1.シン家族会議
「家族」全員が揃ったのは、それから10日後だった。
お母さんはエイダさんという赤髪とグレーの瞳の人で、お父さんの言う通りどっしりと太っていた。元冒険者だそうだ。
長時間の森歩きは無理ということで、一日目は森の小屋に泊まり、翌日小屋まで私とデビリンが迎えに行くという方法で、なんとか洞窟まで来てもらった。
エイダさんは、小屋で私の顔見るなり、涙ぐんでぎゅっと抱きしめたけど、それからは普通の母親としてふるまった。
10日間考えた末に決めた行動だろうから、私も何も言わず新米の娘として接することにした。
「それにしても、新しい娘が3人もできるなんてねえ。
ミリアムがいなくなって悲しかったけど、これじゃあ落ち込んでる暇なんてなくなりそうだよ」
「3人って?」
「ミリとデビリンとリリに決まってるだろ?」
怪訝な顔で尋ねる長女に、エイダ母さんが言い切った。
デビリンまで娘扱いしたよ!
デビリンは私の姉を自認してるから間違いとは言い切れないけど、母ちゃんすげえな。
とか思ってたら、リリが「違うよ? リリはミリねえの子供だから、お祖母ちゃんの孫だよ?」とか言い出して、またひと騒動起こった。
リリに関しては「ダンジョンから生まれた子」っていう説明をしていて、皆も疑問符を浮かべながら「ダンジョンならそういうこともあるのか」って一応受け入れてくれたけど、誕生の経緯までは話していなかったから、まあ突っ込まれるよね。
ヒュー父さんは、「お前結婚したのか」とか「父親は誰だ」とか「俺への挨拶がない」とか、デキ婚する娘の父親的な台詞をまき散らし、母さんから腹パンを食らって悶絶していた。
腰の入った素晴らしいボディーブローだった。
ギャーギャー言う人がいなくなって、説明はつつがなく完了した。
コアちゃんとも事前に話して、コア部屋の場所以外は全公開することを決めていたので、質問には全部正直に答えた。
リリに「じいじ」と「ばあば」と呼ぶように懇願したふたりは、願いが聞き入れられてゲル状に溶けた。
メイジー姉さんは「ミリパパ!?」って腹を抱えて笑ったので、リリに「メイジーおばちゃん」って呼んでもらって沈めた。
そんなドタバタを経て、ようやく本題に入る。
まずは目の前の問題として、村との関わり方をどうするかだ。
「悩ましいのは、ミリのことを秘密にするかどうかだよな……」
父さんがうーんって唸る。
「いや、さすがにそれは無理なんじゃない?
今回だって、パウロが色々聞いてきたじゃない」
「そうよねえ。
普段村から出ない私が急に森に行き出したら、目立つわよねえ」
お姉ちゃんと母さんが言う通り、私も厳しいと思う。
隠したままにすると、家族がかなり動きにくくなってしまう。
となれば、先に言っておいた方が色々勘繰られなくて済むよね。
「あのさ、私のことは村の人に知られても大丈夫だよ?
私も村に行ってみたいし、その方がダンジョンに必要な情報とかも集めやすくなるからね」
「そうか? それならいいんだけどよ、お前、村のもんにしてみればミリアムだぞ?
大丈夫か?」
「あ、それは説明すればよくない?どこまで話すかは考えるけど」
「いや、ダメだな。
ダンジョンとか転生者とか、話が漏れて、もしダンジョンつぶしに腐れ冒険者でも来たらどうすんだよ」
「あ……」
父ちゃん、ご指摘ごもっともでございます。
私の存在はバレてもいいけど、ダンジョンだという情報は確かに慎重に扱わなきゃまずいか。
いずれはみんなに知ってもらって人が集まるダンジョンにしたいけど、現状を知られてリスクが増えたら意味がない。
「いいんじゃない? 説明すれば」
頭を悩ませる私を見て、母さんが軽い声で言った。
「いや、だからそれが難しいって話だろうが」
「あら、誰がほんとのこと話すって言った?
