11.幻の美女と夜の現実
ネーさんの熱波師デビューイベントの余波は続いている。
大きく分けると、第一にお客さんの激増。
今回の改装で規模は前の倍以上になったから、うちの温泉にはかなり余裕ができたと思っていた。
そのはずだったんだけど、まずその改装の評判を聞いたリムズデイルの人たちが増え、そこに熱波師イベントの噂が燃料をドバドバ注いだため、あっという間にその余裕は消え失せてしまったのだ。
特に最後の美女化がまずかった。あれがなければ、増えるにしてももうちょっとゆっくりだった思う。
今も、時々来るおっさんふたりが、私の隣に座るネーさんをチラチラ見ながら、壁際で何ごとかを真剣に話している。
いや、何ごとか、じゃなく、内容はわかっている。
「ネーさんの真の姿は美女かおばさんか」を論争しているのだ。
正体を知っているはずの村人まで加わっている。
現場を見た人ならいざ知らず、話を聞いただけの人まで加わって、「姐さん学」はそのすそ野を拡げている。
「美女説」「おばさん説」の2大勢力は、願望も加わって前者がやや優勢。そこに新しく「神説」「精霊説」が登場し、じわじわ支持者を増やしている。
もちろん全員ハズレ。神説から派生した「神竜説」は惜しいところを突いていたが、「少なくとも人の形であることは間違いない」と異端扱いを受けて消えた。
人は信じたいものしか信じない。
まあ私もちょっとは気になったから、ネーさんに確認したら、はるか昔の初回人化は、当時の王女の姿をモデルにしたため、若い女性だったらしい。
でもある日、「別にこれでなくてもいいんじゃね?」って気づいて、色々試してみた結果、今の姿に落ち着いたのだそうだ。
要するに、元々「真の姿」ではない上に、「真の人化姿」とかもないってのが正解。
「でも、美女化してたらものすごくモテるんじゃない?」って聞いたら、「アホか。なんであたしが人間のオスに媚び売らなあかんねん」ってすっごい嫌な顔をした。
確かに。
「それにな、あんときはなんや調子こいて何百年かぶりにやってまったけど、アレ、腹んとこキュッと絞るやろ? 意外と苦しいねんぞ?
もうやらん。思い出すだけでゲボ出るわ」
「やめなはれ」
うん。要約すると、「ゴムパンツが一番楽」ってことだね?
やっぱ、おばちゃんじゃん。
どっちみち「もうやらん」のだから、あの美女の姿は完全な幻となる。
残念だったな!
そんなことを知らないおっさんズの声とアクションが徐々に大きくなる。
いいから、風呂入れよ……。
でも、こいつらはまだいい。
最終的には、「姐さんすげえよな!」って肩組んでお風呂に行くのわかってるから。
問題はそうじゃない奴らだ。
イベント余波その2。
嫌な感じのトラブルがたまに起こるようなってきたのだ。
前にも似たようなことがあったけど、あの時は村の個性的な面子が個性的なふるまいをしただけだったし、その後現れた最高に変な客である古龍が全部持っていったから、トラブルと呼ぶほどのものじゃなかった。
でも、今回は起こっているのは間違いなくトラブルだ。
原因はリムズデイルから流れてきた下級冒険者たち。
前世のアニメでおなじみのモブだね。
転生者としては「はいはい、それもうお腹いっぱいだから」って気持ちだけど、当人たちには当然モブキャラの自覚はないから、もう一所懸命モブモブするわけ。
よっぽどモテないのか、女だとみるとちゃっちい憎悪を向けてくるし、止めてくれた常連さんにまで突っかかる。
村の料理上手のおばちゃんに頼んで始めた軽食堂も、美女待ち組が居座るせいで雰囲気が悪くなってる。
待っても来ないってい言っても聞かない。
あまりにもひどい時は、最終兵器のネーさんに出動してもらうんだけど、そいつらがいなくなっても、また似たようなのが湧いてくるんだよ。
しかも、これはうちだけの話じゃなくて、村にできた宿屋と居酒屋でも問題になっているらしく、カレル村長はまともな中級冒険者に警備を頼んだそうだ。
でも、C級以下の直受注はギルド規約に触れるからって断られた。
「ケット・シーは神」がいないのが悔やまれる。
彼らはお宝問題の偽報告書を持って、チェルさんと王都に戻ってしまった。
事が大きいので、ギルド本部に報告するしかないんだって。
それならばとディオさんの転移陣を借りて、カレルさんはリムズデイルのギルドに出向いた。
そしたら今度は、職員に「お宅の温泉が冒険者を集めるせいで受注できる冒険者がいない」って嫌味を言われ、依頼内容すら聞いてもらえず追い出された。
お手上げ状態。
これはもう、領主マターだということで、村長は盆地から何日かぶりに帰ってきたホーさんを捕まえて、「何とかしなければ、手伝っている仕事を全部放棄する」って脅したそうだ。
そんなことになったらたまらないホーさんは、動いた。
といっても、なぜか私の所に相談に来ただけなんだけど。
っていうか、今来てる。ノーアポで。
「ミリ、ダンジョンの力でなんとかなんない?」
それか!
