12.ミリ・フレッカー
「これからのことを話していい?」
しばらくの間黙って森を見ていたメイジーさんは、私に視線を戻すと、何を吹っ切ったように微笑んだ。
「うん、もちろん」
もちろん後悔はしていないけど、色々ばらしてしまった以上、これからのことをちゃんと決めておかないとまずい。
「まず、家族には話させてもらう。でも、それ以外の人間には秘密にしておいた方がいいと思う」
「うん。それはこちらからお願いしようと思ってました」
ありがたい。
ダンジョンの存在を知った誰かが攻略しようとすれば、出来立ての最弱ダンジョンなんかあっという間に潰されてしまうからね。
「どこまで話していい?」
「任せるけど、全部話してくれて大丈夫です」
ミリアムさんの家族には何も隠さないって決めたから、もう丸投げである。
ご両親を知らないから何とも言えないけど、変に一部だけ秘密にして、後から悲しい思いをさせたりするよりマシだ。
「わかった。
両親に話して、ダンジョンが消滅しないように、できるだけ協力させてもらうわね」
「え?そこまでする必要は」
「いや、これは私のためだから。両親も同じだと思う。
あんたをまた死なせるわけにはいかないのよ。
あ、もちろんあなたは別の人間だとはわかっている、つもり。
もう戻ってこないって諦めてお葬式までしたから、もう気持ちの整理はつけたつもりなんだけど、でも、そうやって、同じ顔と声で話されるとね。
ごめん、ミリ、ちゃん。そこは察して?」
頭を下げるメイジーさんを、私は慌てて押しとどめる。
「大丈夫。私がメイジーさんの立場でもきっとそう思うから」
それに肉体的には、確かに妹さんの体であるのは間違いないんだしね。
「ありがとう。なら、遠慮せずに頼って」
「わかった。そうさせてもらいます」
「うん、任せて!」
メイジーさんは嬉しそうに拳を握り、次になぜか顔を赤らめた。
「あ、それから、もっとフランクに話してくれて大丈夫よ。なんか居心地が悪いし。
えーっと、新しい姉さんだと思って接してくれたら嬉しい。
できれば、その、さっきみたいに、お、お姉ちゃんって呼んでくれたり……」
「ええ?」
「あ、やっぱ無理だよね、気にしないで」
ちょっと渋ってみせたらワタワタしはじめた彼女に、私は妹っぽくニコッと笑ってみせた。
「これからよろしくね、お姉ちゃん」
「うん。えへへへ……」
速攻でデレたし。
新しい姉は超チョロかった。
ありがたく頼らせていただきます。
多分私に気を使って、悲しい気持ちもあるの隠してくれるんだろうけど、ちゃんと妹になって、ダンジョンを発展させて、必ず恩返しするから。
その後、私たちはそれぞれの家に戻った。
新お姉ちゃんはそのまま洞窟に来たがったが、長女まで森で行方不明にさせるわけにもいかないので、さすがに断った。
そのくらい自分で気づきなさいって言ったら拗ねたよ。
5日後、またこの小屋に集まることになった。
もし、ご両親が来たかったら一緒に来てもいいかと聞かれたので、歓迎するよって答えた。
フレッカー家として味方になってくれるならすごく心強いし、そうじゃなくてもきちんとご挨拶はしておきたいしね。
ダンジョンに戻って、いつもの感じでお帰りを言ったコアちゃんに、今日の顛末を話した。
話す途中で、相談もせずにダンジョンの話をしてしまったんだって気付いて、冷汗を流しながら謝ったが、そこは逆に、人間に存在を知ってもらえたと喜んでくれた。
リリとデビリンが騒いで気づかれたことと、私が弓矢の前に立ったことはしっかり怒られたけど。
でも、コアちゃんは許してくれたけど、ダンマスの行動としては赤点だったと思う。
結果オーライであっても、そこはちゃんと反省しなきゃだ。
ダンジョン内の情報共有が終わると、受け入れ態勢の話になった。
メイジーさんは、もしかしたらご両親も、近々このダンジョンに来ることになるだろう。
となると、最低限お客様を迎えられる形にここを整えなくちゃならない。
問題は費用だ。
新しい階層を作るには最低500DPかかるらしい。
魔石で稼いだから払えないこともないけど、拡張はその先のことも考えながら計画を立ててやりたいから、ほぼ身内だけのためにイレギュラーな階層は作りたくはないんだよなあ。
他にお客さんが来る見込みもないし。
私とコアちゃんが悩んでいると、リリがきょとんとした顔で言った。
「お家だけじゃダメなの?」
『どういうことですか?』
「えっと、例えば、洞窟の前の広場だけ、ダンジョンに組み入れるでしょ?