頭硬いわね、ほんと」
父さんを軽くディスって、母さんは物語を語りはじめた。
「こんなのはどうかしら。
ミリアムは森でボアに襲われてひどいケガをしました。
そこを優しい魔物に助けられて、傷が癒えるまで森の奥の洞窟で過ごしていました。
ようやく元気になったので、村に戻って来ました」
「は?何で魔物が助けんだ?」
「えっと、それは、そうね。
魔物はテイムされているからよ。かわいい女の子のテイマーに」
「じゃあ、そのテイマーはどっから来たんだよ?」
設定がさらに追加される。
「それは、女の子は師匠の魔導士と一緒にこの森の一軒家で暮らしていたんだけど、その魔導士は年老いて亡くなってしまったのよ。
それから女の子は魔物と一緒にその家を守っていました。
そこにケガをしたミリアムが運ばれてきて、女の子は一所懸命看病しました。
って感じでどう?」
「そんな話誰が信じんだよ!?」
それな。
「信じるわよ。だってダンジョンの話より分かりやすいもの。
みんなバカだからね」
「……あー、そうかも」
お姉ちゃん同意。
村人バカなの?
「じゃあ、そういうことで、ミリはケガで記憶喪失ね」
「はい?」
「だって、村のこと何も覚えていないことにしないとおかしいでしょ」
「そりゃそうだな」
父さんも、いいのそれで?
「リリも村に行っていい?」
大人しく聞いていたリリが、おずおずと尋ねた。
「いいわよー。ばあばと一緒に行きましょうねー」
「わーい!」
「リリちゃんは、デビリンのご主人だから、お仕事はテイマーって言うんですよ?」
「わかったー!リリはテイマーさん!!」
……もう記憶喪失でいいか……。
改めて考えれば、デビリンを眷属にしたのはリリだし、私はコアちゃんに命を救われたし、ミリアムさんの記憶は持ってないし、そんなに嘘ってわけでもないんだよね。
死んでしまった幻の魔導士さんのお墓でも作っておけば、つじつまが合ってしまう。
ま、なるようにしかならん。
そんなわけで、ダンジョンであることは隠しつつ、村とは普通に交流する方針になった。
父さんは村の仲間に話して、狩りの拠点としてここを活用したいとのことだ。
ここはデビリンの縄張りで狼は寄り付かないので、小屋よりも安全で、狩人にとってはありがたいことらしい。
人が来れば滞在ポイントが入る。
デビリンポイントがなくなり、魔石も枯れ気味な今日この頃、けっこう助かる。
ちなみにコアちゃんにこっそり確認した家族の滞在ポイントは、母さんが11DPとやや高く、父さんとお姉ちゃんはそれぞれ4DPと3DPだった。
体重に比例するのかと思ったが、コアちゃんに確認したら、保有魔力に比例するらしい。
言わなくて良かった。
その後は、母さんが村から持ってきたお茶を飲みながら、村の話を聞いた。
ちなみに、台所は魔導コンロではなく普通の竈だったけど、薪に不自由する場所じゃないし、灯りはダンジョンパワーで魔石いらずなのですぐに使えた。
水はデビリン用に作った泉があるので、人を迎える体勢は一応整った。
足りないものがあれば村から持ち込めばいいかな。
久しぶりのお茶は美味しかった。
飲食が必要のない体だけど、やっぱ落ち着く。
村に行くのは3日後に決まった。
父さんとお姉ちゃんが先に戻り、デビリンを見てもびっくりしないように話をしておいて、その後に母さんと私が登場するっていう段取りである。なお、初回なので、リリは念のため留守番となった。
じじばばに捕まった孫を置いて、私とデビリンはコア部屋に転移し、寝るまでコアちゃんと話した。
『ダンジョンが少しずつ賑やかになって、ちょっと希望が出てきました』
コアちゃんはそう言って、クリスタルをキラっと輝かせた。
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