11.串焼き食べてる場合じゃない
広場に戻ると、父さんたちはいなかった。
ビレントからの馬車が着いた時間で、人出も増えたから、一旦家に引き上げたんだろう。
ネーさんも到着していて、お貴族様みたいな服を着て、村長夫人のシャポさんと話している。
準備があるから後から行くって、これだったのか。
おめかししちゃって、かわいいとこあるじゃない。
「シャポさんこんにちは」
「あらミリちゃん、おはよう」
「ネーさんも昨日ぶり。衣装かっこいいね」
「おはようさん。
そんちょが絶対着てくれ言うから着たんやけど、なんやきつうてかなんから、今シャポに直し頼んどったとこや」
「え? 似合ってるからそのままでいいじゃん」
「大丈夫、糸ほどくだけだからすぐ終わるわ」
「すまんな。
そう言えば、そんちょどこや?」
「さあ? 実家にいるんじゃないですかね?
昨日の夜、ずっと仕事の愚痴言うのやめてって怒鳴ったら、怒って実家に帰るって出ていったから」
「あ、そうなんですね……」
他所の夫婦げんかに口は挟みません。
あれ?
「シャポさん、ケンカについてはノータッチだけど、カレルさんの実家って今住んでるお家じゃないの?」
「あ、それね。あたしの実家」
「は? シャポさんの実家?」
「そ。慰めてもらいに旦那が嫁の実家に帰ったわけ。
うちの両親、なんか旦那に甘いのよね。
まあ、折り合いが悪いよりはずっといいけど、ちょっと意味わかんないわよね」
シャポさんが呆れ顔で肩をすくめた。
「……はい」
でもまあ、あの苦労人枠のカレルさんに優しくしてくれる人がいてよかったということで。
「ま、もうすぐ出てくるでしょ。大会の実行委員長なんだから」
「大会?」
「腹パン大会や! 審査いいんちょはあたしや!」
「はい?」
「知らんかったか? 今、村の男の最新の挨拶は腹パンなんやで?」
「知りたくもないです!」
挨拶に最新もクソもあるか!
私の態度にカチンときたのか、ネーさんが腹パンについて語りだした。
「ええか、ミリ。腹パンは深いんや。
腹パンは腹やない。いっちゃん大事なんは腰と背中や。入った衝撃を受けるんか逃すんか、逃すんやったらどこに逃すんがええか、その場で考えられる筋肉の脳ミソも鍛えなあかん。筋肉の脳ミソがあればアタマで考えることあらへんから、アタマ行ってこいするんよか早いやろ? あと、構え方にもいろんな流儀っちゅうのがあってな」
「ネーさん!」
ごめん、何言ってるかわかんない! 脳筋じゃなくて筋脳? 筋肉が脳? じゃあ、ほんとの脳の役割とは? いや、脳は既にないの? やばい、混乱してきた。
――とにかく。
「ネーさん。わかんないけど、一個だけ確実にわかった。
大会はもうしょうがないから、それで腹パンは禁止!
ジャンゴさんとも遊んじゃダメ!
言いにくいけど、バカが感染ってきてるから!」
「……ほんまや……。あかんやつやんか……!」
我に返って愕然とするネーさんを尻目に、自宅の隣の嫁の実家から黒ミーシャとともに出てきた実行委員長によって、大会はつつがなく開催され、大盛り上がりのうちに幕を閉じた。
成り行きで見てたけど、意外と面白かった。悔しい。
ちなみに優勝は、数少ない移住組の農家のお兄さん。
当然出場を認められなかったジャンゴさんは、最後の模範演技に登場した。
「これが最後や。腹によう刻んどき」
「はいっ、姐さん! ちゃーす!」
感染症から快復したネーさんの強めの腹パンを受け、何が最後かわからないまま、ジャンゴさんは嬉しそうに秋晴れの空に消えていった。
色々見なかったことにして、私は温泉に帰った。私はここからが本番だ。
まだ衝撃から抜け切らないネーさんも、熱波師のお仕事があるから連れて帰る。
盆地に帰って、龍脈の魔力を食べてから出直して来るというので、一旦リリースした。
女性限定イベントは、穏やかだった。
腹パン大会に比べたら何でも穏やかということになるが、解放した男湯での旦那ディスりはともかく、気合を入れ直したネーさんのブレスを浴びて賢者化したあとは、本当におだやかだった。
最初に薬師のおばあさん特性の状態異常解除のポーションを飲んでもらったため、酔っぱらい強制送還者はゼロで、みんな昼近くまで熟睡して、大喜びで帰っていった。
うっすら賢者モードの残る人々が去って、私たちのお祭りが終わった。
トラブルはなかったが疲れた。
陰キャがイベントなんか主催するもんじゃないね。
今日から3日間、温泉はお休み。
去年はイベントなしの通常営業だったけど、祭りの翌日に騒ぎ疲れたオヤジたちが押し寄せて死ぬかと思ったから、ちゃんと学習した。
この機会に大掃除をするから、完全な休みじゃないんだけどね。
DP節約のためにダンジョンの機能は使わないから、割と大変。
まあ、お客さんがいなくて気が楽だから、まったりやります。
私たちは、だらけた空気の中で遅めの昼食中。
メニューは温め直した魔鹿の串焼き。昨日の貢物の残りだ。
デビリンお魚党だから、もらってもほとんど食べないんだよ。
「あ、そう言えば、昨日アーノルドさんと話してさ、ダンジョンに冒険者の訓練階層を作ることになるかもしれない」
「また作るの?
