3.その龍、長居につき
ホーさんことホーカス・ビレン男爵の階段作りは、やや難航していた。
普通のガラス化した土だったなら問題ないのだが、魔力的にも固まっていて、加工にすごく時間がかかるらしい。
「さすが師匠だよな。ガラスなのにポイントがずれると魔法を弾くし吸収するしで、想定の1割くらいしか進まないんだ。
魔力構造が硬性と弾性を兼ね備えているとか、どんだけすごいかわかるか?」
「ちょっと何言ってるかわかんないっすねー」
こちとら一切魔法が使えんのに、わかるわけねーでしょーが。
「わかんないかあ。説明したいのに……」
けっこうです。
語りたいだけでしょ?イっちゃった目で。
「お風呂上がったんだから、仕事してください。
師匠に叱られますよ?」
「いや、やるけど。ミリ、冷たくないか?おいら頑張ってるのに……」
ブツブツ言いながら、ホーさんは現場に戻っていった。
ま、多少コツをつかんできたって言ってたから、春までには完成するでしょ。
完成しなくても、ネーさん専用路としては問題ないのだから、困る人は誰もいないし。
専用路開通による最大の変化は、ネーさんの滞在時間が伸びたことだ。
入りびたっていても、「あたしは孤独を好む女やから」と言って、なんだかんだちゃんとお家には帰るから、通勤?が楽になった分、使える時間が増えたって感じだ。
現在の平均滞在時間は7時間。ダンジョンにはで約800DPが転がり込んでくる。
さらに、宿に長期滞在しているホーさんの分が30DPくらいあるし、宿や温泉のお客さんのチリツモ合計も同じくらいになるので、サロン客分と合わせると、滞在DPだけで若干の黒字だ。
ほぼネーさんの力だけど、魔石に頼らなくてもよくなったというのは、実に気分がいい。
これですよ、これ。これがダンジョンっちゅうもんですよ。
「ミリ、こんでだいぶ楽になったんとちゃうか?」って言われた時には焦ったけど、実は、ネーさんはここがダンジョンだととっくに気づいていて、なるべく長く滞在するように気を使ってくれていたのだ。
「風呂のついでや、ついで」って笑ったけど、それにしてもだよ。
昔に聞いた「ダンジョンは秘密にする」っていう情報も覚えていて、話すつもりもないそうだし、そもそも「そんなん普段気にしいひんわ、アホ」だそうなのでとても助かる。
優しくて、アホはちょっと泣いた。
お返しには足りないけど、専用滑り台から出た勢いで受付小屋にぶつかって壊し、出勤したお姉ちゃんにしこたま叱られてる時に、いっしょに謝ってあげたよ。
お姉ちゃんおっかなかったし、ネーさんも反省してそれからはやってない。
ちなみに、壊れた小屋はホーさんの手で頑丈な石造りになった。
そんなわけで、洞窟温泉名物、ドラゴン様ご来店イベントは見られなくなった。
ホーさんは安心しただろう。
温泉のお客さんは、まだファーレン領の越境農民までで、領主として出した口止め令が効いているけど、これ以上人気が出たら秘密にしておくのは無理だし、噂が拡がって国から討伐隊でも出されたりしたらとても面倒だからね。
弟子入りもしちゃってるし。
でも、対策が間に合わなかった人もいる。
ディオさんである。
あの引き込もりが、寒い中、わざわざ馬車で温泉までやってきた。
以前洞窟奥に設置した転移陣は、サロンオープン時に撤去したから、直接来るしかなかったのだ。
閉店まで待ってもらって、小屋の休憩室で話す。
「ひどいです!」
開口一番、ディオさんはプンスカ怒った。
「ドラゴンの話聞いたです! どうして教えてくれなかったですか⁉」
「いや、教えたくても、私もうあっちに行ってないし、ディオさんも自分の商会に引きこもってるそうじゃない」
「それでもなんとかして知らせてくれてもいいと思うです。
それとも、ディオはもうお金だけの存在なのですか⁉」
「そんなわけないでしょ!」
泣かれると、さすがにクるものがある。
年齢はわかっていても、ダイエット成功後のディオさんは見た目完璧美少女エルフだから、いじめているような気分になる。
「なら、ドラゴンに会わせるです!」
「それは、えーと、もういないって言うか、いるって言うか……」
人目に触れなくなったばかりなので、何て言ったらいいかわからなくなる。
「わかったです! いるですね⁉ 隠してもダメなのです!」
ああ、これはもうしょうがないか。
ここんとこちょっと疎遠だったけど、別にケンカしてたわけじゃないし、今だって相棒だとは思ってる。
うん。確かに、ディオさんに隠すことじゃないな。
「あー、ええ風呂やったわ。ミリ、茶ーくれ、茶ー」
ちょうど、ネーさんも勝手に入って来ちゃったし。
「棚から好きに取ってください。
ということで紹介します。
ディオさん、こちらが古龍のネーさんです」
「え?」
「ん? 客がおったんか。
なんやわからんけど、あたしが古龍や。ここじゃネーって呼ばれとる。よろしゅうに」
「あ、はい……。ディオです。……え?」
「なんや、ババ食ったゴブリンみたいな顔して。信じられんか?
