14.プランB2
「……いや。いやいやいやいや」
それはない。
約1ヶ月間、風呂なしの環境で汗まみれ確定の運動を強制され、やっとシャバに出られた人にわざわざ自分から近寄っていって、「お前ら臭いんじゃ」?
間違いなく臭いだろうけど、さすがにそれはないわ。
あ、B2ってプランB2ってことか。
“プランB:コアを破壊して、大喜びで痩せて帰る” の改訂版。
だったら、大喜びさせてあげようよ。
理不尽ドラゴンムーブやるにしても、せめてもうちょっと時間を置くとか、やり方ってもんがあるでしょ。
ほら、村の人たちの顔、ものすごいことになっちゃってんじゃん。
驚き、失望、諦め、バカバカしさ。あと、そういうのがグチャグチャに混ざった半笑い。
知ーらないっと。
古龍の姿してたって、もう全員がネーさんだって知ってるし、全部生中継されてるんだから言い逃れは一切できないよ?
「はぁ……」
画面の向こうで、ネーさんが呆れたようにため息をついた。
それしたいのこっちね?
「しゃーないな、ちょっと待っとれ」
ネーさんが爪で地面をひと搔きすると、縦長の水たまりが生まれた。
湯気が上がっている。
「入り。ただのお湯や」
その圧力に、ブーちゃん軍はのろのろと服を脱ぎ、お湯に入った。
「これで洗い」
地面に落ちていた松ぼっくりみたいなやつを、爪で器用に即席浴槽の縁に集める。
男たちは無言でそれを手に取り、身体をこすりはじめる。
痛そう。
それを見下ろしながら、ネーさんが語り始める。
「聞きや?
清潔っちゅうのは大事なもんや。
不潔にしとると、人間は体にブツブツできんねんぞ? あと、病気になってまうこともある。
ゴミとか部屋の奥に放っとくのもあかん。
ゴミ屋敷っちゅうやつになって、しまいには誰も住めんようになるんや」
それ自分のことだよね?
あと、今関係なくない?
「ほいでな、表から帰ってきたら必ず手ぇ洗ってうがいや。
そんだけで病気になり難うなる。
なんでかっちゅうとな……」
得意そうに喋ってるけど、それ全部私の受け売りじゃん。しかも独自解釈入ってるし。
菌は目に見えないコブリンじゃないです。直立歩行もしません。踊りません。
男たちは死んだ目で、黙々と自分の身体をこすり続ける。
多分、傷が出来てる。
ネーさんは時々話を中断して、「手ぇ届かんことは横のヤツに頼め」とか、「お前、耳の後ろちゃんと洗え」とか小うるさく指示する。
「ハハッ、母ちゃんかよ……」
カレルさんが乾いた笑いを漏らした。
途中でお湯が汚れると、ネーさんは少し離れた場所に新しいお風呂を作って、全員を移動させた。
「うっ」
「ぐっ」
うん、わかる。
出来立ての擦り傷に熱いお湯は染みるよね。
ネーさんは最初のお風呂を律儀に埋め戻す。
「よし。栄養も魔力もたっぷりや。
来年、ようけキノコ生えるで!」
絶対食べたくない。
兵士たちの顔は次第に緩んでいった。
ドラゴンに自分たちを害する意図はなさそうだし、上から講釈が降ってくるけど、実に1ヶ月ぶりの入浴だ。しかも森の露天風呂。
気持ちよくないわけがない。
「出れ」
男たちは、生気の戻った顔でお湯から上がる。
「並び」
横一列に並ぶいい尻24個。
「ダンジョン踏破の褒美や」
古龍はそう言うと大きく息を吸い込み、男たちに身構える隙さえ与えず、ブレスを浴びせた。
仕上げのアウフグースブレス、ドラゴンヴァージョン。
破壊じゃなく、暴力でもなく、自然現象でもない、超ハイパワーの癒し。
「ブレス吐けへんとモヤモヤするわ」って言ってたネーさんの、渾身のストレス解消である。
ネーさんは、争いのことに関しては一切口せず、熱波師としての仕事を全うした。
多分これがプランB2の正体。
暴風が去ったあとには、静かな目をした24人の賢者たちがいた。
「古龍殿、ありがとうございました」
第3王子が、続いて23人が、45度のお辞儀をする。
「かめへん」
ネーさんは腕を軽く引っ搔いて、笑いながらうろこを一枚差し出した。
「土産や」
王子は一瞬目を瞠り、黙ってそれを拝領した。
「ええか?
大事なんは風呂や。ちっさいコブリンなめたらあかんで」
「「「はっ!」」」
「ほなな。がんばりや」
古龍はふわりと浮き上がり、西の空高くに消えた。
王子たちは、深々と頭を下げてそれを見送った。
全裸で。
そのあと男たちは、残り湯で衣服を洗い、風魔法持ちの兵士がそれを乾かし、手で風呂を埋め戻し、再び整列した。
「クリストフ、王都に帰るぞ」
「かしこまりました」
王子と、最後にやっと名前が判明した隊長さんが言葉を交わし、コアの欠片を集めると、第3王子殿下の遠征軍は整然と村への道を歩きはじめた。
王子たちが道の先に消え、私はカメラ機能を終了させた。中空の大画面も消える。
熱血ものからヒューマンドラマへ。
期待とタイプは違うが、それでも名シーンでの結末に、納得した村人たちがゆっくりと腰を上げる。
「よーし、宴会だー!
