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2.脳筋の村

「おう、ミリ! 助かって良かったなあ!」


 会った瞬間、村長はそう言って私の頭をこねくりまわした。

 本人は撫でているつもりかもしれないが、パンパンに張った上腕二頭筋のパワーで、私は高速首回し運動を強いられた。


「あ、悪い! お前、記憶喪失だったな。

 知らねえおっさんがいきなり頭撫で回したらダメだよな」


 村長は、バッと手を離し、私と距離を開けた。

 さすが村長。脳みそは筋肉ではなさそうだ。


「大丈夫です。さっきからいっぱい撫でられたので慣れました」


 そう。

 村長の家にたどり着くまで、私は既に、母さんが作った雑な設定をまんま信じた村人たちに、もみくちゃにされていたのだ。

 頭撫でられるのはいい方で、背中をバンバン叩かれるわ、頬っぺた引っ張られるわ、臭い嗅がれるわ、なんつーか、とてもハードな歓迎だった。

 男の人は基本ガチムチだし、おばちゃんたちは貫禄あるし、圧がすごいの。


 まあ、死んだと思っていた人間が生きて帰って来たんだからそりゃそうなるよな、と私は広い心で受け入れた。

 あ、胸を触って鼻で笑ったエロ失礼なジジイはぶん殴ったけど。

 おばちゃんたちにすごく褒められた。


 でも、みんな心から喜んでいるのがわかったので、ミリアムさんの体だけでも残せたのは良かったのかもって思ったよ。


 その後、テーブルに着いて、改めて村長と向かい合った。

なんか、行政上の手続きらしく、父さんが真面目な様子で「娘」の帰還を報告した。

 村長が認め、村の台帳に私の名前を復活させる。

 それによって、正式にミリアムの死亡が取り消されたことになる。

 「生まれ変わったつもりで頑張る」という理由で、「ミリ・フレッカー」への改名も問題なく了承された。

 みんな「ミリ」って呼んでいたので、書類上だけの話ではあるけど、転生者である私にとっては、初めて人間社会への参加が認められたわけで、なんかホッとした気持ちになった。

 