「……何で知ってんですか?」
「え? 師匠が言ってた」
「ああもう!」
契約してなかった。てかドラゴンだから、契約自体可能なのかどうか不明。
「大丈夫。誰にも言ってないから。おいらが知ってるって言ったら国に報告しなきゃならなくなる。そんなことしてる時間ない」
「盆地で忙しいですもんね」
「そうそう。で、できる?」
「無理。できてもダンジョンの中だけ。
村はどんなに頑張っても無理です」
「そっかあ、じゃあおいらがやるしかないかあ」
領主様はあからさまにがっかりした。
「もうちょっとしたら雪が降りそうだから、早く戻りたいんだよな。
あと10日くらい籠れば、調査終わりそうなんだけど」
「だったら、ちゃっちゃと問題解決してください」
「だよなあ……。
えっと、つまり、まともな冒険者が、村とここの警備依頼を受けたらいいんだよな?」
「ですね。
でも、村の名前出したら門前払いだよ?」
「そこはおいら男爵様だから。
隣の領でも、支部長が出てきて話聞くよ」
下っ端お貴族様でもそうなるのか。
「あとはお金積めば大丈夫。
依頼料相場の3倍くらいにして、ちょっと賄賂でも渡せば、絶対に断らない。
ギルドは結局お金だから」
「なるほど。
でも、村にガンガン建物建ててるのに、そんなお金あるの?
うちも出すけど、入浴料安いからそんなに出せないよ?」
魔石払い可ならけっこう出せるけど。
「大丈夫。
師匠のうろこいっぱいあるから。1枚あれば好きなだけ雇える」
「あ! それがあった!」
余裕で雇えそうじゃん!
「な?問題ないだろ?
村はそれでいいとして、あとはこっちどうするかなんだけど、ここ、周りに何もないだろ?宿も満員みたいだから、警備の冒険者を雇っても、村から通いになる。
夜の警備どうする?
村の警備をちゃんとしても、こっちには夜の警備がないことがわかれば、必ず狙うヤツ出てくるぞ?」
「ああ……」
十分ありうる。むしろ、今まで狙われなかったのがラッキーなくらいだ。
ネーさんも夜はきっちり帰るから、確かに警備なしだとマズい。
困ったな……。
「……なあ、思うんやけど、宿やめてもたらどや?」
「え?」
黙って聞いていたネーさんが、すごいこと言い出した。
「せやかて、ミリこの前、宿に猟師来んようになったて言うとったやんか」
「うん。父さんたち、今、西の森が中心だから」
「猟師宿やろ? 猟師が使わへんなら、のうなっても文句出えへんとちゃうか?」
それはそうかも。
宿泊客は、リリもいるから顔見知り限定にしてるし、そんな村の人なら朝イチの馬車に乗ればいいだけだもんな。事情も話しやすい。
「あ! そうすれば、宿を警備の人の宿舎にできる!」
「せやな」
「さすが師匠です!
よし、じゃあその線でいこう!
猟師たちにはカレルから話してもらうとして、おいらは明日ギルドに行ってくる!
じゃ、そういうことで!」
ホーさんは温泉の事務室から飛び出していった。
盆地行ったな、ありゃ。
改めて考える。
父さんたちは寂しがるだろうけど、実際そんなに使っていないんだから、反対はしないはずだ。
こっちの森で狩りをする時も、道ができたから前泊する必要もない。
「――うん。
ネーさん、ありがとね。
おかげでなんとかなりそうだよ」
「かめへん。思いついたん喋っただけや。
しかし、弟子一号、あんなゴミ、ほんまに使うんか?」
「間違いなく!」
「さよか、変わったやっちゃな……」
ネーさんは首をかしげながら、熱波師の仕事に向かった。
今、例のブレスは女性サウナ限定になっている。
男性からの要請は絶えないが、美女化の噂が落ち着くまで再開するつもりはない。
仕事を終えて、夜の露天風呂につかる。極楽である。
宿の常連さんのこの頃のお目当てはこれだ。
身内の村人なので、スタッフがいっしょでも問題ない。
今日はネーさんも帰宅前のひとっ風呂。おばちゃん全開でうぼーって声を漏らし、だらしなく伸びている。
幻を夢見る男どもよ、知るがいい。
夜は、夢を見る時間ではない。
夢から覚める時間なのだ。




