1.人気が出ると変な客も来るという店あるある
前世の田舎のじいちゃんが大好きだった映画があった。
夏休みに遊びに行ったとき、じいちゃんの解説付きでいっしょに見せられたことがある。
主人公の名前は「熊さん」。いや、虎だったかもしれない。そのどっちか。猫じゃないのは確か。
子供だったのでストーリーは覚えていないけど、何かのきっかけでそこに映された風景を思い出すことがたまにあった。
今がそれ。
異世界でじいちゃんと熊さんを思い出すと思わなかった。
じいちゃんが亡くなったのは私が中学生の時だったから、もうだいぶ経つんだけど、かなり個性的な人だったからなあ。
で、その映画に銭湯の場面があったんだけど、昔の日本の銭湯には男湯と女湯の間に「番台」っていうのがあって、銭湯の人がそこでお金を受け取っていたのよ。
銭湯関係者だから、おっさんとかでもOKなんだよ?
脱衣所、丸見えなのに!
でも、若い女の子でもそんなの気にしないんだって。
すごいよね、昭和って。
うちの温泉は、入口の小屋でお金を払ってから、2メートルくらい歩いて男女別々の洞窟の入口をくぐるっていうシステムだから、番台のおっさんに覗かれる心配はない。
だからといって何も起こらないわけでもなく、
「ドナルドさん、ここで脱がないでって何度も言ってるよね⁉ 今度やったらほんとに出禁だかんね⁉」
「うへへへ……」
道が通ったことで、最初に村に行った時にお尻を触ってきたエロジイイが来るようになったり、
「ミリちゃん、またミゲルが倒れたから床に寝かせといた」
「……ごめんねジャズさん、一度本気でデビリンに叱ってもらうよ」
「それ、喜ばせるだけだと思うぞ?」
「あー、そうだよねえ……」
デビリン信者のミゲルさんが、「出待ち」ならぬ「入り待ち」をしてのぼせたりと、小さな事件はちょこちょこ起こる。
――でもまあ、そういうのも「暮らしのメリハリ」ってやつだ。
サロンでおセレブ様たちが優雅にお過ごしになるのを横目で見ながら、こっちは何もせずボーっとするしかないという、ある意味地獄の生活より、問題オヤジを相手に怒っているほうがずっといい。
サロンの方はほぼ私の手を離れた。
私は小修正の依頼があった時、ちょっと顔を出して対応するだけだ。
経営は絶好調で、お客さんたちの心をがっちりとつかみ、憧れの高級ダイエットリゾートとして、貴族の間にその名を轟かせている。
この前は、ついに王族が来たそうだ。
知らない人だし、関わるつもりもないので、様付けとかしない。
侯爵と子爵がお金儲けと領の発展の先に見ているのは、「西部地域の地位向上」っていうなんかすごそうな目的だから、王族内に味方を増やすのは重要なんだって。
ユードラさんとは、今もたまにお茶するんだけど、会うとそんな内幕を聞かされる。
お互いを魔法契約で縛っているし、「同じ船」に乗っているそうだから話しやすいんだろう。
私はその船に乗りたかったわけじゃないけど、おかげで今の温泉受付の仕事ができるんだから、後悔はしていないし、感謝もしている。
って、ヤバ!
ちょっとボーっとしてたら、もうちょっとで馬車が着く時間じゃん。
村と温泉との定期便だ。
ホーさんの温泉往復への便乗が過積載っぽくなって、領主権限で開設された。
ついでにビレント村とニーニャ村の間にも馬車便が通って、子爵領の越境農家の人も温泉に来やすくなったので、馬車到着直後の受付は、けっこうな忙しさなのよ。
初めての人には、入浴ルールとか硫黄泉の禁忌の説明とかの説明をするし、販売機なんてないからお金は手渡しで受け取らなきゃだしで、新人バイトだったら絶対パニクると思う。
うちの温泉では、「少しお湯に浸かったら一旦上がってしばらく休憩」ってのを推奨している。
父さんの検証による、「湯中りせずにしっかり温まって疲労を取る方法」だ。
あとは、長時間滞在でこっちのDPがじわじわ増えるという効果もある。
まあサロンに比べれば微々たるものだけど、自分の手で稼いでる感がモチベを上げるからね。
ディオさんに「マージン多すぎ!気持ち悪いからいいかげんに下げて!」ってお願いして、30%を5%にしてもらったから、こういうチリツモは大事なんだよ。
まあ、魔法具販売は桁が違うから、5%にしてもDPはしっかり増えていくんだけど。
「さて、準備しますかね」
私は棚から案内ボードを取り出す。
さっきは「暮らしのメリハリ」とか言ったけど、実はけっこうめんどくさいの。
