1.暑さと神と神の加護
最終章です。
夏が来た。
今年はいつもより湿度が高く、暑さの質が去年と違う気がする。
外とは別世界のダンジョンだが、空気まで自前で用意しているわけではなく、特に、お客さんの来る第1層は、換気のために積極的に外気を取り込んでいるので、湿気の多さはけっこう気になる。
手間とDPを使って細々調整すればどうにかすることはできるのだが、魔石バブルは消え、冒険者用階層を増設したばかりのうちのダンジョンには、そんな贅沢をする余裕はない。
一番ダメージが大きいのは、まさかのネーさんである。
熱波師の仕事を終えてサウナの外に出たのに、サウナの中とあまり変わらない湿った空気がまとわりつくのが、すごく気持ち悪いらしい。
「どこでもサウナみたいでいいんじゃない?」って言ったら、「蒸し風呂は住むとこやない、入るとこや!」ってビシっと指さされた。
名言かもしれない。
そんなネーさんがこのところハマっているのが、午後の水浴びだ。
「ったく、べとついてかなん。ちょっくら池行ってくるわ」
うちの近くの湖改め池近辺は、一時は父さんたちが狩場にしていたけど、今は、ポーラさんたちがネーさんのところに遊びに来たついでに採取に足を伸ばすくらいだ。
人が来ることがなくなったので、ネーさんが全裸で水浴びしても、魚を獲りに来たデビリンにしか見られる心配はない。
「やっぱ、水浴びは素っ裸の方がさっぱりするわ!」
ネーさんの素っ裸とは、古龍形態のことだ。
うろこの隙間まで水を通して、しっかりほてりを取れば、仕事終わりまで割と楽に過ごせるらしい。
念のため、ネーさん沐浴中は、デビリンに見張りをお願いした。もちろん、万が一見ちゃった人がびっくりしないように。
何にせよ、近くにそんな場所があって良かった。いくら広くなったとはいえ、温泉施設じゃ古龍の水浴びはできないからね。
ちなみに、池の水には盆地の魔力が含まれているそうだ。
盆地の水が、伏流水となって湧き出ているのかもしれない。
さて、冬のはじめに増層した冒険者訓練階層だが、施設を見て、冬にビレン領を離れる予定だった冒険者の何人かが予定を変更してくれた。
でも、それは期待したほどではなかった。
考えてみれば当然。
オープン告知も遅かったし、かっちり予定を組んでる人もいる。
それに、獲物の少ない冬に減る収入が訓練で増えるわけではないので、訓練したくても滞在費のない人は、ここを離れるしかないのだ。
そんなわけで、冬の間の稼働率はかなり低かった。
残った冒険者も毎日来てくれるわけじゃないので、獲得DPが一日の維持費に届かない日が続いた。
このままではヤバいと焦り出した頃、ようやく冬が明けて、新規のお客さんが少しずつ増えはじめた。
正直ホッとした。
それは、南に行った冒険者が話を広げてくれたおかげで、さらにはその当人も仲間を連れて戻って来てくれて、施設の獲得DPでその維持費はなんとか賄えるようになった。
中ランク以上の冒険者が毎日来てくれて、リリはすごく嬉しそうだ。
温泉仕事の合間にちょこちょこ施設を覗きに行く。
その笑顔にやられたおっさんたちのリピート率が上がって、施設の稼働率は7割くらいまで伸びた。
オープン半年にしては、まあ上出来だろう。
つい先日、二組目の盆地挑戦権獲得者も誕生した。
増層費用の回収はこれからだけど、元々すぐにできるとは思っていないから、ゆっくり人気施設になっていけばいいかなって思っていた。
ところが、ある出来事をきっかけに、状況は急展開したのである。
今年の夏が暑いこともあって、お客さんの出足は遅く、その前にできることをやってしまおうと、私はその日、受付をバイトの子に任せて、裏の事務室でチマチマ銅貨を数えていた。
「ネー様、もう一度言っていただけますかっ!?」
夏の午後の洞窟に声が響いた。
音量は違うが、鼻声でマリアベルさんだとわかった。
小声過ぎて何を言っているか聞き取れない、あのマリアベルさんの声が「響く」?
