3.恐るべき肉
夏の太陽は山の向こうに沈み、村は薄闇に包まれはじめていた。
「そんじゃあ、祭り始めんぞ!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
村長の掛け声と、おっさんたちの咆哮によって夏祭りはスタートした。
正確に言うなら、かなりの村人たちがその前から広場で勝手に騒いでいて、祭りはとっくに始まっていたところに、村長がさらに燃料を投下したって感じか。
何本ものかがり火が広場を照らし、さっきおっちゃんが運んでいた大鍋には具材が次々に投入される。
その隣の串焼き屋台には、人々が行列を作って焼き上がりを待っている。
「よし、うちも焼くか。
あっちは当分行列が切れねえだろうからな」
父さんが家の前に置かれた焼き台に火を入れる。
大きめの石の上に平たい鉄板を渡しただけの即席BBQグリルだ。
煙が上がりはじめたの鉄板に、母さんが厚めに切り分けられたボアの肉を並べる。
ジュウっと音がして、肉の焼ける匂いが立ち上がる。
美味そうではある。
でもなあ、イノシシ苦手なんだよ。
前世で一度だけ食べたことがあるんだけど、それがすごく獣臭かったのだ。
上司に無理やり連れていかれた怪しげな居酒屋の雰囲気と、止まらない上司の蘊蓄が、味をさらに下げたってのもあるかもしれない。
そのトラウマのせいでちょっと腰が引けている。見た目はすごくいいんだだけど。
「ほら、遠慮しないで食いな。
普通のボア肉だから特別美味いわけじゃねえけど、焼き立てならまあまあ食えるぞ」
父さんが、焼けた肉を私のお皿の上にポイっと放る。
遠慮してたんじゃなかったけど、みんな普通に食べてるから大丈夫だろう。
デビリンも生肉1ブロックをもらって食べている。
それほどがっついてはいない。魚の方が好きだもんね。
私は、思い切って肉を一口齧った。
「!」
何が「特別美味いわけじゃねえ」だよ!
大嘘こいてんじゃねーよ!
むっちゃくちゃ旨いじゃねーかよ!
トラウマなんか簡単に消え失せ、忘れていた食欲が盛り上がる。
口に入れたとたんに、脂身が赤身をコーティングするみたいにスッと融け、野生肉だからか確かに赤身は歯ごたえがあるんだけど固すぎるということはなく、むしろ肉々しさを強調し、噛むたびに旨味とともに口の中でほどけてゆく。
味は、豚肉系と言えば豚肉系。ただ、想像の遥か先まで到達した究極のヤツだ。
あと、「こっちも食え」って取り分けられたラーコフっていう白い人参みたいな野菜もすごかった。
2つ割にして焼いただけなのに、ホクホクしてて甘いの。青臭さなんて全くない。
日本にあったら、人参嫌いなんていなくなるはず。
ニーニャというフルーツトマト味の紫の野菜で口をさっぱりさせて、また肉に向かう。
「その辺にしとけ。大鍋のエール煮が食えなくなるぞ。
串焼きの肉もこっちより上等だからな」
なんですと?
私は残り少なくなった肉に伸ばしかけた手を止め、父さんをギンとにらんだ。
「上等とは?」
「お、おう。
あっちは去年の冬に迷い出てきた魔猪だから、普通のボアより旨えんだよ。
マジックバッグで保存しといたから鮮度も落ちてねえ」
「行こう、すぐ行こう!」
私の勢いにちょっとビビってる父の説明を聞き、私は即座に立ち上がった。
「私も行く!」
「そうね、だいぶ空いてきたみたいだし、行きましょうか」
お姉ちゃんと母さんも乗っかり、慌てて残りの肉を口に詰めんだ父さんもあとに続いた。
動く前にちゃんと火の始末をしたので褒めてあげた。
焼き台にはちょうど新しい肉が乗せられたところだった。
父さんが全員分のお金を払う。
台の下には赤く熱せられた石が並べられていて、その数で火の強弱がつけられているようだ。
生肉は一旦強火で炙られ、その後、弱火エリアでじっくり火を通される。
日本の焼き鳥職人さんみたいな仕事っぷりだ。
滴った油が石の上で爆ぜ、香ばしい煙が立ち上る。
まだ?もういいんじゃない?いいよね?