大丈夫? ディオからの魔石なくなったんでしょ?」
母さんの心配はごもっとも。
「大丈夫。やるとしたら、しっかり計画を立ててからはじめるから」
私の中では、超前向き案件だけど、前のネーさん主導みたいなことはしない。
手持ちのDPもあの時の2割くらいしかないし、アーノルドさんも高魔力持ちではあるけど、コアちゃんが忖度して暴走する相手ではないはず。
最小限のDPで最大限の効果を狙う。
私は、村とギルドが抱える問題と、その解決のためにうちのダンジョンが何をできるか、丁寧に説明した。
温泉に入るためじゃない冒険者が来ることも。
「ミリねえ! 串焼きを食べてる場合じゃないよ!
冒険者さん来るんだよ!?」
リリが勢いよく立ち上がった。
『そうです、マスター! 一大事です!』
コアちゃんもなんか興奮してる。
「いや、落ち着こうよ。
まだ正式に決まったわけじゃないし、アーノルドさんの話を聞いてからじゃないと何もできないでしょ?」
「違うよ、ミリねえ! お母さん、違うよね?」
『はい、リリの言う通りです。
リリ、私は念話なので、あなたから説明しなさい』
「はい、お母さん!
あのね、ミリねえ。
これはミリねえから言い出したことでしょ?」
「う、うん。そうだね」
リリの勢いにたじろぎながら、肯定する。
「じゃあ、アーノルドおじちゃんを待つんじゃなく、ミリねえからこういうのどうですかってしなきゃダメでしょ!」
「あ、はい」
「絶対にお客さんになってもらいたいんだから、おじちゃんが喜ぶような階層を考えなきゃ。
そんなのはダンジョンマスターの常識だよ!?」
「はい、すみません」
まるで、新規プロジェクトに燃える上司。
その勢いと正論に逆らえるはずもなく、私はそのままコアルームに連行された。
「お掃除が……」っていう抵抗は、「こっちでやっとくから、リリちゃんのいうこと聞きなさい!」という母さんの一言でぶった切られた。
知ってた。ばあばは100パー孫に味方する。
いやあ、すごかった……。
特にリリ。
想像上の「冒険者さん」、いったいどんなバケモンだよっていうくらい難易度上げた案を次々出してきて、現実をわからせるの大変だった。
何ですか、体育館くらいのスペースにドラゴンって。
ミッチミチに詰まってて、ドラゴンの方が身動き取れないでしょ?
コアちゃんもコアちゃんで、さすがにリリより現実的ではあるけど、あんたまた予算無視してるでしょ?
これネーさん案件じゃないからね?
「そんだけDP突っ込んで、どうやって回収するつもり?」
『すぐに回収できるはずです!』
地球でもダダリアでも、そのセリフ言った時点で回収できないの確定だから!
消滅したいの?
いつもはあんなに冷静なのに、突然壊れるのやめてください。お願いだから。
諭してなだめてすかして、なんとか原案をまとめたのは3日後だった。
こうして私の休日は、ポンコツ母娘の暴走で露と消えた。