「じゃあ、今後ともよろしくな。

 あ、改めて言うのも変な感じだが、俺は村長のカレル・コンテだ」


 今度は忘れんなよ?とカレルさんは笑った。


 村長の家を出ると、広場では祭の準備が進められていた。

 さっきの歓迎で落ち着いたのか、村の人たちは特に絡んでくることもなく、皆忙しそうに動いている。


 本当なら5日後に予定されていた夏祭りを、「ミリが生きていた祝い」も兼ねて今日やることにしたそうだ。

 夏祭りの日に特に決まりはないので、今日でも別に問題はないんだって。

 なんか恐縮です。


 大人数は苦手だけど、ここまで準備してもらったら、そりゃ嬉しいに決まってる。

嫌な上司もいないし、コアちゃんから出された宿題をやるためにも、積極的に参加しておこうと思う。


 コアちゃんからの宿題っていうのは、「DPに変換できる食べ物を見つけてきてください」というものだ。


 ダンジョンは魔力を吸収してDPに変換する。

 いつもはコアちゃんがダンジョンの床から取り込んでいるけど、リリと私も吸収することができる。

 リリが飴みたいに舐めている魔石も、しっかりDPになっているのだ。

 新たなDP獲得の手段として、私が積極的に食べたいと思うものを見つけるのは、割と重要なミッションなのだ。


 ダンジョンとは違って、外では私もエネルギーを取る必要があるから、もし美味しくてDPにもなる食べ物があるなら、とてもありがたい。


 おっちゃんが運ぶ大鍋を見ながら、私は期待を膨らませた。


 宴会までは特にすることもないので、私たちは村の家に一旦引き上げ、私はお姉ちゃんにガイドを頼んで村の中を見て回ることにした。

 今日の主役一家として作業を免除された両親とデビリンは一休みするそうだ。


 今さらだけど、デビリンって基本グータラなんだよね。

 森歩きにはしっかりついてきてくれるけど、自分から動くのは約3日に一度魚獲りに行く時だけで、あとはずっと洞窟でゴロゴロしている。


 今も、「気をつけるんですよ?」みたいに一声鳴いて、さっさと丸くなってしまった。

さすがにボス魔物にちょっかいを出してくる人はいないだろうから、気持ちよくお昼寝ができそうだ。


「面白いもの? そんなのあるわけないじゃない。

 ほら、見てみなよ」


 お姉ちゃんは、短い通りに視線をぐるっと巡らせる。


 村長の家の前が広場で、そこと森の間の一本道の両側に木造の家が合わせて20軒ほど並んでいる。

 道は突き当りの細長い建物の前までで、ざっと見て50メートルもない。

 村の全てが見渡せてしまう。


「辺境のさらにどん詰まりの開拓村だからね。

 特別なものなんて何もないのよ」


 とか言いながらゆっくりと村を回り、お姉ちゃんは村の様子を丁寧に説明してくれた。


 確かに何の変哲もない村だった。

 人口は80人ほどだというから、規模としては、村というより集落っていう感じだ。


 だた、私がイメージする辺境の開拓村より、この村はずっと豊かな気がした。


 森の側の細長い建物は、獲物の解体と肉の加工を行う作業場で、広場の隅には井戸と家畜小屋と、森から流れ出た川の水を引き込んだ共同の洗濯場。

 その隣の大きめの建物には、パン作りや織物の作業場にエールの醸造所まである。


 村は簡単な柵で囲われ、柵の外側、草原に続く道の両側に拓かれた畑には、麦や野菜が元気に葉を茂らせている。


「お姉ちゃん、この村って割とお金持ちだったりする?」

「あははは。だったらいいんだけどねえ」


 私の質問に、お姉ちゃんはケラケラ笑った。


「まあ、食べ物には困らないし、薬師も鍛冶屋もいるから、特に不自由は感じないけどね」

「魔物とかの被害は?」

「あんまりないんじゃないかな?

 魔物は森の奥から出て来ないし、狼も村の近くまで来ることはほとんどないよ。

 森に食べ物があるのに、ここまで来る必要がないからね。

 草原の魔物もこの辺りには少ないし、時々角ウサギが獲れるくらいなか。

 聞いた話だけど、この村を作るときに、そのあたりはしっかり調べたらしいよ」

「なるほどねえ。いい場所だったんだ」

「まあ、そうなのかもね。

 でも他の街から遠くなりすぎて、行商人もめったに来ないから、お金を持っていてもしょうがないのよね。

 よろず屋が一軒だけであるけど、珍しいものなんか何も売ってないし」


 そこそこ安全で、作物も育ち、森の恵みもある。

 欲しいものは基本自分たちで作る。

 少し退屈かもしれないけれど、のんびり暮らすにはいい村だと思う。

 最初からこの村に転生していれば、十分満足していただろうな。


 でも、ダンマスの立場で言うと、かなり厳しい

 ダンジョンに滞在してくれる人間も魔石も、この村にはないからだ。。


 この村の大部分は農民で、ダンジョンに来てくれそうな狩人は父さんとお姉ちゃんを含めて6人しかいない。

 月に2頭ほどのボアを狩れば村の需要は十分賄えてしまうし、外に売ることも難しいのだから、人数を増やす必要がないのだ。


 その少ない狩人は、魔物を狩ることはめったになく、従って村で魔石は手に入らない。

 たまに獲れる角ウサギの小さな魔石も、各家庭の魔石ランプなどに使われるそうだ。


「ごめんねえ。魔石は隣の領に行かないと売ってないのよ。

 そのかわり、あたしがなるべく洞窟にいるようにするからさ」

「ありがとう、お姉ちゃん。助かる」


 いかん。お姉ちゃんに気を遣わせちゃった。

 隣町にあるならそこで買えばいいだけだ。

 お金は前世知識でなんとかすればいい。マヨネーズとかリバーシとか、何かあるでしょ。


 今は祭りを楽しまなくちゃだ。

 広場では、気の早い村人たちがエールの木製ジョッキを傾け始めていた。

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