝に聞いていた通り、学校から戻ったときには、家が留守だった。私はいつもの隠し場所からカギを回収。戸を開けて中に入ったまでは良かったの。


 グルグルグルグルグル……。

 もう聞き慣れた、お腹のうなり。けれども今回は、お腹のうちにノータッチだったこれまでと違い、内臓そのものが一緒に震え出している。

 あ、これは本当にお腹壊したかもと、私はすぐさまトイレに籠城しちゃったわ。誰もいない家だし、占拠し続けることに抵抗はない。とことんまで居座ろうと思ったの。

 腰を下ろしてからも、うなりはやまない。お腹も張り続けている。これはかなりの重症かもしれない。


 ――早く、止まってくれないかなあ。


 ぎゅっと目を閉じて、私はそのお腹の処理へ神経を凝らしていたのだけど……。


 ふとした拍子に。うなりが「外へ出た」。

 グルグル……という音が私のお腹の中ではなく、外から聞こえてきたのよ。私のお腹のすぐ外側からね。

 え? と目を開けると同時に、正面の閉め切ったトイレのドアの真ん中が破られる。

 私の上半身がまるまる入ってしまうほどの大穴。けれども、それを開けたものの姿はなく、響いていたうなり声はどんどん遠ざかってしまう。そして私のお腹の張りはウソみたいに消え去っていたの。


 このことを帰ってきた親に話しても、まともに取り合ってもらえなかったわ。

 でもそれからほどなくして、我が家はにわかに新車を買ったりと羽振りがよくなったこと。そして例の水差しのブツを飲んでも、私はたいしてお腹を膨らませることもできなくなり、あのうなりをお腹に帯びることがなくなったのは確かなの。

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