2.長命ダンジョンの気の毒
雪が上がった頃にはもう日が陰りはじめていたので、昨日のツアーは雪宿りした小屋で終了。
今日はそこからの続きだ。
帰る前にディオさんが転移陣を設置したので、とっても楽ちん。
幻想階段はきれいだけど、連日あの上りはしんどいもんね。
メンバーは昨日からプラス1マイナス1。
ホーさんがカレルさんにつかまって急遽不参加になり、代わりにデビリンが加わった。
ここのところずっと内勤だったためか、お姉ちゃんの足が悲鳴を上げたのだ。
お姉ちゃんはリタイアを申し出たのだが、リリが「デビリンいるよ?」って助け舟を出し、デビリンもやる気を見せたので、魔物戦の伝説コンビが復活することになった。
空は快晴、気温も上がって昨日の雪も完全に消えた。ホーさんもいない。
整地担当不在で足元は少しぬかるむけど、あのうざい解説がないのなら、おつりは十分くる。
開き直ったお姉ちゃんは、デビリンの背中で笑顔を見せている。
何ごとかデビリンに話しかけ、ぐおぐおした返事を聞いて、たまに爆笑する。
なんで普通に会話してんの?
私だって、まだリリの通訳挟まないと、細かいとこ理解できないのに。
それを横目で見つつ、しばらく歩いて、湖の反対側に来る。
「お疲れさん、ここが終点や。
飛べばすぐやのに、歩くと時間かかるもんやな」
そっか。ここでは古龍形態がデフォだもんね。
「ほんで、弟子一号は、このあたり掘るんやて。
平らやし、小川もあるし、土の質もええとか言うてたな」
「そうなんですね」
それしか感想はない。
あの開墾マニアにとっては大興奮な場所なんだろうな、とは思うけど、私には土を見てハアハアする属性はないので、特に嬉しくもない。
むしろ、この手つかずの風景が汚される気がしてちょっとやだ。
まあ、ネーさんがいいって言ってるんだからいいんだけど。
「空気おいしーい! おなかいっぱいになる!」
大きく伸びをして、リリが声を上げる。
高原の空気は美味しいよね。……ん?
「りり、お腹いっぱいなの?」
「うん。空気じゃなくて、魔石食べてるみたい」
「ここは龍脈が露出しとるからな。あたしのねぐらのすぐ脇んとこがいっちゃん濃い。
腹がよう膨れる。あたしが毎日帰るのも、それがあるからや」
「え? そういう理由だったの?」
「そらそやろ。古龍いうたかて、おまんま食わな死んでまうわ」
知らなかった。
てっきり私と同じで、自分のベッドじゃないとよく眠れないタイプかと思ってた。
ごはん全然食べないのも、私みたいなファンタジー生物だから、って解釈だったけど、ここでちゃんと食べてたのか。
「なるほどねえ。じゃあ、リリだったらすぐお腹いっぱいになるね」
納得した。
「リリは魔石とここの魔力どっちが好き?」
「こっち! 甘い!」
「甘いのか。じゃあ時々来ようね」
「やったー!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる。尊い。
「そんなに魔力が濃いなら、どこかにダンジョンとかありそうな気がするです」
ディオさんがぼそっと言った。
でもね、レベルⅡダンマスの私は知っている。
「それはないと思うよ。ダンジョンは魔力の淀みから発生するからね、こんなきれいな場所には、そんな淀みなんか生まれないんだよ」
「あるで」
「あるの⁉」
恥っず!
「あっこに土のダンゴあるやろ? あの裏っ側や。
行ってみるか?」
「はい!」
ディオさんがチラっとこっちを見て、勝利のニヤニヤをする。
ひどいです!
土のダンゴこと小高い丘を回り込んだ先に、白い塊が見える。
雪かと思ったけど、ちょっとテクスチャが違う。
「塩やな。あたしもたまに舐めに来る」
「古龍にも塩が必要なんだね」
「いや、要らん」
「じゃあ何で?」
「さっき、チビが言うとったやろ?
ほら、ここの魔力て甘いんや。
そらもう、ごっつ美味いんやけど、たまにはしょっぱいもん食いとうなるやん?」
「ポテチかよ!」
言ったら食べたくなったのか、ネーさんは塩の山に近づいてひとかけらを口に放り込んだ。
「しょっぱ!」
塩だからね。
「ほんで、裏が入口や」
ネーさんについて裏に回ると、塩の山に小さな洞窟が口を開けていた。
いや、洞窟というより穴だね。
私がかがんでやっと入れるくらいの高さで、奥行きもない。
歪んだ小さなクリスタルがある。
これを見ると、正20面体のコアちゃんの美人度がわかる。
「不細工なコアだなあ……」
『今、不細工って言ったやつ誰じゃ!』
「あ!」
やばっ! 私の言葉通じるやつだった!
私は即座に深々と頭を下げる。
「申し訳ありません! 失言でした、取り消します!」
こういう時、下手な言い訳をすると炎上する。
必要なのは、誠実な謝罪だ。
「ミリねえ、失礼なこと言っちゃダメ!
