三話 まずは今後の計画を立てましょう!
案内された部屋は無難な客室でした。今日は疲れただろうから話は明日聞く、とにかく休めとヘーゲルさんに強引に押し込まれた。まあ確かに馬車に長らく乗っていたから疲れているし、今後の計画をもう一度よく考えたいとも思っていたから丁度いい、有難く休ませてもらおう。
使用人のふくよかで人好きのする笑顔を浮かべたおば様に手伝って貰いながら湯浴みをし、丁寧に髪を乾かして貰ってから寝支度をする。いつの間に用意したのか、おば様は温かな紅茶とシンプルなクッキーを窓際の小さな丸いテーブルの上に乗せるとすぐにドアの前に移動し、一礼をしてからお休みなさいませと告げ静かに部屋を後にした。ありがとうございますとお礼を言い、そのテーブルの脇にある一人がけの木製の椅子に腰掛ける。クッションのおかげで椅子の固さは緩和されている。ゆっくりとカップを持ち上げ紅茶を飲む。美味しい。クッキーもつまむ。これまた美味しい。疲れた体に甘味が沁みる。
まずは状況確認よ。とりあえず潜入成功、幸先は良いわ。そしてこのお客様扱いは……まあいいでしょう!うんうん、許容範囲、許容範囲!きっとあの男はお父様に確認の手紙を送るでしょうね。なぜ妹が来たのか、なぜアイリーン姉様が来ないのか、姉様は今どうしているのか。くっくっく……お父様にはこう返してと指定済みよ!
『アイリーンは貴方様に嫁ぐのは嫌だと言い、家を出ました。なので行方は分かりません。申し訳ないのですが妹のクルシェを代わりに貰ってください。返された場合、某男爵の後妻になります。巷で噂のスケベ爺です。可哀想なので返さないで下さい、よろしくお願いします』
ってね!!
うんうん、我ながらナイスな文面ね。この手紙のやり取りの間に私がする事は、あの男の弱点を探ること。何でもいい。嫌いな食べ物、嫌いな花の匂い、嫌いな場所、嫌いな人、嫌いな動物、嫌いな音……とにかく嫌いなもの探しよ!本人は言わないだろうから周りの人達にさり気なく聞いてみよう。さっきのおば様とか我が家に来た時に連れていた側近の方とか。
分かり次第、嫌がらせ開始よ。さり気なく嫌いな物を食べさせたり、嫌いな匂いの香水を振りまいたりして不快にさせてイライラさせる。そこに生意気な事を言ってヘーゲルさんに手をあげさせる。叩かれた私、悲鳴を上げて泣き喚く。家に帰って療養という名の下準備。茶会や夜会でヘーゲルさんに叩かれたと泣きながらアピール。ルスタン伯爵家没落……こうよ!!
いや、没落はやり過ぎか?でも姉様、泣かせた……許せない……でも領民に罪は無い……悩ましい。それになにか事情があったのかもしれないし、ちゃんと諸々の確認をしてから実行に移すべきよね。冤罪ダメ絶対。でも姉様を泣かせた分は確実に報復するわ、私の心の安寧のために。
紅茶も飲み終わったし、そろそろ寝ましょう。軽く口内をゆすぎ、ベッドに入る。一人用のふかふかベッド。姉様も今頃は隣国の宿で寝ている頃かしら?会いたい、アイリーン姉様。ここを出たら姉様のもとへ行こう。二人で暮らすの。女神と二人暮しなんて贅沢……この世における最上の幸せ……。にへにへとだらしのない笑みを浮かべながら眠りについた。
次の日。ドアのノック音で目を覚ます。
「起きているか」
「……はぁい、いま起きまぁす」
ゆっくりとベッドから降り、欠伸をしながらドアを開ける。目の前には壁。まだ夢の中らしい。
「……あー、かべ?」
「寝惚けているな。起きろ、クルシェ嬢」
「んー?んー……」
壁から手が伸びてきて肩を掴まれる。前後に揺さぶられ、頭が覚醒しだす。これは、壁では、ない……ヘーゲルさんだ!!
「おはようございます!」
大きな声で朝の挨拶をする。私は目が覚めましたとのアピールである。なんて事だ。ここは我が家ではない、敵地だ!幸せな夢に溺れていたからか、なかなか目の前の現実に帰って来れなかった……なんなら今でも夢に溺れた過ぎる。アイリーン姉様との二人暮しが幸せすぎたのだ。
「目が覚めたようだな。では着替えたら食堂へ」
「分かりました」
最低限の会話をしてヘーゲルさんと別れ、身支度を整えてから部屋を出る。昨日、私の世話をしてくれたおば様が部屋の側で待機していた。
「食堂まで案内いたします」
「よろしくお願いします」
食堂までの道のりの間に軽く自己紹介をして名前を聞き出す。マーサさんね、覚えたわ。仲良くなって主人の弱みを洩らしてもらわないと。
「ここが食堂でございます」
「ありがとうございました」
軽く会釈をしてから食堂へ入る。広い部屋にデカいテーブルがど真ん中にドーン!そしてデカい男が真正面にズーン!え、座らないと駄目?駄目か、知ってた。うん、部屋でゆっくり一人で食べたい。
「来たか」
「はい」
執事と思しきナイスミドルが椅子を引いてくれたのでそこに座る。すぐに朝食が用意され、湯気と香しい匂いが広がる。数種類のパンに目玉焼きとカリカリベーコン、サラダ、スープ。なんともありきたりな朝ごはん。素晴らしい。私、朝は毎日同じ物が食べたいタイプなのだ。このありきたりさ、ほっとする。パンを手に取り、小さくちぎって口に入れる。小麦の甘みが広がる。フォークとナイフを手に取り目玉焼きとベーコンを一口サイズに切ってこれも口に入れる。うーん、美味。
「……クルシェ嬢、食べながらでいいから聞いて欲しい」
「……」
「まず事情を聞くためアドゥル伯爵に手紙を出す。その返信が来るまでに君には身の振り方を考えてもらう。一、家に帰る。二、ここで仕事を見つける。三、私以外の誰かと結婚する。四、私と籍だけ入れて一年後に離縁する。今すぐでなくてもいい、じっくり考えて決めてくれ」
「もぐ、もぐもぐ!」
「まず口の中のものを飲み込んでから話そう」
身振り手振りでは何も伝わらない、伝えられない。なんて事だ……私は家族に甘えていたのを忘れていた。言葉にしなくても家族にはわりと伝わったから結構ジェスチャーで済ますことが多かったのだ。外ではちゃんとお淑やかに話すのよってお母様から口を酸っぱくして言われていたのに!やってしまったー!!
「もぐ……四を選んだ場合、私は離縁した後どうなるのですか?」
「ここを出てどこか気に入った所に住むなりアドゥル邸に帰るなり好きにしたらいい」
「ここに残りたいと言ったら?」
「……仕事をするなら、許可する」
ふむ。なら四かな。一は有り得ない、二は仕事をしている場合じゃない、三は相手を探すのが面倒。うん、四だわやっぱり。
「四で」
「早くないか?もう少し悩んでいいんだぞ?」
「はい。四で」
「あはは!面白いね、この子」
急に第三者が会話に入ってきた。




