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Saturn(1月24日)

 一月も下旬に入り、今日も病室では場違いとも言える賑やかな笑い声が響く中、開いたままの扉から顔を覗かせたのは前にも一度だけ見たことがある看護師の方だった。

「雫星ちゃん、ちょっといい?

先生からさっきの続きで話したいことがあるって」

 雫星はそう伝えられると「分かりました」と一言返し、その言葉を聞き安心したような笑顔を見せた看護師の方は、一度頷いた後に病室を離れて行った。

「ごめんね。ちょっと行ってくる」

 そう言って立ち上がった雫星に、僕たちは皆分かったと頷く。

 雫星がいなくなったことで、さっきまでの盛り上がりを見せていた会話は途切れてしまい、僕たちの中には沈黙の時と個々でスマホに向き合う時間が流れていた。

 自分のスマホに視線を奪われていた僕は、沈黙の中で思わず耳に入って来た言葉につい視線を向けてしまうことになる。

「雫星がいなくなった世界で生きる私たちって、どんな感じなんだろう。」

 ふとそう言い出したのは結月だった。

 決して悲しそうでも嬉しそうでもない、思いついたままに口に出しているように見える。

 ほんの一年前までは考えもしなかったことだが、雫星という存在に出会ったことで浮かび出た疑問であり、本当にそれを疑問という感情のままに口に出したのだろう。

 けれどその疑問は僕の中にもあった。時が過ぎれば過ぎるほど、雫星という一人の人間を知り、気付けばそれは僕たち一人一人と同じ価値にまで膨れ上がっていた。

「そんな人生、意味あるのかな。」

 だが結月の口調の中にはそれが恐怖という感情はまだ無さそうにも見える。

 そしてその疑問にすぐに反応を示したのは意外にも火ノ川だった。

「私たちの人生に意味なんてないよ」

「え?」

「別に私がこの世界に存在していなくたって、何も変わらないし。それは結月でも、雫星でも、他の誰であっても同じこと。

世界は何事もなかったかのようにそれに順応して動き続けるの」

 それは火ノ川らしいとも思える割り切った考え方でもあった。

「だからってわけじゃないけど、意味は自分たちで作れば良いんじゃないかなって。

私は結月がいて嬉しいし、そこに雫星もずっといてくれたらっていつも思ってる」

 火ノ川がそう言うと、結月は視線を下に向け言った。

「私も……」

 さっきまでの無の感情ではなく、悲しそうにボソッと呟いた結月に対し、火ノ川は優しい笑顔を見せていた。

 けど結月の悩みは尽きないのか、それだけで顔色が晴れることはなかった。

「でも雫星だって、死ぬのは怖いはずなのに……

どうして今日もあんなに笑顔で居られるの……?」

 そんな結月の言葉に、少し切なそうに笑った火ノ川は、一呼吸置いてから話し出す。

「私は雫星じゃないし、雫星の気持ちなんて計り知ることができない。

それでも、やっぱり死ぬのが怖くない人なんていないと思う。

雫星だけじゃなくて、私たちは誰だって始まりと終わりは一人なんだよ。

そんなよくも知らないし分からないところに一人で飛び込まなきゃいけないから。だから怖いんだよ」

 火ノ川の言葉に、結月は静かに頷いていた。

「でもだから私たちは今、一緒にいるんじゃないかなって思うの」

「どういうこと?」

「生まれて来る時はまだ何一つとして分からないから恐怖なんて無いけど。

終わりは私たちにとって確実にある恐怖だから。その恐怖を乗り越えるために、今の私たちには楽しい時間がある。楽しい思い出が、私たちを強くする。

それは例えいつの日か一人になった時でも、ふとそれを思い出すだけで心を温めてくれるような。そのために今があるんじゃないかなって。

だからきっと、私たちの人生は無駄じゃない」

 火ノ川がそう話した直後、ふと後ろから声が聞こえた。

「そういうことなら、私はもう大丈夫だね」

 その声に僕たちは驚いて振り返る。

 そこにはいつから聞いていたのか、雫星の姿があった。

「どうしてそんなこと言うの?」

 僕たちにとっては未来の話とも捉えていたのに、もう終わったかのように話す雫星に結月は悲しそうに聞いた。

 だがそんな結月の表情とは裏腹に、雫星は嬉しそうな笑顔で言った。

「私はもう今でも十分幸せだよ。いつ死んでもいいって思えるくらいにね」

 それは僕たちにとっては嬉しいことでもあったが、何とも言えない感情が纏わり付いた。

 同時に雫星はとっくに自分の死を受け入れているのに、いつまでも受け入れることが出来ていないのは僕たちの方だったんだと知る。

 それぞれが色々な感情と葛藤する中、宙斗は負けない笑顔で雫星に言った。

「それなら俺たちに付き合ってくれよ。

俺たちはまだ死ぬのなんて全然怖いぜ。一人になるには今の倍は楽しい思い出が必要だな」

 宙斗がそう言うと、雫星は一瞬の驚いた顔と共に呆れたような笑顔で頷いていた。

 僕たちは皆揃ってその返事に胸を撫で下ろしたが、それは逆に雫星の未来がこの返事に委ねられているとでも幻想を見ていたのかもしれない。

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