ただ事ではない。
慌ててその場に駆けつけると、うずくまる「ケット・シーは神」の4人を、ネーさんが困ったような顔で見下ろしていた。
「……ネーさん、何これ?」
私が小声で尋ねると、ネーさんは「さっぱりや」と首をかしげた。
「ここでこいつらと行きおうてな、熊の子ぉが舌出して歩いとんの見て、今年は暑いよって毛ぇのある動物はきっついやろなて話しとってん。
ほしたらな、猫の話んなって、あたしが思い出した猫の話したったら、いきなり大声出してな、ほんで、もっかい喋ったらこないなってもた。わけわからん」
「何て言ったの?」
「猫はケット・シーの末裔ちゃうぞって」
「え? そうなの?」
ちょっと驚いたけど、私にはどうでもいい情報だ。
でも、パーティー名にその名をつける彼らにとっては、確かにうずくまるくらいの衝撃かもしれない。
「せや、ケット・シーの方が猫の姿をまねしたんや。
精霊っちゅうのは基本ええかげんやから、猫が末裔っちゅうんも、ケット・シーが適当に誰かに言ったんが広まったんやろな。
せやから、どっちが上か言うたら、ケット・シーやなくて猫の方やな。ナ~ウ。
どや、うまいもんやろ?」
ネーさんは達者な猫の鳴きまねで、真相説明を締めくくった。
「か、神の声だ……」
足元でつぶやきが聞こえた。
見ると、4人の猫好き冒険者が、うるんだ目でネーさんを見上げていた。
ジャンゴさんはバカなので、当然鼻水を垂らしていた。
元々畏怖の対象だった古龍に猫属性が追加され、この日、ネーさんは彼らの神となった。
A級冒険者パーティー「ケット・シーは神」は、その日のうちに改名した。
メンバーがギルド出張所長なので、手続きはすぐ終わる。
新しいパーティー名は「猫龍は神」。……猫龍って何?
ネーさんいやだと言っても、狂信者は言うことを聞かない。
「やってもうた……」
神は鳴きまねしたことをすごく悔やんだ。
神のお傍で仕事をすることになった「猫龍は神」のモチベーションは、当然爆上がりした。
あのジャンゴさんでさえ、ちゃんと仕事をした。
大都市圏での宣伝の手配、移動ルートの案内、転移陣情報、村に到着した冒険者の歓待。
秋に入ると、お客さんが一気に増えた。
訓練階層は、温泉客の迷い込みを防ぐために洞窟脇の別受付から入る仕組みになっていて、ダンジョン内でも隔離度が高くて割と涼しい。
夏の暑さが残る中、訓練階層は、涼みがてらに体と技を鍛えられ、その後には温泉とサウナが待っているという、とても贅沢な場所なのだ。
西の森で魔物を狩ってお金を稼ぎ、そのお金で訓練をし、村に滞在する。
お金が増えることはないが、訓練費用も村の物価も安いので、貯金を崩すまではする必要がない。
召喚ワイバーンのギョーちゃんとゲー君のカップルも、フル稼働で冒険者を鍛えた。
そして、それは結実した。
最初に盆地入りを許可されたA級冒険者のモーガンさんが、ついにお宝の古龍のうろこを手にしたのだ。
戻った彼は、話をせがむリリに、照れながら戦いの様子を語った。
その日は、崖に残っているワイバーンがいつもより少なかったそうで、チャンスと見た彼は、ワイバーンの目を盗んでお宝をゲットすべく、こそこそと崖下に近寄り、土を掘り返し始めた。
古龍のうろこはあっけなく見つかった。
まあ、ばらまいて、土かぶせただけだから見つかるわね。
そのまま帰れれば良かったのだが、発見した時に喜びの声を上げてしまったために、ワイバーンに気づかれてしまった。
崖からある程度離れれば、それ以上追ってこないのはわかっていたのだが、崖に近づき過ぎていたので逃げきれそうになく、彼は剣を抜いた。
ここで、訓練が役に立った。
ソロのモーガンさんが鍛えていたのは、倒し方ではなく、ワイバーンの攻撃の交わし方。
崖のワイバーンは、ギョーちゃんたちより強かったらしいが、いつもは2羽を相手に逃げ回っているモーガンさんは、1羽だけの攻撃なら、強くてもなんとか対応することができたそうだ。
「まあ、死角を突かれる心配はないからな。でもおっかなかった!」
武勇伝としてはやや情けないが、それがモーガンさんのいいところだ。
その正直さに猫龍神様が加護を与え賜うたのか、拾ったうろこは2枚くっついていた。
「よし、これで俺もいっちょ上がりだ!
あとは田舎でかわいい嫁見つけて、のんびり暮らす。
金持ちになるから、嫁候補で行列できるぞ!」
そう言って、冒険者最後の大仕事を終えたモーガンさんは村を後にした。
秋の終わりのできごとだった。
お別れに、私は次のような言葉を贈った。
「お金目当ての女には、ほんとに気を付けてね」




