8.龍の棲み処へ
閉店後の受付前。
ジャンゴさんがお説教をくらっている。
仁王立ちするチェルさん、その前でうつむいてガーゴイルのように動かないジャンゴさんという画が、かれこれ半時ほど続いている。
面白いので、私は帰らないで見てる。
「――いくらお前が丈夫だって言っても、毒飲めば死ぬんだからな?
バカだから、床に落ちた料理を食うのはしょうがない。でも毒は絶対に口に入れるな。
おい、聞いてんのか?」
「……あ、はい! 聞いてます!」
「じゃあ、あたしに何言われたか言ってみな?」
「すいません、聞いてませんでした!」
スパーン!
すっげ! このテンプレコントをここで見られるとは思わなかった!
てか、床に落ちたものを食べるのはOKなんだね。
「なあ、何やっとんの、あれ?」
帰ろうとしていたネーさんが、トンネル前から戻ってきて訊ねた。
「ジャンゴさんが温泉をがぶ飲みしたんですよ」
「ブッ!」
吹いた。
「え? 硫黄泉飲んだん? ただの硫黄泉やなくて、硫化水素泉やぞ?
なんでや? あんなん、ドラゴンでもよう飲まんぞ?」
「さあ? 目についたから、とかそんな感じじゃないですかね。バカだから」
「おもろいやっちゃな!」
ネーさんは、ずんずんジャンゴさんに向かって歩いていき、「お前、今度ゆっくり遊ぼな」と、爆笑しながらその背中をバシバシ叩いた。
その遊び、見てみたい。ヤバそうだけど。
突然お説教を中断させられたチェルさんがネーさんをポカンと見るが、人化龍の姿はあっという間にトンネルに消えた。
――冒険者たちは、まだ村に留まっている。
忘れそうになるけど、「ケット・シーは神」はAランクパーティー。最後まで仕事の手を抜かないのだ。
猪軍団討伐後も、終息が確認されるまで警戒を続け、最終調査では、森のかなり深いところまで入って、魔物の生息域のチェックまでしてくれた。
完全に状況は落ち着いたという報告を聞いて、領主も村人も、安堵の表情を浮かべた。
調査によると、魔物は西の森にそこそこの数が移動してきたらしい。
中層ではBランクの魔物も数体目撃され、アーノルドさんは「これ証拠な」って、魔鹿をマジックバッグから出した。
ただ、それらが縄張りから外に出ることはないから、よほど大きな外的要因がなければ、この前みたいなことは起こらないだろうとのこと。
その外的要因、毎日、うちにお風呂入りに来てるんですけど。
まあ、直通トンネルがあるから大丈夫だろうけど、一応気を付けるように言っておこう。
浅いところの魔物は、ゴブリン、森角兎、ときどき魔狼って感じで、そのうち魔猪も戻ってくるみたいだ。
脅威度Cまでなら、腕を上げた村の猟師で十分対応できる。
猟師リーダーのダッタおじさんは「つまり、いい狩場ができたってことだな」って笑ってた。
そこへ、村長さんが口を出す。
「村のためを考えんなら、駆け出しを卒業するあたりの冒険者に宣伝するとかしたらいいんじゃねえか?
アーノルド、どう思う?」
ホーさんから色々丸投げされて、この頃微妙に領主臭が漂い出している。
「ああ、確かにぴったりの場所ではあるな。ただなあ、遠すぎんだよこの村」
「そっかあ、いい案だと思ったんだけどなあ……」
「あ、ファーレンの奴らなら来られるか。
もうすぐ王都に帰るから、ギルドに顔出して、支部長に言っとくわ」
さすが気遣いの人アーノルドさん。硫化水素泉を飲むどこぞのバカとは違う。
Aランクパーティーの情報なら、ファーレンの冒険者たちも信用するだろうから、うまくいけば、この村にもギルド出張所くらいできるかもしれない。
冒険者さん大好きなリリが喜びそうだ。
――だが、彼らは帰らなかった。
西の森の情報は、当然ファーレンのギルドに届いていない。
「ちゃーす! 姐さん、ちゃーす!」
ジャンゴさんがネーさんの舎弟と化した。
ネーさんが誘った「遊び」とやらの結果である。
私は見逃してしまったのだが、ちらっと見たホーさんによると、ふたりはゲラゲラ笑いながら腹パン合戦をしてたらしい。
意味わかんない。
誰も近寄らなかったそうだけど、そっちの意味はわかる。
帰ろうとしない危険人物を置いてゆくわけにもいかず、他の3人は、開き直って温泉&猫話の毎日だ。
