13.貴族の話は貴族でどうぞ
「おはようミーシャ。
カレルさんもおはようございます。このごろよく来るね?」
「おう。ホーカスがやっとビレントに帰って、仕事落ち着いたからからな。
温泉のおかげでだいぶ疲れも抜けてきし、嫁とガキどもも帰ってきたし、あいつがいねえだけで全然違え」
「シャポさんどっか行ってたの?」
「ガキ連れて実家帰ってた」
シャポさんは村長夫人。幼馴染婚らしい。
ちなみに実家は村長宅のお隣。
「聞いてくれよミリ。
俺が必死に仕事してんのに、あなたドブの臭いがするとか言いやがんだぜ? ひでえと思わねえか?」
「ほんとにドブの臭いしたんじゃない?」
「おめえも大概ひでえな!」
「冗談! てか、無事戻ってきてよかったね。
シャポさんにたまには遊びに来てって言っといて?」
怒ったので、慌ててごまかす。
「おう!
あ、それと、この頃俺の顔見るたび言ってっけど、ミーシャって何だ?」
「クマ」
「クマはデビリンだろ?」
「そうだね。まあ、細かいこと気にしてないで、お風呂行ってくれば?」
「だな。んじゃな!」
カレルさんはもうほとんど元通りだ。
温泉にちょくちょく来ているのに、クマが消えないところを見ると、まだ疲れが抜けきっていないみたいだけど、ふざけて名前を呼んでいるうちに愛着が出てきたので、ミーシャが消滅しない程度にハードワークを続けてほしい。
私とディオさんで段取った警備の冒険者の受け入れも無事済んで、村も温泉もやっと日常モードだ。
トラブルもほぼなくなって、ほんとに助かっている。
猟師宿は廃業して、警備員宿舎になった。管理は村。
失業した母さんとリリが温泉スタッフになったのも大助かりだ。
そうそう。警備に来てくれた冒険者の中には、ダイエットモニタに参加してくれたラーラさんのパーティーがいたの。
体型はモニターの頃よりさらにシュッとして、冒険者ランクも上がっていた。
しばらく領の外で活動してたって言ってたから、いい経験を積んできたんだろうな。
穏やかな日常。
カレルさんじゃないけど、領主がいないだけで、ほんと平和。
冬に入って、盆地はもう雪に埋もれたそうで、ギリギリ予定の調査を終えたホーさんは、ビレント村の自宅に帰ったのだ。
ビレントの仕事を任されていた奥さんがキレたらしい。
そりゃそうだ。
当分戻って来んな。
とか思ったのがいけなかったのかもしれない。
そのホーさんから呼び出しを受けた。
明後日の午後、ビレントの領主館に来いって。
はあ? ニーニャ村からビレント村まで馬車で1日かかるんだよ?
ギリギリでスケジュール入れんのほんとやめて!
翌朝、私は一番馬車で渋々ビレントに向かった。
無意味に呼び出すような人ではないから、無視するわけにもいかないんだよ。
「ホーさん、ほんとこういうのやめてね?
どうしても呼ばなきゃなら、せめてもっと前に言って?」
初対面の領主夫人の手前、一応丁寧に挨拶したら、逆に笑われたので、いつもの喋り方でとりあえず抗議する。
「ごめん。呼ぶつもりなかったんだけど、まあ、ミリの関係者でもあるから、念のために呼んでおこうかなと」
「え? 誰か来るの?」
「ユードラ」
「げ」
うっわー。会いたくない。ひじょーに気まずい。
「でも、何の用なの?」
「それが、手紙に書いてないんだよな。
秋の収穫の脱、……節税書類も問題なく送ったし。
タイミングから見て、冒険者の話かなとは思うんだけど」
今、脱税って言いかけたよね?
やっぱ、そういう認識なんだ。
「まあ、来たらわかる。もう指定の時間だし。
ほら来た」
ノックの音がして、執事のおじいさんが、ユードラさんを連れてくる。
男爵夫人が丁寧に頭を下げて退室する。
「ミリ……! 久しぶりだな!
サロンは順調だぞ? もう手間をかけることはないから、たまにはデビリンちゃんと遊びに来い!」
「あ、はい。そのうち」
「うむ。まさかお前がいるとは思わなかった。ダン、ぐっ……、いや顔を見られて良かった。
だが、なぜここにいる?」
「さあ、領主様に呼ばれたもので」
こっちは気にしてたけど、ユードラさんは相変わらずフレンドリーだった。
ダンジョンのことを言いかけたけど、契約に止められたみたい。
ホーさん、サロンがダンジョンってことはまだ知らないからな。
ちなみに罰則はシンプルに「舌を噛む」だ。
「ホーカス、貴族間の話に平民を巻き込むな」
ユードラさんがホーさんに厳しい視線を向ける。
「いや、平民とかどうでもいいけど、ミリは今ビレン領のキーパーソンだからさ、関係ある話もしれないだろ? 関係なかったら帰すよ。
で、何の話?」
「ちっ! お前は昔からなんでそうヘラヘラしてるんだ?