「ほらよ、ミリ。焦ってがっつくなよ、熱いから」
「待ってました!」
おっちゃんが笑いながら渡してくれた串にかぶりつく。
「あっつ!」
「だから、落ち着けって!」
落ち着いてなんかいられるかよ!
もうね、すげえの!
なんつーか、もう、すげーのよ!!
さっきのボア肉なんか話にならないくらい美味いの。
多分ダンマス的には、魔力を含んでる分余計に美味しく感じるんだろうけど、それを差し引いたとしてもすごすぎる。
まず圧倒的に柔らかい。
肉汁は爆弾みたいに溢れてくるし、油も甘く軽い。
微かな燻製臭と私の知らないダダリア産ハーブが絶妙なアクセントになっている。
強めに振られた塩加減も素晴らしい。
やっぱ肉には塩だよね。
「おいしーーーい!!」
「大げさだな。
ああそっか。森の中じゃロクなもん食ってなかったのか……
大変だったな……」
おっちゃんが、かわいそうな子を見るようなまなざしで、追加の串を渡してくれた。
ラッキー勘違い! ありがとう!
2本目の串のあとは、隣の鍋だ。
魔猪のすね肉のエール煮らしい。
前世にもビール煮ってあったな。ベルギーとかオランダとか、あのあたりの料理だった気がする。
食べたことがないから、比較なんかできないんだけどね。
当然、こっちも絶品だった。
相変わらず調味料はわかんないけど、スパイスが効いていて、ちょっと酸味もあったおかげで、全然しつこくなかった。
――食べ過ぎました。
揚げパンにハチミツをかけたデザートまであったけど、断念せざるを得なかった。
母さんをはじめとするおばちゃんたちは、幸せそうな顔でバクバク食べてた。
そりゃ太りますって。
腹ごなしに広場をブラブラしたあと、村の仲間ともう少し飲むという父さんを見送って、女性陣3人は家に戻った。
いやあ、大満足の夕食だった。
テーブルでまったりお茶を飲む。
あとは共同浴場で汗を流したら、歯を磨いて寝るだけだ。
とか思ってたら、母さんが台所から蒸かした芋を持ってきた。
「野菜も食べなきゃね」
「それ野菜じゃないから!」
「何言ってるのよ、野菜でしょ?」
私のツッコミは一笑に付され、母さんはお芋にマヨネーズをたっぷりつけて頬張った。
って、マヨ!?
「母さん、そのソース何?」
「え? これ? 普通のサワーエッグソースよ?」
「材料は?」
「卵と油と酢と塩だけど?」
マヨじゃん!
常識でしょ?みたいな感じってことは珍しくもないのね。
「じゃ、じゃあさ、自分の石で相手の石を挟んで自分の石にするようなゲームってある?」
「ん-、挾み石のこと? 子供の頃やったわね」
「あるかあ……」
「それがどうかした?」
「いや、何でもないです……」
私の商売ネタはあっけなく消えた。
まあ、そううまくはいかないか。
ノーチートって納得して転生したんだから文句は言えない。
でもなあ、他に何かあったかなあ……。
満腹のせいか、全然頭が回らない。
――うん、諦めよう。
こういう時は考えても何も浮かばないのはわかってる。
だいぶ眠くなってきた。
お姉ちゃんもあくびをしている。
長距離移動からのお祭り参加だったから、若い体でもけっこう疲れた。
「お姉ちゃん、お風呂行こう?」
「そだね、混む前に行っとこうか。
母さんは?」
「ふたりで行っといで。
私はヒューと合流するわ。
今日は全然飲んでいないからね。
あ、そう言えばおつまみも食べてなかったわ。ご飯は食べたけど」
……。
母の胃がタフ過ぎる件。