それはそれですごく楽しいし、ネーさんに「お前は人の話ちゃんと聞け」と言われたジャンゴさんが、制御不能状態を脱出する兆しをみせたらしく、せっかくなのでしばらく教育してもらおうって話になったらしい。
ずっと腹筋してるジャンゴさんを見てる限り、私はそう上手くはいかないと思う。
そんなわけで、しばらく自由行動だった「ケット・シーは神」だったが、今日は武器を装備して全員が顔を揃えている。
なんと、ホーさんの熱いリクエストによる盆地ツアーに同行することになったのだ。
ネーさんが立ち話のついでに「せや、お前らも来るか?」って声をかけたら、舎弟だけじゃなく、少し退屈してきた他の面々も興味を示したのである。
「古龍が棲む人跡未踏の地」ってだけで危険な臭いがするから、いっしょに行く私とディオさんは歓迎だけど、ホーさんはちょっと面白くなさそう。
わかるよ。階段、ホーさんが一人で作ったんだもんね。師匠独り占めもできないし。
だが行く。
階段は長かった。傾斜もそこそこきついので足にくる。
工事のためにホーさんが途中に掘った休憩スペースが、地味に役に立った。
ただ、それもそんなに苦にならない。
真っ暗闇のはずが、全体がボーっと淡いオレンジに光っていて、すごく幻想的なのだ。
これだけでも見に来る価値がある。
「すごいだろ? こんな奇麗な魔力光、絶対他じゃ見られない。
おいらずっと階段作ってたけど、何回見ても感動するもん。
さすが師匠!
アーノルドたちも、ここに来られたことを一生の思い出にするといいよ!
あ、ミリちょっとここ見て! この魔力構造を見れば師匠のすごいところが――」
止まらない師匠礼賛がなければもっといいのに。
今回は努力に免じて許してやるが、領主なら、話しかけられた領民の迷惑そうな顔に気づけ!
「到着や」
階段の終点には、ホーさんが雨避けに作った土の小屋があって、その先に盆地が広がっていた。
美しさに一瞬息をのむ。
あちこち見てきたはずの冒険者たちも、黙ったまま、その風景を見ていた。
ネーさんが「水浴びする池」って言ってたのは、多分中央にある蒼い湖のことで、その手前のこちら側には林が点在している。
湖の向こうは雪がまだらに消え残る平地で、その端っこには丘、その向こうは山に続く森だ。
村のひとつやふたつ、余裕でやって行けそうな広さだけど、周りは急な山や崖に囲まれていて、人間が到達できる場所でないことは一目でわかる。
「パッと見、こんなんや。あたしの寝床は、あっこの森ン中やな」
「伺っていいんですか⁉」
ホーさんが食いつく。
「別にええけど、茶ーも出せへんぞ?」
「問題ありません!」
私たちもとトコトコついてゆく
「ここや」
着いたのは、山からせり出した岩に穿たれた洞窟だった。
「この前掃除して、ゴミ全部ほかしたばっかやから、すっきりしとるやろ?
ミリが清潔清潔言うから、なんや影響受けてもうたけど、やっとくもんやな」
林の中で、雨風はしっかり防げるが、ほんとになんもないただの洞窟。
以前の寝床はもっと奥にあったのだが、硫黄の臭いのする穴ができたため、ちょっと移動したんだって。
モグラ穴、ここに抜けたのか。
「あの……」
マリアベルさんが大声(マリアベル比)を上げた。私にとってはちゃんと聞き取れる程度の小声だ。
「これなんですけど……」
「ん? あたしのうろこやね。朝、腹掻いた時にでもはがれたんかな」
「うろこ?」
「あ、せやった。お前らには、まだ言うとらんかったけど、あたし古龍やねん」
「……?」
マリアベルさんの鼻声がまた聞こえなくなった。
「まーた信じひんのかいな。弟子2号もせやったけど、人化術完璧なのも考えもんやな」
「ちょっとのいて」とスペースを作ると、ネーさんはボフンと龍に変身した。
生古龍ドーン!
久しぶりに見たけど、やっぱかっこいいね!
「師匠っ……!」
「うおおおおおおお!
姐さん、かっけーっす!」
やっと真の姿を拝めたホーさんは感涙を流し、バカは吠えた。
それ以外の初見組は、硬直してる。
正体を知らなかった冒険者組はともかく、ディオさんは知ってたでしょ?
私がお腹をつついたら復活したけど。
ネーさんもすぐ人の姿に戻ったので、女子チームは持ってきたお茶でも飲みつつ、冒険者残り3名が復活するのを待っていよう。
「うっさい、ちょっと黙っとけ!」
信者と舎弟も静かになったし。




