10.熱波師ネーなんとかとその弟子
「姐さん! 姐さん! 姐さん!」
男どもの野太いコールが定員いっぱいの新サウナに響く。
改装の立役者として、ネーさんの人気はすごいことになっている。
昨日盆地対策会議を終えたホーさんも、汗だくで拳を突き上げている。
全員同じサウナ服なので、「制服」を着たアイドルヲタのライブ前コールにも見える。
サウナは男女共用のはずなのに、見事に男ばっか。見たところ女性は私とディオさんだけしかいない。
今日の設定はいつもより低温なのに、暑苦しいことこの上ない。
おいそこ! 脱ぐな!
……帰りたい。
ネーさんに「あたしのデビュー見とけな! 絶対やぞ!」って念押しされなかったら、全力で逃げてるよ。
そう、デビューである。
ウン千歳の古龍が今さら何やってんだと思うが、本日、ネーさんは熱波師としてデビューするのだ。
計画を立てていた時に私が不用意に漏らした前世のサウナの話を覚えていて、「それ、あたしのための仕事やないか!」って根掘り葉掘り聞かれ、厳しい修行(自己申告)を経て今日に至る。
どこが「あたしのための仕事」なのかは、見ればわかるそうだ。
「ディオさん、だいじょぶ?」
「……が、がんばるです……」
男たちから視線をそらしながら、手が震えてる。
もうギリギリ。うっかり視線が合ったら多分倒れる。
ネーさんは、希望がすべて叶えられた施設に大満足で、同じく大喜びの母さんが作った制服を着て、楽しそうに働いている。
スタッフ入りの要請ももちろん快諾だった。
「当たり前や! ここはあたしのもんやぞ?」
いや、そこは違います。
ネーさんが加わり、村からのバイトも入ったけど、施設の規模に比べ、スタッフ数はまだ足りない。
宿も満室なので、母さんとリリも忙しく、お姉ちゃんの猟師復帰はまだだ。
温泉としては助かるけど、モヤモヤする。
魔物討伐の大活躍後に、父さんも誘ったのだが、拒否した。
「戻ってこい。弓はヘタクソだけど」
「ヘタクソで悪かったわね!」
言い方! 弓の話いらんでしょうが!
戻りたいのは丸わかりなんだけど、意固地になってるからしばらくそっとするしかない。
「うおおおおおおおお……!」
喚声が高まり、満を持して制服姿のネーさんが登場する。
その咳払いで、会場が静まり返る。
「お前ら、今日はぎょうさん来てくれておおきに!
あたしが、熱波師のネー…………や!」
「うおおおおお!」
古龍のフルネームは相変わらず聞き取れないが、熱狂する男たちには関係ない。
「長ったらし挨拶は好かんから、早速やらしてもらう。
この蒸し風呂のためだけにあたしが開発した、火・水・風の3属性混合魔法、『アウフグースブレス』や! いくで!」
吸い込んだ息を吐き出しながら、ネーさんがゆっくり首を右から左に振る。
たっぷり蒸気を含んだ熱風が、サウナ室の隅々まで行きわたる。
蒸気のせいか思ったほど熱くはない。
「もう一発!」
追加の熱風が計5発。短い間隔で部屋の中を駆け抜ける。
「終わり!
どやった?」
静寂。
しわぶきのひとつも聞こえない。
「……ま、魔法制御の極地を見たです……」
ディオさんがあえぐようにつぶやいた。
「な、なんや、お前ら、何とか言うたらどや」
客の無反応に、ネーさんがキョドりだす。
「ネーさん、大丈夫。
みんなの顔見るといいよ」
ネーさんと共に男たちの顔を見渡す。
全員が賢者の顔で穏やかな微笑みを浮かべている。
完璧に整ってやがる。
サウナそんなでもない私でさえ感動したんだから、こいつらなら当然そうなる。
「みなさん! すごかったですよね?
ネーさんに大きな拍手を‼」
私の声にハッと我に返った賢者たちは、静かな、だが終わることのない拍手を送った。
「おおきに! お前らほんまおおきに!」
この村では考えられない美しい賞賛に、あのネーさんもちょっと涙ぐんでいる。
「よし、ものごっつ気分ええから、特別にあたしからの礼や。
一瞬やから、よう見とき」
次の瞬間、ネーさんの姿がブレた。
そして――そこに立ったのは、なぜか全員の理想を詰め込んだような美女。
彼女は、5秒後幻のように消えた。
「以上や! おおきに!」
そう叫んで、おばちゃんが走り去る。
「……う」
男たちから声が漏れる。
「うおおおおおおおおおおお!」
堅牢なサウナ室が揺れた。
賢者全滅!
