Saturn(3月6日)
その後迎えた学年末。僕たちの中で進学というプレッシャーは既になくなっていたが、退学だけは避けなければならないことに変わりはない。
けれど前回とは違い、僕たちは自ら勉強会へとその足を向かわせていた。
その動力となり大半を占めた理由が楽しかったからという一言に尽きるが、その中で誰よりも雫星が一番楽しんでいたようにも感じていた。
「雫星ー!見て!」
テストを終え返却されたその日に僕たちは雫星の病室へと向かい、結月は自慢気に自分のテスト用紙を見せていた。
「ちゃんと雫星が教えてくれたミロのヴィーナスも正解したよ!」
それは現代文の科目だったが、結月の口からそんな言葉を聞く日が来るとはと感慨深い気持ちにもなる。
「あっ俺それ間違ってたわ」「結月が答えられるなんて意外だね」
悔しそうな宙斗に続き、火ノ川も僕と同じような感情でそう言っている。
「だってなんか私たちに似てるなって思ったから」
結月の言葉に僕たちは皆が首を傾げる。
すると結月は嬉しそうに自分の教科書を取り出し、写真を指差しながら話し出す。
「これ。ミロのヴィーナスって今は腕が無いけど、元々はあったんでしょ?
腕が無い今の方が美しいって言われてるけど、私はそんなことはないんじゃないかなって思うの。
だって腕が無かった状態が一番だったなら、最初からそう作ればいいだけの話でしょ?」
結月の言葉に少し微笑んだ火ノ川が言う。
「確かにそうだね。
でも元に戻そうと作り直したけど、どの形の腕も合わないから今の形が結局一番美しい状態なんじゃないかって結論付けられた」
「そう!それがどこか今の私たちに似てるなって思ったの。
私たちも誰かが欠ければ、その代わりになれるような人なんていないから」
そう言った結月の視線は真っ直ぐに雫星へと向けられていた。
「うん、そうだね」
少し間をあけてそう言った雫星は、切なく見えつつも笑っていた。
そして雫星は僕たち一人一人に目を配った後、一息吸い込み表情を整えて言う。
「知ってた?ヴィーナスには金星って意味もあるんだよ」
雫星の話に皆が知らなかったと同じ反応を示す中で、そんな僕たちを見た雫星は得意げになって言った。
「死んだらみんな星になるって言うし、それなら私は金星になれたらいいなって思ってるんだ」
死について、明るく受け入れたように話し出す雫星に、一瞬は誰もが口を開こうとはしなかった。
けれど覚悟を決めたのか、唯一火ノ川だけは呆れたような切ない笑顔で聞き返す。
「どうして、金星なの?」
その質問を聞いた雫星は待ってましたと言わんばかりの笑顔で続けた。
「金星って春から夏にかけて地球に最も近づくの。
夏といえばお盆があって、みんながお墓参りに来てくれるでしょ?
そんな時に一番の特等席で会えるなんて幸せじゃない?」
雫星の夢は僕たちとは違って既に死後の世界に広がっているようだった。
それを否定したいとも思ったが、雫星にとっては輝かしい夢であることに違いはない。
何も言えずに固まってしまう僕たち三人の傍で、その現状を察した火ノ川だけが僕たちの代わりにもう一度口を開いていた。
「そうだね。」
その全てを目にした雫星は、どこか込み上げて来る感情を必死に隠すように懸命に口角を上げていた。




