14.決別の儀式
「ミリ、話がある」
帰ろうとする私を呼び止めて、ビレン男爵はユードラ子爵と似たようなことを言った。
「何ですか?
さっきユードラさんに直詰めされるの確定したんですから、これ以上勘弁してくださいよ」
「いや、その攻撃をおいらが半分、いや半分以上引き受けようかって話」
「ほんとかなぁ? そんなこと言って、また厄介ごと追加しようとしてない?」
「それは聞いて判断して?
まあ、どっちみちおいらはやるけど。あははは!」
「よし! ネーさんに言いつける!」
「いいよ。そしたらお説教してもらえる」
おい。なんか違う属性入ってきてないか?
「言いつけんのやーめた。
そんで、聞いても聞かなくてもやるとかいうその話、何なんですか?」
「あれ? 聞くのか?」
「聞くでしょ。じゃなきゃ、とばっちり対策できない」
「その方がいいな。確実にとばっちりはいくから」
「あー、聞きたくない。
……どうぞ」
「ほい。
じゃあ、一言で。
ビレン領にダンジョンがあることを公表して、国に報告する」
「……」
ちょっと意味わかんないんですけど。
「いや、待って!
近々領の人にはバラすってホーさんには言ったけどさ、そんでいいタイミング来たら教えてとも言ったけどさ、なんでそんなに話がおっきくなんの?」
「え? だって領民にばらしたらどっちみちバレるだろ?
昔ならともかく、今は外から色んなやつが来てるんだし、冒険者は口止めなんか無視するし。なら先に言っちゃうしかないじゃんか」
「あー……」
そっか。もう内輪限定が通用する場所じゃないのか。
「でも、そしたら国が出てくるんじゃない?」
「それはないかな。
あのあと調べたんだけどさ、ダンジョンの所属決定権は国にあるのは確かだけど、それは国に全部のダンジョンを持つ義務があるってことじゃない。
国は持ちたいものを持つってこと。
ミスリルが出るとか、王都近くで軍の訓練に使えるとか。
ミリんとこのダンジョンは、温泉が出るだけ。人は集まるけど、平民のおっさんおばちゃんが中心。
ごめんだけど、ド田舎に出張ってきて奪う価値なんか全くないわけ」
「なるほど」
でも、地味に傷ついた。
「そっちはわかった。
でも、ユードラさん激怒するよ?」
「だろうな。
でも、さっき『考えておく』って言って、その考えた結果だから、怒ろうが泣こうが、受け止めるしかないよな。
西部貴族の話も、存在さえ知られてないどん詰まりの男爵領に、西部も東部もないだろ?」
正論。
「じゃあ最後の確認。ファーレンが攻めてきたら?」
「ビレン領からファーレン農民を退去させる。
うちの領で作っている小麦がなくなれば、ファーレンはすごく困るだろうな。
国がうちの存在を思い出せば、収穫データを要求するだろうけど、次の代まで無税なのは変わらないんだから、ちゃんと報告するだけ。ファーレンは異議を唱えようがない」
「あ、そっか」
「うん。だからファーレンは戦争を仕掛けられない。
ユードラは俺を殴るかもだけど、殺せはしないって感じ。
ああ、でもそれはそれで嫌だな。あいつ手加減できないから」
……いつの間にか立場逆転してるよ。
属領だと思ってヤツに、逆に首根っこつかまれてる。
「わかった。質問終わり」
決裂決定だな。
公表するってことは、うちのダンジョンは正式にビレン領の保護下に入るっていうことだから、物理的にユードラさんサイドには立てないし、心情的にもそれは絶対ない。
ダンジョンに戻ると、私は覚悟を決めて、ファーレン子爵に告げる内容を考えはじめた。
こうなると仕事が早いホーさんは、翌日にリムズデイルまで跳んで、ギルドに王都充ての手紙を託したそうだ。
修行に来た途端に転移陣担当をさせられたディオさんは、かなりおかんむりだった。
領主から王宮への手紙。
その上、ファーレンギルドの支部長は、ネーさんのうろこの件で、金に目がくらんで「喋ったら死ぬ」っていう魔法契約を交わしちゃったらしいし、冒険者派遣の交通費ケチりもバレたから、超速達指定で送るだろう。
さらに手紙がファーレンを離れたその翌日、ホーさんは子爵邸を訪ね、そのことをユードラさんに告げた。
「マジで殺されるかと思った」
ボコボコの顔で、ホーさんは笑った。
そんで、いよいよ私の番。
私は指定された時間に、恐らく最後になる子爵邸の門をくぐった。
「ダンジョンマスターをわざわざ呼び出してすまんな。
今回のドタバタでここを空けるわけにもいかなくてな」
ユードラさんは、そう言って頭を下げた。
私に怒りを向ける様子はない。
「あれから、ヴァネッサに言われて、改めて考えてみたんだが、あれは私も大人げなかった。
ホーカスにそう伝えてくれ」
もうボコった後だけど。
「自分で言えばいいじゃないですか、幼馴染なんだから」
「あんな腹黒に頭を下げたくない」
「……そうですか」
「言い負かされたのが、よっぽど悔しかったみたいですー」
隣のヴァネッサさんは、相変わらずのマイペース。
「で、来てもらったのは、もちろんダンジョンの件だ。
サロンは閉鎖で構わない。
まあ、君もそのつもりだろうが、私から言い出したのは、貴族の見栄だとでも思ってくれ」
「いえ、言ってくださってありがとうございます」
「とは言え、こちらもそんなに損害があるわけもない」
ユードラさんは沈みかかる雰囲気を壊すように、明るい声で続けた。
「サロンは魔道具の広告塔という部分では十分役割を果たしたし、おかげで王都に人脈も広がった。
常連の貴族や侯爵様からは何か言われるだろうが、君に迷惑がかかることはない」
ありがたい。
でもユードラさん、拙速って言葉知ってる?
