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異能士官学校の女子候補生、冷徹御曹司と組まされたらなぜか溺愛されました  作者: じょーもん


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第丗五話 全島平定より新橋にて

 温かく、柔らかな感触。

 口から口へと、陰と陽の気が直に伝わっていく。

 そのぬくもりに、どうしようもない安堵を覚えた。


 唇を離そうとした刹那、相手が応える気配に気づく。

 触れ合った舌が、自分を求めてきている。


「ん――」


 心が震えた。

 求め合うほどに、口づけは、ゆっくりと深くなっていった。


 気がつけば、時子は腕を上げ、清至の背へ――そして首へと絡めていた。


「清至……しょっぱい」


 唇が離れたとき、時子は、かすかに笑いながらつぶやいた。

 清至は答えず、ただもう一度、唇を重ねる。


 彼女も応えるように身を寄せ、しばらくのあいだ――

 静かな幕屋の中に、濡れた口づけの音だけが響いた。



 やがて落ち着きを取り戻すと、時子は身を起こし、清至はベッドの端に腰を下ろした。


「……無茶をし過ぎだ。おまえが目を覚まさなくて、とても怖かった」


「ごめん。でも、時間を稼ぎたかったし、あいつにモールス信号を使ってるって気づかれたくなかったの。

 あの時は、あれが最善だと思ったのよ」


 時子が申し訳なさそうに眉尻を下げると、清至は再び、彼女の頬へと手を伸ばした。


「もう、あんな真似は――」


 清至が言い切る前に、時子は静かに首を横に振った。


「一人でも多く仲間が助かる可能性があるなら、私はまた同じことをすると思う。

 でもね、無謀な真似はしない。あのときだって、勝算とまではいかなくても、自分も含めて助かる道が見えていたから」


「……しかし、でも――」

 清至は苦しげに言葉を探し、やがて深く息を吐いた。

「はぁ……お前に何を言ったって、無駄なんだろうな」


 そう言って、清至は悔しげに手で目を覆った。


「俺は――お前なしでは生きていけない。

 これは比喩でも何でもなく、神威のこと、陽の気のこと、

 そして――斎部の夫婦神の妻神としての、お前という存在のことだ」


「わかってるわ」


 時子は、頬を撫でる彼の手をそっと取り、その手を包み込む。


「私の生存が、あなたの生存に直結していることも――肝に銘じておくわ」


「どこまでわかってるんだか――」


 清至は不満げに鼻を鳴らし、もう一度、唇を奪おうと身を乗り出した。

 台北から続いた禁欲の日々から一転――一度解き放たれた情動は、もはや抑えがたい。


「いいけど……これ以上は、ダメよ……」


 時子も応えるように目を閉じかけた、そのとき――


「うぅ……ん……」


 隣のベッドの端で突っ伏していた海野が、うめき声をあげた。

 時子と清至は凍りつき、二人のあいだに漂っていた甘い空気は一瞬で霧散する。

 互いに息をひそめ、音を立てぬよう、そっと身を離した。


「たえこぉ! 俺はお前に――けっ、結婚を申し込むぞ! 否とは言わせな……ぃ……」


 海野が、盛大な寝言を吐いた。


 時子はビクリと肩を震わせ、思わず清至を見た。


「……え? 海野って、妙子に気があったの? えっ、私が寝てるあいだに何があったのよ……?」


「まあ……色々とな」


 清至は小さくため息をつき、額を押さえた。



 +++++



 八卦山制圧は、台湾征討戦の分水嶺となった。

 帝国側も少なからぬ犠牲を出したものの、清国残党兵および民兵の要人を殺害・捕縛することに成功。

 とりわけ異能特務局にとっては、悲願であった“真武符兵隊”元隊長・楊宜辰の討伐が何よりの成果だった。


 この戦果を機に、帝国軍は師団の再編に着手する。


 時子や絢子の神威の範囲外で活動していた第一旅団では、赤痢とコレラの被害が甚大であったため、生き残りを第二旅団と混成。

 異能特務局もまた、各地に散っていた士官級の異能者を再招集し、呪詛を行う民間人の洗い出しを目的として、一般兵部隊への同行任務へと移行した。


 こうして、候補生たちもそれぞれの役割のもとに別行動を取ることとなる。


 生死の境をさまよった妙子に加え、真武符兵隊残党の減少により任務の必要性が薄れた海野と森本両候補生には、士官学校への帰営命令が下された。


 絢子は前線に残り、雅延王や林軍医監らとともに、引き続き治療および防疫の任に就いた。

 雅延王を従え、野戦病棟を渡り歩くその姿は、いつしか「光の御子」あるいは「聖女」と称されるようになっていった。


 台南の空は白く霞み、焦げた大地からは、まだ雨期の湿気が立ちのぼっていた。


 南下するにつれ、民兵の抵抗は一層激しさを増した。

 これを受け、帝国軍は九月いっぱいを『休養』と称し、戦闘と疫病に疲弊した戦線の立て直しを図るため、進軍を一時停止した。


 時子はといえば、引き続き近衛師団長・桂川宮を中心に、司令部へ結界を張り続けていた。

 楊を討伐したとはいえ、彼が台湾各地の民間人に広めた呪詛はいまだ猛威を振るっており、

 彼女の結界は不可欠であった。

 その重要性、そして八卦山での襲撃を踏まえ、

