11.魔物姉と人間姉
「ミリねえ、あれ何?」
リリの声に、ハッと我に返った。
「お家だよ。人間のお家」
私はデビリンから降り、様子を伺おうと歩き出した。
背後でリリが興奮した声を上げる。
「人間? 冒険者さん?
デビリン! 冒険者さんのお家だって!」
「ぐおー!」
「やったー! 冒険者さんだー!」
「ぐおおーん!」
早とちりで大喜びをするリリと、それが嬉しくて吠えるデビリン。
多分冒険者じゃないけど、私がそれを言う隙はなかったし、人がいるかどうか確かめる時間もなかった。
だから、声を聞いて中から人が飛び出してきたのは、一種の不可抗力だと言うしかない。
バン!と小屋の扉を開けて飛び出してきたのは弓を構えた若い女性だった。
びっくりして立ち止まる私を見て、彼女は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに表情を引き締め、鋭い声で言った。
「動かないで!」
私は反射的に両手を上げる。
何で?いきなり敵認定?って思ったけど、すぐにその人の弓を持つ手が細かく震えていて、視線は私の後ろに向けられれているのに気づいた。
ああ、確かに……。すみません、やっちまいました。
でも、射らせるわけにはいかない。
私は手を上げたままゆっくりと後ずさり、バッと振り向き、デビリンに抱き着いた。
「なっ!」
声を上げる彼女に顔を向け、私は笑顔を作る。
「大丈夫です。この子は私の友達なので怖くありません。
ほら小さな子が背中に乗ってるでしょ?」
デビリンの背中に伏せるリリを指差す。
彼女は驚いて目をみはった。
大きな頭の陰になって気づかなかったようだ。
私とデビリンとリリにの間で、しばらく視線をさまよわせた後、彼女はゆっくりと弓を下ろした。
緊張が解け、私はホッとため息をついてへたり込んだ。
「ぐお?」
大丈夫?と顔を寄せるデビリンを支えに立ち上がり、私はガバっと頭を下げる。
「驚かせてすみませんでした!」
「い、いや、それはいいんだけど……。
ミリ、だよね?」
彼女が微妙な表情で尋ねる。
なぜ名前を知ってる?
「……はい、そうですが……。
あ!」
私は自分の失敗に気付く。
もっと慎重に行動すべきだった。
この人は多分、この体の元の持ち主の関係者だ。
「間違ってたらごめんなさい。
あなたは私のこと知ってるんですよね?」
「知ってるも何も……。
あんた、実のお姉ちゃんの顔を覚えてないの?」
「……お姉ちゃん?」
「ぐぁ?」
呼ばれたと思った姉ポジの魔物が返事をする。
「あー、デビリンのことじゃないから」
「ガウ?」
「何ですって?って言ってます」
デビリンに続きリリまで通訳で参加してきて、シリアスな雰囲気がぶっ壊れた。
とりあえずデビリン睨んでるから返事しなきゃ。
「うん、ごめん。デビリンはお姉ちゃんだね」
「あんたの姉はそこの魔物じゃなくてあたしでしょっ!?」
「ちょっと黙って!」
私が思わず叫ぶと、彼女はわかりやすくキレた。
「ミリこそ黙んなさいよ!
あたしのこと忘れて魔物をお姉ちゃんて呼ぶなんておかしいでしょ!?
大体ね、生きてるなら何で家に帰って来ないのよ!?」
「いや、それには事情があって……」
「事情って何よ!?」
「グォン! グゥゥ」
「妹をいじめるな、齧るよって言ってます」
「は? 齧れるもんなら齧りなさいよ!
魔物が怖くて狩人やってられるか!」
「がう!」
「あ、バカって言った!
バカはあんたでしょ!?バーカ!」
「ガーウ!」
「バーカ! バーカ!!」
「ガーウガーウ!!」
レベル低すぎて通訳要らなくなってんじゃん……。
私は何を見せられているんだろう?
「ケンカしちゃダメ!」
ズリズリとデビリンの頭を伝って、リリがふたりの間に降り立った。
「デビリンも冒険者さんも仲良くしないとダメです!
ミリねえはみんなのミリねえだから、冒険者さんがミリねえのお姉ちゃんになりたいのなら、ちゃんとみんなにお願いしてください!」
「いや、そういうことじゃ」
「お話の途中で口を出すのはダメってミリねえが言ってました!」
「あ、はい。すみません」
「それからデビリンも冒険者さんも、バカって言っちゃいけません!」
「はい……」
「ぐぅ……」
「どうして言っちゃいけないかわかりますか?