幻を求めて動き出す血走った目の獣の群れから逃れ、私とディオさんは兎のようにサウナ室から駆けだした。
「――ふう。災難やった」
「災難やったじゃないです! 死ぬかと思ったです!」
ディオさんが珍しく師匠に抗議する。
私もだけど、よっぽど怖かったんだろうな。
合流したネーさんと私たちが逃げ込んだのは、直通トンネルの中間にある休憩室。
そこで駄弁りながら、ほとぼりが冷めるのを待つ。
自然とさっきの話になる。
「しかし、ネーさんの新ブレスすごかったよね」
美女化の話は、階段の下が怖いので今は触れない。
「せやろ? けっこうムズかったんやで?
あんだけ威力弱めんの大変なんや。最弱の最弱の最弱。
ちいとでも制御間違うたら、みんな死んでまうさかいな」
「え? そんな危ないやつだったの⁉」
「あほ。それは作っとる時の話や。さっきのは魔法化したやつやから、そんな心配はあらへん」
「よかった! そうじゃなきゃ、次あのブレスを受けるの迷うところだったよ。
アレはクセになる!」
ディオさんもうんうんと頷いている。
「でも、ディオは、あの3属性制御が忘れられないです。
どうやっているのか、全くイメージがわかないです」
「いや、そんなことあらへんぞ?
弟子2号でも、似たようなのはでけるんとちゃうか?」
「え? ほんとですか⁉」
思わぬ回答にディオさんが立ち上がる。
「ほんまや。
あたしは龍やから、あないに弱くすんのはムズいけど、お前やったら、そこはそんなに問題にならへん。
要は魔力制御をちゃんと修行したらええんや」
「でも、ディオは2属性しかないです」
「アッタマ固いなあ!それこそ、お前の得意分野やんか。
お前の火ぃと風の属性に、他から水属性を足せばええだけやろ?
例えば……、せや、あたしのうろこあったやろ。あっこに水魔法入れといて、使う時に混ぜればええんや。それ、まんま魔道具やん。
魔法は出来あがっとるんやから、あとは制御でければ、『アウフグーズブレス』完成や。
あ、ブレスとちゃうから、『アウフグースなんとか』やな」
しばらく考え込んだ後、ディオさんは顔をバッと上げる。
「できるです!
先込めした魔法の減衰と暴発が問題ですが、ネー師匠のうろこなら、完璧に保持できるので、その問題は多分おきないと思うです!」
「ええやないか。
ゴミん中にうろこ死ぬほどあったんやろ? 失敗とか気にせんで、なんぼでも使うたらええやん」
「はい! あのお宝への対応もやっと決まったので、そうせさせていただくです!」
ディオさんは満面の笑みを浮かべた。
「やったじゃん!
で、その対処が決まったってやつ、どんなのか教えてもらえたりする?」
「はい。ミリちゃんもネー師匠も当事者なので問題ないです。
ええとですね……」
ディオさんが話してくれた内容は、名案とも迷案とも言える、ある種珍妙なものだった。
メインの手順はふたつ。
まず、全員でねぐらの奥から、お宝ゴミを外に運び出す。
運び出したら、それを龍形態のネーさんがつかんで、ワイバーンの崖の下にばらまく。
そんだけ。超シンプル。
あとは、偽報告書作成。
ホーさんの護衛の冒険者が「偶然」龍のうろこを発見する。
付近を調べて、そのあたりにお宝がばらまかれているのを確認するが、ワイバーンの攻撃を受けたため、回収は断念。
ってのがその要旨。
存在がわかっているたくさんのお宝。手ごわいとは言え、倒せないこともないワイバーンさえなんとかすれば、一攫千金確定である。
そんな夢のような場所の管理者がホーカス・ビレン男爵だ。この領主貴族の許可がなければ、現場どころか領内に立ち入ることもできない。
道は細いトンネル1本のみで、周りは人を寄せ付けない急峻な山。
――ゴミをばらまいただけで、上級冒険者専用、領主完全管理の狩場が完成してしまった。
こっちチームは、必要な分を確保済みで、万一足りなくなれば、ネーさんの新しいゴミをもらうか、ネーさんに「飛びトカゲ」を追い払ってもらえば拾い放題だ。
超きったねー!
誰だこんなん考えたやつは?
「アイディアはバカ兄弟子なのです。
でも、『おいらはここまで』って、毎日盆地に行ってたです!
ディオは一人で、報告書と交渉と、サンプル試験と、書類のハンコ取りまでやったです!
ひどいです!」
思い出しながら徐々に熱くなるディオさんだけど、ホーさん、開墾がからむとスーパー領主になるからなあ。いいように使われたんだろうなあ。
目に浮かぶ。
細部の詰めは残っているようだけど、話に他の貴族も出てきないし、温泉への影響もなさそうで、私としても文句はない。
――なんか問題解決したっぽい。
とにかく。
ディオさん、今日の恐怖体験も含めて、本当にお疲れさま!
アウフグース(ドイツ語: Aufguss):
サウナ室内でロウリュ(熱したサウナストーンに水をかけて水蒸気を発生させること)を行った後に、立ち昇った蒸気をタオル等でサウナ室内に蒸気を撹拌させながらあおぎ、サウナ客へ熱い風を送ることである。
(wikipediaより。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%95%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%B9)




