9.魔石ゲット!
湖からある程度離れたところで、リリに辺りを警戒してもらいながら川を覗き込むと、白い石が目についた。
「石英みっけ!」
川の流れは緩やかで、水は透き通っている。
底にはざっと見ただけで10個以上の石英が転がっている。
あちこちで見つかるってことは、この世界でも地球同様そんなに珍しい鉱物ではないのだろう。
でも、それ以外の魔石の元になる石を知らないんだから、今の私にとっては重要なアイテムだ。
数を集めれば、その中に魔石化したものもあるかもしれないし、結晶化して水晶になっているやつだったら、魔石じゃなくても嬉しい。
湖から流れ出たばかりの川は幅が1m足らずで、深さはせいぜい膝下くらいだ。
念のため水中を確認するが、ちらほら小魚が見えるだけだ。安全っぽい。
ゆっくりと水に手を入れ、石英を拾い上げる。少し青味掛かっている。
水は心地いいくらいの冷たさだ。
早速背中の魔石鑑定士様に渡してチェックしていただく。
「みりねえ、ましぇき!」
「マジ!?」
「おいちーい!」
「え?」
カラカラと口で転がす音がするので、飴みたいに舐めているようだ。
そんなバタバタするほど美味いの?
ちょっと興味が湧いてきて、私も新しいのを拾って舐めてみた。
「あ、いけるかも……」
もちろん石なので味はしないけど、じわーっと栄養が体に入っていく感じ。
味覚が人間の私にはそこまで美味しくはないが、ダンジョンコアであるリリにとっては、きっとすごい美味なんだろう。
よし、そうとわかればガシガシ拾っていこう。
川に沿って移動しながら、どんどん魔石を集める。
うっすら黄色掛かった水晶も見つかった。
完全に透明だったら見つけられなかっただろうから、ラッキーだった。
初日での想像を超える収穫に、私は調子に乗っていたんだと思う。
反対側の岸近くの大きな石に手を伸ばしたところで、軸足を滑らせ、私は水の中に顔から突っ込んだ。
リリがぎゅっとしがみつき、私は慌てて両手を突っ張り、リリを水面に持ち上げる。
「痛っ!」
川底に着いた手に痛みが走って、立ち上がろうとしたところでまたこけて、次の瞬間、私はコア部屋の床に這いつくばっていた。
「みりねえ、てんいしたからだいじょうぶだよ?」
ごそごそとおんぶ紐から抜け出し、心配そうに私の顔を覗き込むリリの声に、ハッと我に返る。
そうか、リリが助けてくれたのか。
「ありがとう、リリ。
リリは怪我しなかった?」
「うん。だいじょうぶ」
「よかった……」
『よかったじゃありません』
コアちゃんの怒った声が脳内に響く。
『転移させたのはわたしです。リリのタイミングでは、マスターはもっと傷を負っていました。
それよりも、リリは驚いて隠蔽魔法を解除してしまったことが問題です。
反省してください!』
「はい、おかあしゃん……」
「いや、リリは悪くないよ。私が不注意だっただけだよ。
それに、小さな子にそんなに強く言っちゃかわいそうでしょ?」
『そう思うなら、しっかり行動してください!
あなたは魔物に襲われて怪我をしたんですよ?』
「襲われた?」
私は川で痛みを感じた右手を見るが、どこにも傷はない。
「何でもないけど?」
『それは転移後すぐに治療したからです。
ああ、こんなことならもう少し痛みを味わってもらってから治すべきでした』
「ごめんなさい……。
でも魔物なんかいなかったよ?」
『いました。いえ、今ここにいます』
「え?」
「みりねえ、あしょこ」
リリが指差す先には、一匹の鰯サイズの魚がピクピクしていた。
巻き込まれて一緒に転移しちゃったみたいだ。
「魔物? あれが?」
『魔力があるので魔物で間違いありません』
「そうなんだ……」
見ていると、一回小さく跳ねて動かなくなった。
「死んだ?」
『はい。中に小さな魔石があるはずですが、探してみますか?』
「いや、結構です!」
包丁もないのに、できるわけがないじゃん。
そもそも生魚の解剖とか無理!
