6.パパと呼ばないで
分体の作成には少し時間がかかるようだ。
私は、変な緊張感の中、揺れるクリスタルの光がコア部屋の壁に反射するのを横目で見ていた。
この感じ、何かに似てるなって考えたら、義妹の出産の時だって思い当たった。
出産に合わせて短い夏休みを取って帰省したんだけど、当日の産院の分娩室前の、あの落ち着かない感じ。
って、え? コアちゃん出産中?
そんでさっき恥ずかしがってたの?
うわあ、なにそれ。こっちまで急激に恥ずくなってきた!
『完了しました』
一人で身もだえていると、意外と冷静なコアちゃんの声がした。
ドキドキしながら振り返る。
「へ?」
幼女がいた。
『……分体です。DPの関係で、この大きさが精一杯でした……』
コアちゃんは、予告通り一回り小さくなっている。
他にそれらしい物はないし、つまり、この幼女が「分体」ということか。
浮遊する小さいクリスタル的なのを想像してたら、まさかの人型だったよ!
ひとまず観察する。
年齢は3歳くらい。
髪は私と同じブルネット。ちょっとタレ目の丸っこい顔が笑っている。
右の頬には小さなえくぼ。
うん、かわいいです。
服が完全に私のコピーじゃなかったらもっとかわいいのに。
わざとなのか、コアちゃんがこの服以外見たことないからなのかわからないけど、親子コーデみたいでちょっと痛い。
ジロジロ見る私の視線にひるみもせず、幼女は私を見上げ、嬉しそうに言った。
「おとーしゃん!」
「違います!」
反射的に叫んでしまったのは失敗だった。
笑顔が見る間に歪み、はしばみ色の瞳に涙が盛り上がる。
私は慌てて駆け寄るが、分体ちゃんは踵を返し、トテトテとコアちゃんの後ろに隠れてしまった。
こういう場合どうしたらいいの?
こちとら前世では成人していたとは言え、アラサーの独身女だったんだよ。
幼女の扱い方なんてわかんないんだよ!
しかも、その子の認識では私は父親だぞ?
「コ」『コアちゃん、ヘルプ!』
救助要請を送る。子供の地雷がどこにあるかわからないと思い、念話に切り替えた。
『……ごめんなさい。わかりません。
分体はダンジョンマスターの種族の成体で誕生させることしか想定されていませんので、幼体への対処法はわたしに与えられた情報の中に見当たりません。
知識面と機能面では問題ないはずなのですが……』
「そうなんだ……」
コアちゃんも戸惑っている。
私がなんとかするしかないのか。
私は、クリスタルの陰からこちらを窺っている幼女にゆっくりと近づき、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「ごめん。びっくりしちゃったね?
怒ったんじゃないからね?」
「……おとーしゃん……」
ここで大声を出してはさっきと同じだ。
私は微笑んで続けた。
「あのね。私はお父さんじゃないのよ?」
「おとーしゃんじゃないの?」
「うん。どうして私がお父さんなの?」
一瞬、「なんでそんな当たり前のことを聞くの?」みたいな感じでポカンとした表情を浮かべた後、分体ちゃんは、たどたどしいながらも一所懸命説明してくれた。
コアちゃんが念話で補足を入れてくれて、理由は判明した。
この幼女にとって、私は親であるという認識らしい。
で、文字通り身を削って分体を誕生させたコアちゃんが「おかあしゃん」で、体の構成情報を提供した私が「おとーしゃん」。
確かにね、そう言われればそれが正しいように聞こえる。
俺の嫁、ダンジョンコアか……。
――よし、腹くくった!
それがダンマスというものなら潔く受け入れようじゃないか!
この子の父親は私だ!
……ただね、呼び方だけはなんとかしてほしいのね?
覚悟は決めたけど、だからと言って日常的に父ちゃんと呼ばれるのはさすがに辛い。
娘に自分の名前をちゃん付けで呼ばせていた高校の同級生。下の名前覚えてないけど、旧姓吉川さん。馬鹿にしてごめんなさい。
私は今、そういう親になろうとしてます。
「あのね、私は女の人でしょ?
だから、お父さんじゃなくてお姉ちゃんって呼んでくれないかな?」
幼女はちょっと考えて、こくんと頷いた。
「うん。おとーしゃん」
「……。えっと、お父さんじゃなくてお姉ちゃんね。
私の名前はミリだから、ミリねえでもいいよ?」
確実に「みしゃと」になるから、「みさと」は最初から除外した。
好感触?
幼女はニコニコしてる。
「うん。
ミリねえ、ミリねえ……。
おと、ミリねえ、おぼえた!」
「うん!よくできました!」
私は頭をわしゃわしゃと撫で、女の子はえへへと嬉しそうに笑った。
ところで、聞くタイミング逃してたけど、この子の名前何ていうんだろう?
「ねえ、あなたのお名前はなあに?
ミリねえに教えてくれる?」
「おなまえ? ないよ?
お、じゃなくてミリねえつけて?」
おぅふ。そっからか。
コアちゃんに確認したら、ダンマスマターだそうだ。
丸投げっすか。
まあ、デビルズアームにデビリンって名付けるヤツに任せるわけにはいかないか。
改めて娘を見る。
うーん。かわいい。かわいい名前。何かヒント。うーん。
うなっていたら、ひとつ思いついた。
前世弟の子供、梨良ちゃん。かわいかった。
義妹小夜ちゃんの札幌のお母さんがつけた名前だ。
姪には2回しか会えなかったけど、生後3カ月にして私の顔をみてにっこり笑ってくれた。
よし、それでいこう。
あ、でもまんまパクリはさすがに気が引けるので、ちょっと変えてと。
キラキラした目で私を見上げる幼女に告げる。
「あなたのお名前は、リリ。
どうかな?」
「わかった! りりー!
ありがとう、ミリねえ!」
一発OKいただきました。
喜んでるみたいなのでホッとした。
リリ。漢字のイメージだと梨里。
うん。半分パクリだけど、梨良ちゃんの妹分みたい感じもある。
父(泣)の名前から1字取っているところも、それっぽい!
ありがとうね。名前、参考にさせていただきました。
私は心の中で弟夫婦にお礼を言った。
無事にコアちゃんの了解も取れ、分体騒動は、超かわいい娘の誕生という予想外の形で決着がついた。
それはいいんだけどさ、私は今、猛烈に怒っているわけだ。
『何言ってんの!?
こんな小さな子を一人で外出させられるわけないでしょうが!』
リリがびっくりするといけないので、念話で叫ぶ。
だって、普通にリリを森に行かせるスケジュールの相談とかしてくるんだよ?
しかも私が行かない前提で。
そんなの許可できるわけないじゃん!
コアちゃんにとっては、リリはあくまで分体。
自我あるのは機能として必要だからで、自分の一部には違いないという認識だ。
だから、私の危険には敏感でも、分体であるリリの危険には意識が向かない。
危なくなったら転移させればいいし、傷ついたら修復すればいいと思っている。
でも、そういうことじゃないよね?
ダンジョンコアだろうと何だろうと、それは許されない。
ダンマスになったけど、私は人間だからね。
この後むちゃくちゃ説教した。
「分体じゃなくて、リリという名前の娘だから!」って。
その後、リリの力の検証も行い、長時間の攻防の末、コアちゃんは、しぶしぶ私とリリが森に行くことを認めた。
コアちゃんを完全に納得させられたわけじゃないけど、今はこれで良しとしよう。
人間とダンジョンコア。考え方が違うのは当然だし、それを埋めていく時間はたっぷりあるんだからね。