悪口っていうのはですね……」
熊の魔物と人間の女が、並んで幼女に説教食らっている。
感動の再会のはずが、どうしてこうなった?
私は完全に蚊帳の外だ。
リリのお説教が終わり、魔物と人間がお互いに謝罪するのを、私はぼーっと眺める。
よくわかんないけど、和解が成立したようで何よりだ。
「はい」
姉(仮)がおずおずと手を挙げた。
「はい、どうぞ」
司会のリリさんに発言を許可された姉(仮)は、すがるような目で私を見た。
「ミリ、お願いだから説明して!」
「うん、そうだね。私もお姉ちゃん?の話聞きたい」
サイズ的にデビリンが小屋に入れないので、屋外での会談となった。
小屋脇の広場に丸椅子を2つ運び出し、私と仮姉が座る。
リリは私の膝の上、デビリンも行儀よく座っている。
流れから言えば私が話す感じだが、その前に身元確認をしておきたい。
目の前の姉らしき人とその妹らしきこの体で亡くなった「ミリ」について。
「私の話をする前に、ひとつお願いがあります。
私はあなたとあなたの妹について、何も知らないの。
だから、まずそれを教えて欲しい」
彼女は私の目をしばらく見つめて、フッと息を吐いた。
「……ふざけてるわけじゃないみたいね。
記憶を無くしてるの?」
「それについてもあとで説明する」
「……わかった。
あたしはメイジー。メイジー・フレッカー。
森を抜けたところの村に両親と暮らしてしている。
そしてあんたはミリアム・フレッカー。あたしの2つ下の妹よ」
ミリアムか。だから「ミリ」って呼んだのか。変な偶然だ。
いや、白いおっさんが相性のいい体に転生するって言ってたから、名前もその相性の一つなのかもしれない。まあ、今となっては確認しようもないけど。
「あんたは、3ヶ月前、森に薬草を取りに行ったまま帰って来なかった。
探したけど、ナイフと籠しか見つからなかった。
狼の足跡があったから、襲われて死んだんだと思った。
お葬式もあげたわ。父さんも母さんもあたしも、すっごく泣いた。
だからね、ミリが生きてるのを見た時、びっくりしたけどすっごく嬉しかった。
でも、何?
女の子と魔物と一緒だし、私を覚えてないだって?
おかしいでしょ、そんなの!
ねえ、デビリンもおかしいと思うよね!?」
「ぐぅ」
デビリンに話を振ったのも、デビリンが同意したのも意味不明だけど、転生直前の状況はわかった。
うーん。どこまで話したらいいんだろう。
記憶喪失のふりとかしてごまかすことはできそうだけど、それはメイジーさんにも死んでしまったミリアムさんにも失礼だ。
体を引き継いだ者としては、メイジーさん家族にはちゃんと向き合わなきゃだ。
――よし、決めた。
正直に話そう。
そんで拒否されたらしょうがない。
「メイジーさん。じゃあ、私の話をするね。
信じられないかもだけど、嘘じゃないから、とりあえず最後まで聞いて?」
「……うん。わかった」
私は、これまでのことを残らず話した。
驚いたのは、途中でデビリンが口を挟んできて、ミリアムさんが亡くなった状況がわかったことだ。
彼女はデビリンの縄張りの近くで、猪に襲われて亡くなったみたいだった。
デビリンは猪を追い払ったあとに、傷だらけの私を家に運んで、保護してくれたらしい。
理由は「妹だから」。「私が舐めたから傷が治った」(翻訳リリ)って得意そうにしてた。
違うけど、お持ち帰りの理由が嬉しくて、心からお礼を言った。
ミリアムさんが亡くなった直後に私が転生して、意識を取り戻す前に追撃されたって感じか。
……最悪じゃん。
放置されたら多分森で死んでたな。
よくわかんないけど魔物の妹でよかった。デビリンに殺されたんじゃなくてよかった。
そんな話も含め、転生者であること、ダンマスになる経緯、今の生活など、私は隠すことなく話した。
「……わかった。信じられないけど信じる。
……そっか、あの子は死んじゃったのね……」
メイジーさんはため息をついて森の奥を見つめた。
木の葉が風に揺れていた。