ほんまやで?
おーい、弟子ー」
たぶんなんかひどい例えをして、ネーさんは小屋の外に向かって叫んだ。
「はい! 何でしょう、師匠!」
忠実な弟子は、呼ばれた犬のように走ってきた。
「このエルフの子ぉがな、あたしが龍やて信じられへんのやて。
ミリが龍や言うたんやけど、あたしの人化完璧やからな。
お前からちょいと説明したってや」
「かしこまりました!」
ホーさんはここぞとばかりに語った。
褒められ好きのネーさんが「恥ずいからもうやめ!」って言うまで、礼賛の言葉を並べた。
「ズルいです!
何で一人だけ弟子入りしてるですか!」
ディオさんは再びプリプリ怒った。
「あんたもなるか? 別にかまへんで」
「なります‼ ありがとうございます‼」
「ちょ、師匠!」
「黙っとけ! なんで、お前だけひいきせなあかんねん。
それに一人もふたりもいっしょや」
あれよあれよ。
こうしてディオさんはホーさんの妹弟子となった。
ディオさんの方が年上だけど、入門順だからそれで正解。
その後、聞いたところによると、魔道具を買いに来た商会の一般客が、温泉ドラゴンの話をしていたらしい。
噂はリムズデイルまで拡がっているようだ。
ただ、ディオさん「ドラゴンはもういなくなった」という噂を広めてくれるそうなので、遠からず落ち着くだろう。
何気にいいタイミングだったんじゃない?
ユードラさんの耳に入るのが怖いけど、幸い今は冬だ。
彼女は例年通り王都出張中なので、春に耳にするのはディオさんの方の噂になるはず。
ネーさんも交えて段取りを話し合った結果、ディオさんは小屋の奥に新しい転移陣を設置し、ダイエットの時みたいに自宅と直接行き来することになった。
なんか昔に戻ったみたいだ。
「サロンの方はだいじょうぶなの?」って聞いたら、ディオさんの方もやることがなくなったそうだ。
ダイエット関連魔道具の製造は続いているけど、機構自体は変わらないから、新製品も工場の仕事事足りるらしい。
だいぶ溜まっていたみたいで、水を向けたら愚痴が出るわ出るわ……。
「お金が儲かっても、ディオは同じことずっと繰り返すのは嫌なのです!」
「わかる。温泉の受付だって、毎日同じだったらやってらんないもん」
「ですです。だから、今日無理してここに来た甲斐があったです!」
「そりゃ何より」
久しぶりにゆっくり話した後、ディオさんは早速設置した転移陣から帰っていった。
その日の夕食は、冬には珍しい魔猪だったこともあって、私とリリもいっしょに食べた。
やっぱ魔物肉はうまい。毎日これならいいのに。
ディオさんの話でひとしきり盛り上がった後、父さんが思い出したように言った。
「あ、言うの忘れてたけど、明日からしばらく村に行ってくるわ」
「どうしたの? 冬仕事は終わったでしょ?」
訊ねる母さんに、父さんは笑って答えた。
「なんかな、村長が村の向こうの森を調べてきてくれって。
仲間の話だと、最近あっちで、妙に魔物の気配がするんだとよ。
今食った魔猪もそのへんで獲れたやつらしい。
ちょっくら見てきて、何匹か追加で獲れたらラッキーだなってな」
前世のゲーマー脳にピンときた。
父さん、笑ってる場合じゃないよ。それ、多分フラグ。