「風呂入りに来たのに何で話聞かなきゃなんねえんだ?」って反応はふつうだし、入浴ルールを説明すると「命令すんじゃねーよ、こっちは客だぞ!」って怒り出す人もたまにいる。
たいていの場合、村の常連さんがフォローしてくれるから、そこまで大きなトラブルになることはないんだけど、めんどくさいものはめんどくさい。
今日はそういう人がいませんように。
いてもポーラさんとかち合いませんように。
この前、そういう偉そうな爺さんに、「たった3タシュの激安温泉で客ヅラすんじゃないわよ」っていきなり殴りかかって、後始末大変だったんだから。
嬉しくないわけじゃないんだけど迷惑。
馬車が着いたみたいだ。
ああ、ポーラさんの声がするよ……。
でかいからすぐわかる。
私は覚悟を決めて、受付の態勢に入る。
――おかしい。誰も入ってこない。
表の方がなんかざわざわしてる。
何かあったみたいだ。
確認に行こうと立ち上がった時、ポーラさんが駆け込んできた。
「ミリちゃん、大変! 出た‼」
「え? 何が?」
「いいから来て!」
手を引っ張られて、洞窟の外に出る。
ひれ伏して祈っている人を除き、みんな空を見上げている。
ポーラさんの指先をたどって、私も空を見上げる。
「え?」
……巨大飛行生物が、上空を旋回していた。
「ドラゴンよ、ドラゴン!」
ポーラさんが耳元で叫ぶ。
うるさいです。そのくらい知ってます。
そのドラゴンが、ゆっくりと降下してくる。
え?こっちに近づいてきてない?
気づいた人たちが、ワーワー言いながら洞窟に逃げ込んでいく。
私も逃げたいけど、責任者としてなんとかふんばる。
武器を構える人も何人かいる。
フレディさんも短剣を抜いて、奥さんのポーラさんを背にかばう。
ドラゴンは完全にこちらを目指しているようだ。
ぐんぐん近づくと、広場の先で静止し、グワッと口を開けた。鋭い歯が並んでいる。
「ガアアアアアア!」
突風を伴った吠え声が正面から叩きつけられ、私たちはなすすべもなくへたり込んだ。
突然ドラゴンは光に包まれ、その光が洞窟前の広場に降り立つ。
私は尻もちをついたまま、ただそれを見ている。
光が消え、現れたのは、大柄なおばちゃんだった。
――もう一度言う。大柄なおばちゃんだった……。
人化ドラゴンおばちゃんが歩き出し、皆ビクリと身を固くする。
おばちゃん落ちていた剣を拾うと、ポキリと小枝のように折り、その持ち主のおじさんの頭をパシっと叩いた。
「あんた、いきなり人に剣向けちゃあかんやろ!」
「……あ、はい。すんませんでした……」
「うん、気いつけや!
せや、温泉やった!
この辺に温泉あるやろ。何か硫黄の臭いすんねんけど」
そう言てドラゴンおばちゃんは、へたり込んだままの私たちを見回した。
「ああ、それならここだわね」
気丈にも立ち上がって返事したのは、ポーラさんだった。
「でもその前に」
ポーラさんはスタスタとドラゴンおばさんに近づき、スパーンと頭を叩きやがった!
……え、殴った? 今、ドラゴンを⁉
あんた、何してんの⁉
ドラゴンだよ?
さっきの、吠え声じゃなくブレスだったら、全員死んでたんだよ?
「あんたも人前で急に大声出しちゃダメでしょ! 尻もちついて服汚れちゃったじゃない! 洗濯したばっかりなのに!」
しかも、怒るとこそこ?
「あ、そりゃすまんかったわ。今度はもうちょい小声で吠えたるわ」
「そう?頼んだからね?
で、温泉だったわよね。この洞窟の奥にあるわよ」
「おお、やっぱしな!
そっちから臭いしてるから、そうやないかと思とったわ」
「これが、いい温泉なのよ! 村の自慢!
疲れなんか一発で取れるわよ!」
「ほんまか! そら楽しみや!」
「あたしもこれからだから案内するわ。行きましょ」
「すまんな。あんたええやつやんか、名前なんちゅうの?」
「ポーラよ。あんたは?」
「あたしか? あたしの名前は人間には発音でけへんけど……」
おばちゃんふたりは、なんか意気投合して温泉方面に歩き去っていった。
……。なんだったんだ、今の茶番は。
温泉目的だから、お客さんっちゃお客さんなんだろうけど、完全に想定外。
あと、ポーラさん、フレディさんにせめて一言いなよ。勇気出してかばったのに置いてくとか、かわいそうじゃん!
私はまだ座り込んだままだったことに気づき、のろのろと立ち上がって、スカートの埃を払った。