鹿焼くぞぉ!」
「おー!」
このあとは、洞窟前の広場で父さん主催のバーベキュー大会らしい。
まあ、楽しんで。
「……終わったです……」
「うん……」
王子がこのダンジョンを探すことはもうないだろう。
出ていってくれて嬉しいが、本音を言えば寂しい気持ちもちょっとだけある。
ネーさんの「ブランB2」は、「痩せて、喜んで、賢者になって、帰る」という完璧な結末をもたらした。
言いたいことがないわけではないが、観戦もブーちゃんの成長ドラマも、私たちにとってはあくまでオマケ。
ダンジョンの危機は去ったのだ。
今は、仲間内で静かに余韻に浸ろうと思う。
王子軍はアーノルドさんたちに挨拶し、ネーさんから受け取ったうろこを「お詫びに、男爵に渡してほしい」と託し、そのままリムズデイルに向かったそうだ。
そして、リムズデイルで使者と合流し、正式に王命を受け取った。
後からヴァネが聞いた酒場情報によると、使者は王子の5日後に到着し、王子がダンジョンに閉じ込められたことを知ると、そのままリムズデイルで待機業務という名の休暇を楽しんでいたらしい。
酔っぱらって、王子の悪口とわざと遅れたことをベラベラ喋っていたそうだから、痩せて澄んだ目をした王子にはさぞ驚いたことだろう。
ネーさんのブレスが強力だったため、王子軍の賢者モードはギルドの転移陣で王都に戻るときまで覚めることはなかったそうだ。
冬が明けるころ、ヴァネが公爵からその後の王子の話を仕入れてきた。
風呂ドラゴンと不可視のゴブリンについて熱く語る王子は、しばらく強制的に休養させられたそうだ。
その妄言が収まった後、公爵たちの思惑通り、王子は王軍の一部を長期間拘束したことで王に叱責された。
ただ、この遠征での王子と兵士たちの心身の大きな成長に王の目じりは下がりっぱなしで、その甘さを王子に逆説教されたらしい。
王子と兵士の強化は軍のトップを務める王太子の耳にも入り、王子はその方法を尋ねられた。
彼らを鍛えたのがダンジョンで、しかしそれはもう破壊されたと聞くと、王太子は落胆した。
だが、王子はじめ全員がその内容を詳細に記憶していることを知り、それを再現した施設を作ったらどうかという話になったそうだ。
ご自由にどーぞ。企画料くれとか言わないから。
ビレン領については、結果に満足した公爵が王に存続を進言し、王子もそれを支持。
だが、ホーさんの評価が地に落ちている侯爵が異を唱え、一時は王命に逆らったことも事実なので、男爵交代が存続の条件となった。
もちろん、ファーレンに譲渡した土地は戻ってこない。
王子の賢者化は徐々にとけていく。
賢者化中の記憶はあるので、以前のような状態に戻ることはないだろうが、完全な品行方正といかない。
つまり普通の人になったってこと。
「10日くらいは持つんとちゃうか? 知らんけど」
というネーさんの言葉に従って、その直後に届くように、ホーさんは王都ギルドに小荷物を送っていた。
チェルさんの息子の副ギルド長が、それ王宮に届けてくれた。
中身は古龍のうろこ。
王子の物欲が戻れば、「やっぱり欲しい」とか言い出すかもしれないもんね。
「お忘れ物だそうです」という副ギルド長の言葉に、ブーちゃんは「おお! 返却するように返却するように言おうかと思っていたところだ」と喜んだそうだ。
あっぶねー!
ほらね? 先手打っといて大正解!
――これで、今度こそ終わり。ほんとに。
王家とも大貴族様たちとも、二度と関りたくない。
「なら、もうええんとちゃうか?」
「だね」
レベルⅠに戻り維持費が激減したのと、王子軍がいる間ネーさんが長時間滞在してくれたおかげで、保有DPはあっという間に3万を超えていた。
階層を増やせばすぐにレベルⅡに戻れる。
でも、それがどんなものかはコアちゃんも私ももうわかっている。
だから、うちのダンジョンは当分レベルⅠのまま。
ただ、温泉施設だけは作る。
前みたいな凝ったやつじゃなくて、男女別のシンプルなサウナ付き大浴場だけ。
再開の宣伝もしない。
もちろん来る人は拒まないけど、村の人たちが来てくれればそれでOK。
『完了しました』
特に気を付けるところもないので、コアちゃんの作業も10分で終了。
泉質は変更無料なので、硫化水素泉に戻した。
「じゃ、ネーさんいこうか」
「おお! 久しぶりや!」
仕事中のみんなには申し訳ないが、一番風呂は私がいただく。
ついでにネーさんのブレスもひとり占めさせてもらう。
そのくらいはいいよね?
だって、ダンマスだもの。