 桃蘇特務中将と伊狭間特務中佐、さらに近衛師団の一部隊が彼女の護衛に任じられる。

 もちろん、清至も常にその傍らにあった。


「前線で戦うでもなく、こうやって皆に守られているのは、なんだか変な気分だわ」


 時子は、夜の帳が降りるころ、同室の清至にだけこっそりと内情を吐露した。


「八卦山の襲撃を忘れたのか? お前の結界は、いまやこの征討戦の要の一つだ。

 十分に前線で戦っている。それを自覚しろ」


「でも――」


 時子は昼間の出来事を思い出す。

 部隊の奥深く守られている彼女の耳にも、批判の声は届いていた。

「呪詛など非科学的だ。そんなものに、しかも女に、近衛師団のエリートを護衛に割くなど屈辱的だ」――そう噂する佐官の声を。


「でも、じゃない」


 清至の声が低く響く。

「お前が結界を張り始めてから、司令部の高官たちの体調は目に見えて改善した。

 言わせたい奴には言わせておけ。殿下も、師団長も、総督も、お前を信じている」


 清至は、時子の心が揺れるたび、その傍らで静かに支え続けた。


 十月中旬には、ついに台南を制圧。

 その後、およそ一か月を掃討および戦後処理に費やし、

 十一月十八日、台湾総督府の橋口総督が全島平定を宣言した。


 先立つ十一月六日、南進軍の編成が解除された際、絢子は一部の近衛師団部隊および雅延王とともに帰営した。

 時子の帰営もその折に検討されたが、呪詛の再燃を畏れた橋口総督がこれを却下。

 そのため、彼女は十二月初旬まで桂川宮とともに台南にとどまり、報告および儀礼に同行した。


 橋口総督は時子を――正確には、彼女の結界を張る能力に強く執着していた。

 台湾残留や、士官学校卒業後の総督府付き任官などを、各方面に打診していたほどである。


 しかし最終的には、ただの異能者と思っていた彼女が、

 ついこの五月まで勤めていた軍令部での部下――川村貞一、通称「微笑の狂犬」の最愛の一人娘と知るに及び、

 恐怖の書簡一通を受け取ったのち、静かに引き下がることとなった。




「出たときは新緑だったのに――もう、年末か」


 汽車の段を降りようとして、自然に差し出された清至の手を取る。

 鉄の階段の冷たさよりも、その掌の温もりのほうが強かった。


「結局、俺たちが殿(しんがり)だな……」


 呟いた清至の息が、白く夜気にほどけていった。


 明治二十八年の年の瀬――。

 時子と清至は、近衛師団とともに東京へ戻ってきた。


 降り立った新橋駅には、近衛師団長・桂川宮の帰還ということもあり、

 夜間だというのに、軍や政府の関係者だけでなく、新聞記者や一般の人々までが詰めかけていた。


 桂川宮の配慮により、

 最後尾の車両から降りた異能特務局の面々は、

 その喧噪から一歩離れた場所に降り立つことができた。


 彼らを迎えたのは、特務局局長・篠崎資雅(すけまさ)

 そして斎部清孝特務中将と、りよ特務中佐の夫妻だった。


「おお、旧知の友がそろいもそろってお出迎えとは、うれしい限りだな。

 それとも――斎部殿は保護者の立場でいらっしゃったのかな?」


 隊の最後尾で降り立った旅団長・桃蘇阿多香特務中将が、

 敬礼ののち、からかうような笑みを浮かべて握手を差し出した。


「この場には、異能特務局特務中将として来ている。

 誤解なきよう、お願いしたい。」


 清孝は憮然と、四角四面に答えながらも、その手をしっかりと握り返した。


 局長の篠崎は、構内のざわめきの中から清至と時子を見つけると、

 真っ先に二人のもとへと歩み寄った。


「任務ご苦労さま。君たちの働きは報告で聞いているよ。

 ――何より、あの戦局の中で、候補生が誰一人欠けることなく帰還した。

 それが、何より喜ばしい。」


 言葉の端に、かすかな安堵の色が混じっていた。


 清至と時子は並んで敬礼で応じた。


「このあと、宮殿下直属で動いていた局員は、近衛師団司令部にて解散報告を行う。

 そののち、異能特務局内に仮宿泊室を用意してあるから、今夜はそこで休むといい。

 中野学舎への帰営は、明朝の報告を終えてからにしてね。」


 篠崎はそう告げると、ひらひらと手を振り、他の局員たちのもとへと向かった。


 近衛師団司令部へ向かう組の点呼が取られる。

 清至と時子も、桃蘇特務中将らに続いて列へと加わった。


 ふと、時子は背筋にかすかな視線を感じ、ホームをぐるりと見まわす。


 柱の影――。

 一般の出迎え客に紛れて、一人の男が静かに立っていた。

 見覚えのある姿だった。


 父、川村貞一。

 軍服ではなく、ジャケットにタイロッケン式外套、中折れ帽をかぶっている。

 恐らく、軍人として出迎える立場ではなかったのだろう。


 ――きっと、汽車から降りるところから見ていた。

 清至に手を引かれているところも。


 時子は、内心どきりとしながらも、軽く手を上げて気づいていることを示す。

 父もまた、帽子のつばを軽く持ち上げ、無言の返礼を返した。


 清至もまた、その視線の先に気づいたのか、一瞬だけ目を伏せた。

 何も言わず、ただ時子の背を守るように立っていた。

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