Earth(6月17日)
後悔もあってか、教室までの道のりはやや長く感じた。
それでもいつもの見慣れた風景が近づいてきた時、雫星が先に戻ったはずの教室からは激しく机を叩くような物音が聞こえ、僕は思わず肩をビクッと震わせてしまう。
「どうしてあんたなんかが陽と!」
その後に聞こえてきた声は、話し声と言えるようなそんな生易しいものではなく、僕にとっては身近な人の怒鳴り声に思えた。
「あんたなんか、死ねばいいのに……」
その一声に僕は驚きで一歩立ち止まってしまう。
僕が驚いてしまう理由には二つあった。一つは僕だけは実際に雫星がそうなってしまうことを知っているということ。もう一つはその声の主がもう帰ったはずの結月の声だと確信したからだった。
けれど結月の怒っている声なんて幼馴染の僕でも聞いたことがあるのかどうか。だからこそこの短い時間で何があったのかを僕は知りたいと思った。
それでも面倒事から避けるように生きてきたこともあり、僕が喧嘩に頭を突っ込んだことなんて人生でもほぼ無いと言える程だった。
どう自分がこれを仲裁できるのか、それが分からず一歩を踏み出せないまま続く会話が僕の耳へと入って来る。
「私が死んだら……喜んでくれるの?」
雫星がそう言ってから少しの静寂があり、雫星の言葉に結月が多少なりとも動揺していることだけは分かった。
「は?何言ってんの……?それは、当たり前でしょ。」
それでも結果的にその一言を言わせてしまうことになり、僕の驚きは恐怖にも変わる。
「そっか、なら絶対だよ。約束ね」
その会話は短くも鮮明に僕の頭の片隅に響き、僕は残りの教室までの僅かな距離を一気に駆け抜けていた。
「結月!」
辿り着いた教室の入り口で、僕は結月に対して初めて声を荒げていた。
そんな僕にはその場にいた全員の視線が集まり、そこで初めて教室には結月と雫星だけではなく、火ノ川と宙斗もいたことを知る。
現状を目視しても、そこには耳に入って来た内容と同じ光景が広がっているだけで、何も読み取れるようなことはなかった。
それでも僕にも確かだと思えることがある。それは結月が本心からそんなことを言っているわけではないということ。それなのにどこか雫星だけは本心でそう言っているように感じ、その真意は分からなかったが僕の心はとても痛んだ。
そしてたとえこれが結月が何かの間違いで、軽はずみな気持ちで言ってしまっていたとしても、いずれ取り返しのつかなくなることだと思った。
「陽?どこに行ってたの?」
その瞬間、結月はふと顔色を戻していたように見えたが、僕が結月からの質問に答えることはなかった。
何故なら僕が一番に心配していたのは、結月ではなく雫星の方だったからだ。
不安な気持ちで雫星に目を向けると、雫星は傷付いているのか平常心なのか。その様子からでは分からないものがあった。
「もう、今日は帰ろう……」
今の雫星に僕から言えるのはこんなことだけだった。
けどそんな僕の言葉にも、雫星はただ静かに従っていた。