そこに、ゴースト階層のパーツのお家だけ置けば、100DPくらいでできるよ?」
「ほんとに?」
『……確かに可能ですね。
その方法は盲点でした』
どうやらコアちゃんには、階層を作ってないのにパーツだけ使うっていう発想はなかったらしく、リリの提案は目から鱗だった。
翌日、おもてなし施設は140DPで設置された。
内訳は、敷地120DP、建物20DPである。
屋外をダンジョンに取り込むのに意外とDPが必要だったが、ゴースト階層用の家は日の光の下では禍々しさのない普通の古屋敷で、家具も込みだったのを考えれば、結果お買い得だったと思う。
お風呂完備だし、家具は古かったけど使う分には問題はなく、むしろアンティークっぽくて家の雰囲気にマッチしていた。
「デビリーン!会いたかったよー!
ミリー!来たよー!!」
シン姉がいきなりやってきたのは、家を建てた次の日、約束の日の3日前のことだった。
葉っぱ箒で家の掃除をしていた私は、その声に慌てて玄関に走った。
そこにはデビリンに抱き着く姉と、その後ろで座り込む中年男性がいた。
「あ、ミリ!
ごめん、待ちきれなくて来ちゃった。
山の麓って聞いてたから割とすぐにわかったよ!
あ、こっちは父さんね。
父さん、この子が話してたミリ。
ミリアムの体を守ってくれた異世界人ね」
「あ、こ、こんにちは……」
「お、おう……。ヒューだ」
メイジーの勢いに押されて、私と「父」はしまらない挨拶を交わす。
多分デビリンを見て尻もちをついたんだろうけど、その姿勢での初対面はどうかと思う。
「あの、ほんとに、ミリアムじゃないのか?」
私が差し出した手を取って立ち上がりながら、ヒューさんはわたしの顔をまじまじと見た。
「はい……。心は別人です。すみません……」
「そっか、そうだよな。雰囲気もしゃべり方も全然違う……。
わりぃな、でも、もう一回あんたから話を聞かせてくれるか?
頭ではわかってんだが、まだ納得できねえんだ」
「いえ、当然だと思います」
ヒューさんが私を見つめる表情には、嬉しさと戸惑いが入り混じっていた。
家に場所を移し、私は改めてこれまでの経緯を話し、いくつか質問に答えた。
「――わかった。ありがとな」
ヒューさんはそう言って、自分を納得させるように何度か頷いた。
「じゃあ父さん、決まりってことでいいよね?」
それまで黙って聞いていたメイジー姉さんが、パンと手を打って、ちょっとしんみりした空気を払う。
「おう!
っつーわけで、メイジーが前に言ったと思うが、フレッカー一家はこれからお前さんのダンジョンに全面的に協力する」
「え?」
いきなりの宣言。
嬉しいけど、そんな簡単でいいの?
「あの、奥さんとかは……」
「あ、母ちゃんな。
もちろん母ちゃんも了解してる。
来たがったんだが、太ってっから歩くのおせーんだよ」
「あ、はい」
「よし。じゃあ、今から俺のことは親父だと思ってくれ。
遠慮せずに『パパ』って呼んでくれていいんだぞ?」
「いや、それはちょっと」
ちょっと押しの強い「父」は、ガーンって顔で固まった。
もちろん打算もゼロじゃないけど、ゆっくりでも家族になっていけたらいいなと心から思った。
――こうして私は「ミリ・フレッカー」になった。