7.ミリちゃんは泣きたい
納得したにも関わらず、前日に逃亡を図ったディオさんは、見張っていたヴァネに取り押さえられた。
「もう、こうなったらやるしかないです!
ディオはやってやるです‼」
逆ギレ気味に気合いを入れるディオさんを連れ、私たちは講演会の会場に入る。
私の初王都&最長距離移動になるのだか、リムズデイル経由で直接学会の建物に転移してきたため、遠出感は全くない。
今回の発表者は3名。
少々準備に時間がかかるため、ディオさんの順番は最後となる。
会場は学会2階の小ぢんまりしたホールで、並べられている椅子は100にも満たない。
あちらこちらに空席もあって、少し弛緩した空気が流れていた。
大物の発表時には大ホールが満員になるそうだから、ディオさんも含め、今日の発表者はあまり注目されていないことがわかる。
緊張しいのディオさんにとっては、逆にありがたい。
講演が始まった。
最初の登壇者がステージ中央の演台につく。
浅黒い肌の中年男性で、南部に領地を持つ伯爵の縁者と紹介された。
彼が発表したのは、ミスト化させた水を弱い結界魔法で覆い、視認できる任意の場所に短距離転移させるという、なかなか凝った魔法だった。
「対象者は霧に覆われるため、回避することが難しく、毒薬なら攻撃魔法に、回復薬なら支援魔法に、様々な応用が考えられます」
実演では、その場で封を切った回復薬をミスト化させると、司会の学会職員の目の前に転移させ、「お疲れでしたら深呼吸を」と講演を締めた。おしゃれ。
軽い笑い声に続き、大きな拍手が会場を包んだ。
隣でヴァネも手を叩いている。
理論のところは置いといて、話術が巧みで、アホのミリちゃんでも楽しめた。
でも、あの話術をディオさんに要求するのは無理。
うちらは新奇性には自信があるのだから、惑わされることなく淡々と確実にやるのみだ。
南部の男は質疑王都も軽やかにこなし、次に登壇したのは、宮廷魔導院の若手というヒョロい青年だった。
宮廷魔導士ってことはディオさんの後輩だけど、年齢的に顔見知りではなさそう。
ディオさんは、壁に念を送ってるのかってくらい集中してるので、声はかけなかった。
話しかけたら絶対呪われる。
ヒョロ兄ちゃんの発表はつまんなかった。
聴衆もすぐに興味を失い、場の空気がしぼんでいく。
最前列に陣取った上司らしいおじさんも、渋い顔のまま腕を組み、フォローする気配すらない。
司会が魔道具の準備もあるので少し休憩をすると告げ、観客の空気がゆるむ。
いよいよ私たちの番だ。
私は、この日のために開発した試作品の魔道具をセットする。
これは、発表する魔法のひとつ、「記録した画像を任意に取り出して空中に投影する」光魔法の実演でもある。
要するに、前世のプロジェクタのまんまパクリ。
既存の画像記録の魔法に、ネー師匠仕込みの魔法制御技術を組み合わせ、「揺らがない大画面」を実現した。
光魔法の適性のないディオさんだが、魔法式の構築は問題なくできる。
発動させる部分を魔道具化すれば、光魔導士は必要ない。
操作担当はヴァネ。私がやりたかったけど、魔法理論わかんないから辞退。
途中で出す画像間違ったりしたら目も当てらんない。
休憩から観客が戻ってくる。
「コンチェッタ公爵が来てますー。最後列左端ですー」
ヴァネが囁く。
可能性は五分五分くらいかと思っていたけど、来たか。
まあ、来たなら来たでけっこう。
目の前であんたのやってることを暴露してやる! ディオさんが!
司会がディオさんを紹介する。
肩書は元宮廷魔導士で、リムズデイルの魔道具商会長。箔をつけるため、前職も加えた。
演台は端に寄せられ、明りが落とされたステージ中央の中空に、画像が浮かび上がる。
会場にざわめきが広がるが、ホールの拡声装置からディオさんの声が流れると、それもすぐに収まる。
観客の視線が、画像に集まる。
よし! つかみも、ディオさんへの視線外しもOK。
「今日はお集まりいただきありがとうございます。ディオニシア・ステファノプロスです。
この映像を映しているのは新しい光魔道具ですが、まず、栄養学の話から始めさせていただくです。
魔法とは直接関係のない話ですが、次にお話しする魔法の前提となるものなので、お聞きいただきたいと思うです。
では」
その時、大きな咳払いの音が会場に響いた。
ディオさんがその方向に目を向け、……固まった。
咳払いの主は、画像ではなく、ディオさんを見つめている。
あ! さっきの宮廷魔導士の上司! ってことはディオさん知りあい!