「ありがとうございます。
でも、閉鎖を決める前に、ひとつお話があります」
「聞こう」
「サロン階層、買い取りません?」
私は、コアちゃんにも相談して決めた、ダンジョンからの提案を伝えた。
それは、ダンジョン分割によるサロン部分の分離と、その売却。
レベルⅡの新機能を、早速提案することになるとは思わなかったよ。
「……いいのか?」
しばらく考えてユードラさんは言った。
「はい。
私としても、せっかく作った階層を潰すのはいやですし、引き取っていただければ嬉しいです」
「わかった。感謝する。
サロンが続けば、顧客たちも喜ぶ」
「あ、そうだ。ダンマスの分割はできないから、誰かダンマス役を決めてください。
サロンのスタッフさんでもいいし――まあ、誰でもいいです。もう私は関係ないですから」
その後の話で、売却額の交渉、ダンマスの人選などの具体的な事柄はこのあと決めることになり、ダンジョン分割の大方針は固まった。
私がんばった!
なんか言葉のイメージ良くないけど、こういう玉虫色の解決って、悪くないと思うんだ。
なんだっけ? なんとか裁きの「三方一両得」? みたいな。
「では、最後にけじめとしてひとつ儀式をやらせてくれ」
場の雰囲気も穏やかになり、果実水で乾杯した後、ユードラさんがそんなことを言い出した。
貴族、そういうの好きだよねー。知らないけど。
「まあ、それで気が済むなら」
「感謝する。
その儀式は、剣で互いに一太刀ずつ相手を切るというものだ」
何その危険な儀式。
「死んじゃうじゃないですか⁉」
「もちろん治癒師は控えている。昔は真剣だったからな。
今は木剣を使うから治癒師も必要ない」
「……意味、あるんですか?」
「『相手を一度殺し、恨みを忘れ、関係をゼロに戻す』という意味だ。
あとは、また関係を作り直すもよし、そのまま一生会わぬもよし、ということになる」
「はあ。貴族っぽい……んでしょうね」
「ではやるか」
ユードラさんは用意していたらしい木剣を取り出した。
木剣。つまり木刀。普通に死ぬ。治癒師必要なくないじゃん!
「いや、ちょっと待って!」
私は必死に抵抗した。そして、気が付けばただの木の棒でお互いの尻を叩くという形で決まっていた。
どうしてこうなったかと言うと、途中から面白くなってきたらしいヴァネッサさんが口を出してきて、その誘導にまんまと乗せられてしまったのだ。
てか、何この間抜けな絵面?
儀式のなんかかっこいい感じ何もなくなってるじゃん!
ユードラさんもこれでいいの?
そして、私たちは「相互ケツバット」という哀しい決別の儀式を行い、これまでの関係を清算した。
「……けつべっつのケツバット……」
……何か別のことを考えて気を紛らそうとしたけど、臀部の痛みせいでロクなこと思いつかない。
てか、あんなに思いっきり叩くことないじゃん!
「お疲れ様でしたー。プッ」
ヴァネッサ許すまじ!
あのケツバットこだわり、転生者疑惑すらある。
――でも、まあいっか。
ある意味親子ダンジョンになるけど、貴族と平民。めったに会うこともないだろうから、この痛み(物理)は、餞別として、突き返すことなく受け取っておこう。