リリも謝ります。ごめんなさい!」
リリも隣で頭を下げてくれる。
『……ふん。子供に免じて、ルッキズム女の暴言は聞かなかったことにしてやる。
で、コア分体と腐れダンマスが何しにきた』
「え?わかるの?」
『わかるに決まってるじゃろうが! ワシは千年以上を生きるレベルⅣコアじゃぞ?
お前らのような低レベルのことなぞ、すぐ見抜けるわ!』
「……おじいちゃんも、そういうこと言っちゃだめだよ? さべつって言うんだよ?」
『……』
小さな子に正論で諭され、ジジイコアは言葉に詰まった。なんか、そっぽ向いた感じ。
「せっかくあたしが客を連れてきてやったのに、ジジイはほんと偏屈であかんな。
実際歪んどるんやから、小娘の感想くらいでヘソ曲げるんやないわい」
『……ババアは黙っておれ』
はぁ、とため息を漏らし、ネーさんは私たちを見る。
「このジジイはな、昔はレベルⅣとかいうのやったかもしれんが、今はただの初級や。
でけたばっかのダンジョンと変わらん。
あたしがここに来たのは800年くらい前やけど、そん時はもうここに居って、そっから今まで全然成長もしてへん」
『余計なことを言うな』
「ま、この通りの性格やけど、たまにはあたし以外の誰かとゆっくり話してみんものええやろ。
塩のお返しや」
『それが余計だというんじゃ』
「弟子2号たちには、何喋っとるかわからんから、あたしといっしょに洞窟に戻っとるわ。
しばらくしたら迎えに来る。ほなな」
ネーさんはそう言うと、後ろで見ていたディオさんたちを連れて、この場を立ち去った。
古龍の背中にみんなを乗せて。
ずっるーい! 私もそっちがいい!
みんながいなくなっても、爺さんコアは何も言わなかったが、「おじいちゃん、お話しよ?」というリリの爺殺しにあっけなく屈し、ぽつぽつその来歴を話し始めた。
話し出したらもう止まらない。
私が口を挟むと途端に不機嫌になって、ネチネチと絡んでくるので、すぐにリリに丸投げした。
なんで初対面のジイイに、『いいかレベルⅣの先達として教えてやるがな、労働には責任が伴うんじゃ。お前にはダンマスとして責任感が全くない』とか言われなきゃなんないのよ?
千年間、何もせずに土地の魔力に依存して引き籠ってた奴が、労働を語るな!
でもね、長い話を聞いたら、なんか怒る気もなくなった。
ちょっとぐらい労働を語っても許せる気持ちになったよ。
爺さんコアは、千年以上前、この山脈の向こう側で繁栄した国にあった、多分ほんとのレベルⅣダンジョンコアの成れの果てだった。
爺さんの得意分野は鉱物生成で、ミスリルとかアダマンタイトとか、貴重な素材を産出するダンジョンとして、多くの人を集めていた。
ダンマスはその国の元第2王子で、レベルⅢになった頃に、ダンジョン分割を活用した振興策を思いついた。
分割したコアを地方に分配し、そこで資源生産を行うという方法だ。
南北に長い国土を持つその国にとって、国中央の王都に近いダンジョンの恩恵を南北に行きわたらせるその政策は、画期的だった。
『だがの。コアの分割はオリジナルにしかできんから、気が付いたらワシはすっかりスカスカで、脆くなっていたんじゃ。
分割したコアに、さらに分割する機能があれば良かったんじゃが、本来、ダンジョン防衛のための機能じゃからの。オリジナルを脅かすような機能を、分割先に持たせるわけはないし、数年に一度使うようなことを想定したもんでもない』
スカスカなクリスタルってイメージわかないけど、骨粗鬆症的な感じ?
『そんな時に騎竜部隊がこの場所を発見してな、濃い魔力に浸して復活させるため、ワシをここに運んだんじゃ。国一番の学者が考えたことじゃ』
「元のダンジョンはどうなったの?」
『最後のダンジョン分割をして、オリジナルのワシの方を移動させたんじゃ。
だが、一気に流れ込んだ魔力に耐えられず、ワシは崩壊した』
ここに爺さんを運びこんだ部隊は、結果に落胆し、後始末もせずにこの地を去った。
それが約1200年前の話。
それから爺さんは、ずっとここにいる。
豊かな土地の魔力のおかげで消滅することもないが、能力もほとんど失われ、ダンマス候補の影も見当たらず、わずかに残った塩生成能力で余剰魔力を吐き出しながら。
「おじいちゃん、かわいそう……」
『ありがとな、リリは優しいのう。どうじゃ、ワシのダンマスになってくれんか?』
「叩き割っていい?」
『じょ、冗談じゃろが』
「こっちも冗談じゃろが」
私は笑って振り上げた腕を静かに下ろす。
あの話を聞いてそうするほど、私は薄情ではない。




