2.小心者の受け入れ準備
翌日やってきたディオさんは、受け入れがすんなり決まった経緯を聞き、リリに抱きついてハードに撫でまわし、ついに「おばちゃん嫌い!」とのお言葉を頂戴した。
絵に描いたように膝から崩れ落ちた姿は実に愉快だった。
おかげで変なテンションも落ち着き、そこから先は計画は粛々と進んだ。
こちらから出した「元冒険者限定」という条件は、元からそのつもりだったそうであっさり通った。
もしそれ以外から申し込みがあった場合にも、魔力量に条件をつけることにしたので、温泉の運用費はなんとか賄えるだろう。
お試しの期間は15日。こちらの暦で1.5週間となる。
参加者は女性限定。混浴させるわけにもいかないからね。
仕事が終わった後、ディオさんの商会地下に集合し、こっそりダンジョンに転移して、温泉と水中ウォーキングと座学を行い、ダイエット食を食べてそのまま宿泊、というのが基本スケジュールだ。
こちら側では、温泉の奥に洞窟を拡張して、講義室兼食堂と簡易宿泊スペースを作ることになった。
とは言っても、内装やら備品やらは全部ディオさん持ちなので、うちも持ち出しは純粋な拡張費のみ。大した広さでもないため、コアちゃんの見積りでは10DPくらいしか掛からないので大きな負担にはならない。
転移ドアは講義室の一番奥に設置し、そちらが動作中の時はダンジョン側のドアは施錠することになる。「スタッフ以外立ち入り禁止」の札でも掛けておこうかな。
転移ドアは完成まで20日くらいかかるらしい。
時間がかかるのは、ディオさんがデザインにこだわったせいだ。
機能自体は3日で出来上がり、予定の場所に仮のドアを設置して問題なく動作することを確認した。
さすがに得意分野だけあって、ほんとにただ部屋を移動しているとしか思えなかった。
リリだけは、通り抜けるときに少し違和感を感じるようだけど、それはコア分体の魔力感知能力の高さ故で、作った本人のディオさんですら気づかないと言っているのだから、心配しなくても大丈夫だろう。
ドアを開けておけばコアちゃんとの念話もできるから、空間が遮断されているわけじゃないことも確認できたし。
でもさ、改めて思うと、これって大事件なんだよね。
だって、村から馬車で3日くらいかかる隣の領の街までドアをくぐるだけで行けるんだよ?
ということは、私もリリも、1分でそこまで行けちゃうわけ。
せっかくだから商会の中を案内してもらった。
大商会って言うからなんかデパートみたいなのを想像してたんだけど、そういうやつじゃなく、こじんまりした個人店みたいな感じだった。
商売のメインは高位貴族からのオーダーメイドと国内外の小売り向けの卸で、店舗は領都の住民向けに半分サービスでやっているだけなので、これで十分なんだそうだ。
地下室から階段を上ると、その小売りスペースがあって、調理や照明などの生活魔道具が並べられていた。
売り場の広さは小さなコンビニほどのフロアの約半分で、残りは事務スペースとバックヤードである。
二階はすごく格調高い商談スペースで、奥には転移部屋がある。
大きな街に出先の事務所があって、そこからお貴族様が転移陣で直接やってくるそうで、フロア全部がセキュリティー系の魔道具でガチガチに固められているらしい。
「ミリちゃんも許可なく侵入したら死ぬので気を付けるです」って笑顔で言わないで欲しい。
三階が事務所とディオさんの研究室。
工房は別棟で、量産品は外部委託してるから、以上が商会本社の全てだ。
国でも有数の魔道具商会なのに、本店勤務は営業・経理担当の副会長さんの他に社員が5人だけって、どんな効率経営だよって感じだ。実に妬ましい。
さくさく見て回った後に、「ついでだから街見ていくです?」ってディオさんに言われたけど、建物の外には出なかった。
異世界に来てから約1年間で最寄りの村に数回行ったことのあるだけの引きこもりが、いきなり街歩きなんかできるわけがないじゃん!
前世では旅先で名物料理とか食べるの好きだったけど、こっちでは魔力のない食べものとか味気ないだけだし、多少離れているとは言え、ここはお隣の領である。
万一ミリアムちゃんの知り合いとかがいたらマズいじゃん。声とかかけられたりしたらパニクる自信がある。
「いや、私ダンマスなので」って、理由になってるんだかなってないんだかわかんない言い訳をして、そっこーダンジョンに逃げ帰ったよ。
街並みとか見てみたくもあるけど、久しぶりに隠蔽魔法使うって手もあるけど、街に出たら念話も通じなくなるってコアちゃんからもストップがかかったことだし、まあ焦らなくてもいいかな。
気が向いたときにいつでも行けるんだから、魔道具が売れてライセンス料が入ったら、買い物にでも出かけるとしよう。気が向いたらね。
小心者の本領を発揮して、それからはドアをくぐることなくダンジョン側の作業にいそしんでいるうちに、手の込んだ彫刻が施された完成品のドアが設置され、モニタ受け入れの日がやってきた。
ちょっと緊張している。
だって、完全に知らない人が来るんだよ?
ディオさんの場合は私は知らなくても母さんが知ってたし、村の人も元々家族の仲間だ。
でも今日来るのは、ディオさんが募集をかけた「知り合いの知り合い」ですらない人だ。
「大丈夫ですよ、マスター。ご迷惑を掛けるようなことには絶対になりません」
そう言って微笑む黒スーツをピシっと着こなした40代前半のイケオジはジュリアンさん。ディオさんの商会の副会長さんである。
街の商会で会長からの信頼の厚かった叩き上げの従業員だったが、代替わりしたボンボンに疎まれたため、見切りをつけて出来たばかりのディオさんの商会に転職したらしい。
今回の体験企画では、ディオさんのわがままと私の要望を全て聞き入れた上で、体験者の募集から選定までの一連の業務、新エリアの内装、備品の洗い出しと手配、一日のタイムテーブル作成など、面倒な作業を全部仕切ってくれた。
あっという間に私の理想の上司ランキングのぶっちぎりトップだ。
そうよね。何ビビってんだ私。
ディオさんも私も人前で話すとか無理なので、講師まで引き受けてくれた彼がいる限り、緊張とか無意味だ。
「お風呂は問題ありません。
じゃあ、後はよろしくお願いします」
「お任せください」
ジュリアンさんはお客さんを迎えに転移ドアをくぐり、私はダンジョンに引き上げる。
お姉ちゃんがいたら「あんたも出ないんかい!」と突っ込まれそうだが、私の役割はお湯番だから。
お客さんが入浴と水中ウォーキングを完了するまで、状況を見ながらお湯の温度調節をする重要な仕事だ。
体験プログラムの目玉の一つだから、責任重大なんだよ。
表に出るのは母さんに任せた。
講義の時の助手と水中ウォーキングのインストラクターだ。
イケオジとはいえ、お風呂まで付いていけないしね。
ジュリアンさんはディオさんに頼んだんだけど、逃げやがった。
まあ、母さんはディオさんよりずっとコミュ力高いし、途中で「私はこの方法で痩せました!」って話すそうだから、お子ちゃま体型のエルフよりずっと適任なんだけど。
さて、開始の時間だ。
出迎えのために一旦商会に戻っていたジュリアンさんが、お客さんを連れて戻ってきた。
よっしゃ。じゃあ気合入れていきますか。