もうちょっと貴族らしくしろ!
今日の話もそのことだ。
お前、温泉の話を、外に広めているそうじゃないか」
あ、うちの話だ。
こっそり出ていこうと思ったけど、これじゃ帰れないんじゃん。
「だって、いい温泉だろ?」
「あの温泉は確かにいい温泉だ。だが、領内で楽しめば十分だろう?
客が増えたせいで、警備の冒険者まで雇って、そのしわ寄せがファーレンに来ている」
「いや、それはおかしいでしょ。
おいら、そっちギルドの支部長に、その分を他から連れてくる費用払ったよ?」
「確かにそうらしいな。だが、その穴埋めの冒険者を出した領で依頼が滞って、領主から私に抗議が来た」
「その領ってどこ?」
「モージョーだ」
どこそれ? って聞きたくなるのをぐっとこらえたら、ホーさんが察して、話を中断して教えてくれた。
ファーレンの南隣の子爵領だって。
支部長、移動費ケチったな。
「そりゃ、1ヵ所から引っ張ればそうなるよな? でも、それおいら関係ないよね?」
「関係あるさ!
なぜわからん? ビレンの名前が出たんだぞ?
ファーレンの隣でさえ、とっくに存在を忘れられていたビレンの名が!
これまで私がどれだけ気を遣ってきたかわかっているのか⁉」
「あのさ、ユードラ」
ホーさんが冷たい声で言った。
「それ、おいら別に頼んでないだけど」
「何だと?」
「親父の代に支援してくれた先代には、俺もものすごく感謝してる。
でも、ユードラがやったのは、それを使って自領を発展させただけだ。
ビレンには関係ない」
「それでどうやって食っていける!」
「食っていけるさ。
おいらがどれだけ農地拡げたかわかってるか?
ユードラが領主を継ぐ前に、ビレンはとっくに自力で食えるようになっていたんだ」
ホーさんは淡々と事実を積み上げる。
「――それは、わかった。
知らなかった私の非は素直に認める。
だが、これはそういう辺境の話じゃない。
今、私は戦っているのは、この国をしばりつけている古い価値観だ。
西部貴族の地位向上の大事な時期に、それに水を差すようなことはするなと言ってるんだ!
このままの状況が続けば、いずれ国は破綻する。これは我々西部のためじゃなく、国にとっても正義の戦いだ。貴族ならよく考えろ!」
あ。思い出した。前世のじいちゃんが言ってた「くわせ者の法則」。
じいちゃん、異世界でもたまに出てくるんだよなあ。
その法則は、「"く”! 国のため、"わ”! 我々は、"せ”! 正義のため、って言うやつはくわせ者だから信用するな!」ってやつだ。
ユードラさん、今その3要素コンプリートした。
じいちゃんが「正義」を疑う根拠は、酔っぱらいのケンカが傷害事件化されて、目撃者として名乗り出たら「正義のためにご協力を」とか言われて長時間拘束され、当たっていた馬券が買えなかったため。
「国」は、「国のために絶対必要な技術」の開発に寄付したら、寄付金詐欺だったため。
「我々」に至っては「わ、我々って言うのは宇宙人だ」だ。
じいちゃん、法則語りたくて考えたけど、最後思いつかなかったんだな。
ユードラさんはもちろん詐欺師じゃない。彼女の正義に従っているんだろうし、国のためっていう気持ちも本当だろう。
前に見せた名探偵ぶりからして、宇宙人の可能性はちょっとあるけど。
でもなあ。黙って話を聞いてて思ったんだけど、それってやっぱお貴族様の考え方なんだよ。平民ミリちゃんは、無意識にディスられてちょっと悲しかったよ。
「国がつぶれる」っていうもの、辺境の小村民ダンマス的には「それが?」って思っちゃう。
元々国の厄介払いで作られた領だし、食べられるようになったのも自力で開拓したからだし、それで困ることなんかないもん。
ましてや、私はダンマスという不思議生物だ。
……生物だよね?
「わかった。考えておくよ。
今日はとりあえず帰ってくれないか?」
激高するユードラさんに、ホーさんが引き下がった。
それをにらみつけて、ユードラさんは出ていった。
「ミリ、後で話がある」
ああもう!
こんだけ決裂したら、私にもとばっちり来ちゃうよな。
子爵様に詰められる!私は現状維持で全然OKなのに。
確かに無関係じゃなかったけど、この場に私を呼んだホーさんに、恨みごとのひとつも言いたくなる。
そのホーさんは、椅子に背を預け、妙にリラックスした顔で中空を見つめていた。




