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Earth(6月13日)

 それからまた二日が過ぎた月曜日。内海先生から今日の放課後は予定があるから授業は出来ないと告げられた。

 僕はそれを嬉しく思ってしまったが、まず第一になぜ僕があの場に必要だったのかを聞きたくなった。

 すると、それを聞かれた内海先生は当たり前のようにこう答えた。

「一人で授業なんて可哀想だろ?

雫星は授業が好きかもしれないけど、実際に憧れを抱いているのはそこではない。

それに俺は授業そのものが大事だとは思わないし、学校のあるべき姿もそれが正しいとは思わないしな。

一番大事なことは、一緒に同じことに取り組む仲間がいるってことだ。

地崎が逃げずに日々乗り越えられているのも、それが大きな要因だろ?

逆に言えば、いくら好きなことであっても、一人と二人では訳が変わってくるって話だ」

 その答えには分かりそうで分からないことが多くあった。

 確かに雫星と違って僕が一人で過ごす時間は短く、いつも周りには三人がいる。つまりはそんな悩みさえ持ったことがない僕には、分かるはずもないのかもしれない。

 だけど全く理解ができないというわけでもなかった。一人になることを恐れている自分がいるからこそ、三人の存在をありがたくも思っている。

 結果それこそが雫星を放っておくわけにいかない理由にもなっていた。





「おはよう!」

 今日も雫星の朝は夕方から始まる。

「おはよう。今日は先生が抜けられない用事があるから授業は出来ないってさ」

 僕が伝えると、雫星は見るからに機嫌を損ねているのが分かった。

「代わりと言ってはなんだけど、僕の好きな場所に案内しようか?」

 それを聞いた雫星の変わり身の早さは凄まじく、すぐに嬉しそうな顔になり大きく頷いていた。



 そこは僕たちのいた教室から歩いて数分の場所。僕にとっては学校の中でも数少ないオアシスであり、その場所こそが……

「食堂だ!」

 普段は一定のテンションでしかない僕が珍しく感情を高めて言った。それを聞いていた雫星は多少の驚きはあったと思う。

 一歩食堂の中へ足を踏み入れると、雫星は辺りを見回しては何事もなかったかのようにまた僕の方を見る。きっと雫星にとっては感情が揺さぶられるようなものが見当たらなかったのだろう。

 確かにメインの食堂は既に閉まっていて、いつもほどの魅力には欠けてしまう。それでも今からだってちょっとした食べ物や飲み物くらいなら自販機で買えたりもする。

「お腹は空いてないの?」

 僕が聞くと、雫星は首を横に振る。

 食というのは実際食べてみてから魅力に気づけるもの。

「ならこれ食べる?」

 普段から自分が好きで良く買って食べているパンを指差すと、雫星は静かに頷いていた。

 菓子パンがずらりと並ぶ自販機にお金を入れ、僕はその自販機からお目当てのパンを取り出す。

「はいどうぞ」

 そう言って僕が渡すと、雫星は特別なものでも見るかのようにじっくりと袋の中のパンを眺めている気がした。その様子に、もしかすると普段から病気の影響で食生活にも気を使っていたのではと少し不安に思ってしまう。

 けど雫星からそんなことを話したりすることは一切なく、それどころか早くこれを食べたいと僕に顔で訴え掛けていた。

 食堂はほとんどの席がガラ空きで、少し離れた場所に座っていた女子たちの声が室内中に響き渡っていた。

 僕たちは自販機からほど近い席に腰を掛けると、雫星はいただきますとだけ言ってすぐにパンを頬張った。

 食べ始めてからも美味しいとは言わないものの、その顔を見れば美味しいと感じていることはすぐに分かる。

「あっそうだ。実はお勧めのアイスもあるんだ」

 黙々と食べている雫星を見て、もしかすると僕と似た系統の味が好きなのかもしれないと思い言ってみた。

「何だろう。食べてみたい!」

 雫星もそう言ってくれたので、僕は独特の味であったそれを問答無用で買ってみることにする。

「何これ?」

 ただやはりその見た目からして雫星の反応は良くはなかった。

「チョコミントだよ」

 青という食欲からは程遠いその色に、雫星は食べれるのかと不安そうに顔を顰めている。

「まぁ食べてみて」

 僕に言われ雫星は一口齧ってみるが、雫星の顔は食べ始めてからも変化することはない。確かに僕もこれが好き嫌いが分かれる味であるということは知っている。現に結月と宙斗は苦手な味であり、それでも雫星ならこの味を分かってくれるのではとも思った。

 けど実際、雫星の口から出た感想は僕が求めていたものとは違った。

「歯磨き粉の味がするね」

 嘘を吐くことはないものの、雫星は決して不味いとは言わなかった。

 そんなアイスでも残すことなく食べ続け、半分ほどを食べ終えた時に雫星はふと切なそうな顔になって言った。

「学校っていいね。」

 その一言には雫星の今までの人生の重みを感じた。それでも僕は正直に答える。

「僕はそうは思わないけどね。」

「えっどうして?」

「朝早くから起きて、着いたらすぐチャイムが鳴って授業。

休憩も僕にとってはほんの僅かな時間で、至福のひと時である昼食時間を終えたらまた授業。一日のほとんどが僕にとってはそんなつまらない時間で終わっていくから。」

 僕にはそれが本音であり、事実でしかなかった。

「確かにそうかもね。でも私には違うよ」

 そう言ってアイスを一口運んだ後、雫星は視線を机に向けたまま話し出す。

「学校に行って勉強ができる。こうやってここで美味しいものを食べたり変わったものを食べられる。みんなにとってはそれが当たり前のことかもしれないけど、それは誰かからすれば手の届かないようなとっても羨ましいことなんだよ。」

「それはどうかな?実際経験したら多分面白みのない毎日だよ。

普通すぎて起伏のない平凡な時間でしかない」

「うん……でもきっと普通以上の幸せなんてないよ。

陽が今の人生をつまらないと感じているなら、それは幸せの証なんじゃないかなって思うよ」

 否定していた今の自分という人生を肯定されていることに、僕は良い感情を抱くことが出来なかった。

「陽……?」

 それが顔に出てしまっていたのか、雫星は心配そうにこっちを見ては首を傾げている。

「そろそろ行こっか。」

 悪気があって言っているわけではないことは分かっている。でもこれがきっかけで気まずい空気になるのは避けたかった。

 このままここに長居していても、お互いにとってそれは良くない結果を招くような気がして、今日は早々に食堂を出て病院までの道のりを送り届けてあげることにした。

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