やばっ! あの様子から見ると、因縁ありまくりな感じだ。
「ヴァネ、再開する準備しといて!」
そう言って、私は固まったままのディオさんに駆け寄って、その肩をゆする。
「ディオさん、しっかりして!」
「……あ、ミリちゃんです」
「事情は後で聞くけど、今はやることやろう。
原稿そのまま読むだけだったらできるでしょ?」
「……」
「読んで! ついててあげるから!」
「……わかりました……。読むです……。
栄養学というのは、摂取する食物の成分を……」
いきなり喋り出した。
私はヴァネに合図を送る。棒読みの内容に合わせてスライドが替わる。
宮廷魔導士らしきおっさんが「長々と関係のない話をするな!」と声を上げたが、ディオさんは無視して話し続ける。もうただの読み上げアプリだ。
でも、アクシデントにざわついていた会場はいつの間にか静まり、観客は新しい学問と新しい魔法の話しに少しずつ引き付けられてゆく。
原稿棒読みは続く。
データによる栄養学のメリットの説明、誤った解釈によって起こるリスク、その実例としての魔法薬ダイエット。
正しく活用するための測定魔道具とそこに使われる魔法。
このあたりで、コンチェッタ公爵は一言も発することなく席を立った。
時折ヤジを続けていたおっさんも、周りからたしなめられて黙り、そこからは、拡声魔道具から流れる抑揚のないディオさんの声しか聞こえなくなった。
動くものは、それに合わせて切り替わるスライドの光だけ。
半数寝た。
当事者じゃなかったら、私も危なかった。
「――以上、ありがとうございました」
微かに寝息の聞こえる会場に、発表を締めくくるディオさんの棒声が流れる。
「素晴らしい!」
一瞬の間をおいて、一部の観客から大きな拍手とともに賞賛の声が上がり、寝ていた人がビクッとなって目を覚ます。
賞賛派は2割程度。残りの内訳は、理解不十分が2割、反発1割ってところか。
あとは寝起き。おはよー。
何ともいえない反応に困惑しているうちに司会者が登場し、質疑応答の時間となる。
真っ先に挙手したのは、あのヤジのおっさんだった。
「はい。では、アバスト宮廷魔導院副長」
名前を呼ばれる。肩書的に、魔法業界では有名人なんだろう。
「発表者は元私の部下なので、手心なく評価させてもらう。
一言で言えば、期待外れだった。
新魔法とやらも何やらごちゃごちゃした理屈で煙に巻こうとしたようだが、結局は魔道具が売りたいだけではないか。
お前は魔導士ではなく、ただの商人だ。
商人にくせに、元宮廷魔導士を名乗ることは許されると思っているのか? 1年も経たずにクビになったやつが名乗れるほど、宮廷魔導士の名は軽くはない!
――さて、皆さん」
おっさんは言うだけ言うと、声色を変え、観客に話しかけた。
「今私が述べたことが全てです。今日、この商売人が発表したのは、魔法と呼べるものではなく、学会の認定を求める価値などないことを、宮廷魔導院副長の名において断定します!」
「ちょっと待つです!」
ざわつきはじめる会場を、ディオさんの声が再び静まらせた。
読み上げアプリ終了!
「怒りのあまり、頭がスッキリしたです!
確認するですが、副長は私の魔法理論、理解できたですか?」
「もちろんだ。こんなもの、ごちゃごちゃそれっぽい言葉を並べたまやかしに過ぎん」
「……理解できないですね?
ディオがいた頃から今まで、副長は何を勉強してきたですか?
新人の女の子のお尻を触って、抗議すれば怒鳴りつけ、無理難題を押し付けて辞めさせ、自分は何もせずに部下の実績を横取りし、研究費用を懐に入れて娼館に通い、――そんなことをずっと続けてきたですね?
ディオは、そういう人こそ魔導士を名乗ってはいけないと思うです!」
いたいけな少女(62)からのいきなりの暴露に、会場の目が副長のおっさんに刺さる。
「黙れ! 根も葉もない誹謗中傷をするな! 皆さん、この妄言を信じてはなりません。
即刻王宮に告発して、厳重に処罰させます!」
「嘘じゃないです! 全部ディオが見てきたことです!」
「うるさい!」
おっさんはいきなりディオさんに向け、火球をブッパした。
「きゃっ!」
ディオさんがとっさに放った風魔法で逸らされた火球が直撃し、巻き上げられていた緞帳が燃え上がる。
「静かに!」
人々が慌てて立ち上がったその時、大声とともに、緞帳の火は掻き消え、副長とディオさんは、いつの間にか、拘束された格好で並んで床に横たわっていた。
「いい加減にしなさい」
司会の職員さんが、静かな怒りを滲ませてふたりを見下ろした。
……終わった……。
みんな、あんなにがんばったのに。
私は唇を噛んで、泣きだしそうになるのをこらえた。