『では、ダンジョンに吸収していいですか?』
「吸収? どーぞどーぞ!」
『わかりました』
その言葉とともに、死んだ魚がじわーっと溶けるように消えてゆく。
おお。これが吸収っちゅうもんなんや!
『完了しました。1DPになりました』
「ありゃ、ちょっとだけだったね。
でも、コアちゃん、なんか嬉しそう」
『はい。初めてでしたから、少し感動しました』
「そっか! 今まではデビリンの滞在ポイントだけだったもんね。
おめでとう!」
『あ、えと、ありがとうございます……』
照れてるっぽい。
小魚魔物のおかげで、機嫌が直ってよかった。
じゃあ、もっとご機嫌になっていただきましょう!
私はマジックバッグを逆さまにして、本日の成果をじゃらじゃらと床に広げる。
石英が半分以上だけど、魔石が30個くらいあるから、初回にしては大漁だと思う。
「コアちゃん、見てたと思うけど、これ魔石だよね?」
『……はい。ただの石もありますが、32個は魔石です。
魔物由来じゃない魔石がこんなにあるとは驚きました。
あの川の水はかなりの魔素を含んでいると思われます』
「水か!ということは湖になんか秘密がありそうだね。
OK、それは今度調べるとして、コアちゃん、吸収してみよっか?」
「えー、リリの分は?」
リリが、慌てた声で割って入った。
あ、そうだった。リリのごはんでもあるんだった。
「ごめん! じゃあ、コアちゃんとリリでお願いします」
「みりねえは?」
「私にはそんなに美味しくないから、気にしないで食べていいよ」
「わーい! ありがとー!」
コアちゃんのOKも出て、リリは9個の魔石をいそいそと棚に運んだ。
残り23個をダンジョンが吸収してゆく。
DPがどのくらい増えるか楽しみだ。
『完了しました』
「おお! DPどのくらい増えた?」
『192ポイント増加しました。
内訳は、結晶したものが43DP、非結晶のもの22個の合計が149DPです』
「そっかあ……」
期待してたほどじゃなかった。
あの黄水晶でも43DP。デビリンの4日分より少ないのか。
『がっかりしているみたいですが、1日でこれだけ増えたのは初めてです。
ありがとうございます。嬉しいです!』
コアちゃんは満足したようだ。
そうだね、前向きに考えよう。
水晶がなくとも、石英タイプを毎日集めれば150DPくらいは稼げるってことだ。
うん。そっちの方が堅実だわ。
そんで、水晶はちょっとしたご褒美みたいな感じで考えればいい。
「よし、決めた!
明日から、川で魔石拾いをするよ」
『……わかりました。
でも、落ちないように気をつけてください』
「了解! ちゃんと気をつける!
リリもよろしくね!」
そう言って振り返ったら、リリの姿がなかった。
「コアちゃん、リリは?」
『え?
……あ!デ、デビリンちゃんのところにいます!』
「ええ!? なんで!?」
コアちゃんが目の前に洞窟の画像を映し出す。
リリが、いつの間にか帰ってきていたデビリンに何か話しかけている。
デビリンが顔をリリに向け、私は思わず目を覆った。
『な、舐めました』
「え?」
コアちゃんの困惑した実況に目を開けると、言葉通りデビリンがリリの顔をベロベロなめまわしていた。
リリはキャッキャと笑っている。
「……懐いた?」
『……いえ、パスがつながりました!』
「どゆこと?」
『リリのお手柄です!
デビリンちゃんがこのダンジョンの眷属になりました!』
コアちゃんがドヤ声で言った。
私も一瞬喜びかけたが、重要なことに気付き、途中で歓声を飲み込んだ。
「……コアちゃん、デビリンの滞在ポイントってどうなるの?」
『あ……』
この日、唯一の安定収入が途絶えた。